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【第45話】
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タクシーに乗りこむと、佐久間は完全に熟睡してしまい、声をかけてもどんなに揺すっても起きず、仕方なく遠藤の部屋に泊めることになった。
部屋に着くと、遠藤が寝室のベッドまで佐久間を運んだ。
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
寝室から出てきた遠藤に、里子が言った。
「いいよ、誘ったのはオレなんだから」
遠藤は冷蔵庫からミネラル・ウォーターを出し、ふたつのグラスに注ぐと、ソファに坐っている里子にひとつを渡した。
「ありがと」
里子は受け取ると、グラスを口に運んだ。
「アイツ、ほんとにオタクのこと好きなんだな」
遠藤は、里子からひとり分の間隔をおいてソファに坐った。
「だからって、私はそれに応えられないわ」
「そうか……。じゃあ、オレもそうなんだよな」
里子はそれに答えなかった。
「何だよ、黙ったりして。はっきりさせるんだろ?」
「そうね。はっきりさせる。でも、その前にひとつ訊かせて」
「あァ」
「なぜ私なの? 私には彼がいるんだし、それに玲子の友だちなのよ」
「好きになるのに、理由なんてないよ。それにオレ、オタクに言われたこと考えたんだ。本気でふたりを好きにはなれないってこと」
「それで?」
「オタクが言ったとおりだと思った。ふたりを好きだって気持ちはあるけど、本気じゃないってことに気づいたんだ。本気になるってことは、愛するってことだろ? そして、愛するってことは、その人を思いやったり尊敬したりすることだよな。正直言ってオレ、あの人やあのコに、そういう感情が湧かなかった。オレは、ふたりを利用してただけなんだ。それに気づかせてくれたのは、オタクなんだよ」
「ちょっと待って。それじゃ答えにならないわよ」
「だから、好きになった理由なんてないんだよ。ふと気づいたら、オタクのこと考えてた。頭から離れなくなって、逢いたいって想いが胸の中に一杯になって……。こんな気持ち、初めてなんだ」
「だからって――」
「わかってるよ」
里子が言うのを遠藤が制した。
「言いたいことはわかってる。だけど、オレの気持ち抑えようがないんだ。オタクに男がいようが、あの人の友だちだろうが、オレには関係ないんだ」
「そんなこと、簡単に言わないでよ」
里子は声をあげた。
「いったい何なのよ。私の中に土足で入りこんできて、心をかき乱して……。それに、私がアナタを好きだなんて、冗談じゃないわ」
里子はソファから立ち上がった。
「私、帰るわ。佐久間くんのことヨロシク」
そう言って背を向けた里子の手首を、遠藤が掴み引き寄せた。
あのときと同じだ、そう思った瞬間、里子は唇を塞がれていた。
ダメッ!
その思いとは裏腹に、あらがうことができなかった。
まるで身体の自由を奪われたように動けず、遠藤の口づけを受けていた。
遠藤の手が上着にかかる。
ダメよ、ダメッ!
里子は胸の中で叫びつづける。
上着が床に落ち、ブラウスのボタンがゆっくりと外されていく。
胸がはだけ、露出した肩に遠藤の唇が落ちる。
「遠藤くん、ダメよ……」
やっとその言葉を口にし、だが、身体はそれに反して反応していく。
いけない、という思いが、里子の身体の奥にある本能に火を点け、拒絶しようとすればするほど、燃える火は熱き炎 となって里子の身を灼いた。
遠藤の指が、唇が、そして高鳴る鼓動が里子を狂わせた。
遠藤の手が背に廻り、ブラのホックに指がかかったとき、
「やめてッ!」
やっと里子は自分を取りもどし、遠藤の胸を突き放した。
遠藤の動きが止まった。
「どうしてだよ」
遠藤は悲痛な表情に顔をゆがめた。
「こんなの卑怯よ」
里子は、ブラウスのボタンを止め、上着を着ると、
「アナタは、私のことだって好きじゃないのよ。ほんとうに私のこと好きだって思うなら、こんなことはできないはずだわ……。アナタは誰も好きになんてなれないのよ」
遠藤の顔を見据えて言った。
遠藤は顔をゆがめたまま里子を見つめている。
「それと、私の気持ちはっきり言うわ。私はアナタとつき合うことはできない。だから、もう電話もしないで」
そう言い残すと、里子は部屋を出ていった。
玄関のドアが閉まる音を、遠藤は立ち尽くすその背で聞いた。
部屋に着くと、遠藤が寝室のベッドまで佐久間を運んだ。
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
寝室から出てきた遠藤に、里子が言った。
「いいよ、誘ったのはオレなんだから」
遠藤は冷蔵庫からミネラル・ウォーターを出し、ふたつのグラスに注ぐと、ソファに坐っている里子にひとつを渡した。
「ありがと」
里子は受け取ると、グラスを口に運んだ。
「アイツ、ほんとにオタクのこと好きなんだな」
遠藤は、里子からひとり分の間隔をおいてソファに坐った。
「だからって、私はそれに応えられないわ」
「そうか……。じゃあ、オレもそうなんだよな」
里子はそれに答えなかった。
「何だよ、黙ったりして。はっきりさせるんだろ?」
「そうね。はっきりさせる。でも、その前にひとつ訊かせて」
「あァ」
「なぜ私なの? 私には彼がいるんだし、それに玲子の友だちなのよ」
「好きになるのに、理由なんてないよ。それにオレ、オタクに言われたこと考えたんだ。本気でふたりを好きにはなれないってこと」
「それで?」
「オタクが言ったとおりだと思った。ふたりを好きだって気持ちはあるけど、本気じゃないってことに気づいたんだ。本気になるってことは、愛するってことだろ? そして、愛するってことは、その人を思いやったり尊敬したりすることだよな。正直言ってオレ、あの人やあのコに、そういう感情が湧かなかった。オレは、ふたりを利用してただけなんだ。それに気づかせてくれたのは、オタクなんだよ」
「ちょっと待って。それじゃ答えにならないわよ」
「だから、好きになった理由なんてないんだよ。ふと気づいたら、オタクのこと考えてた。頭から離れなくなって、逢いたいって想いが胸の中に一杯になって……。こんな気持ち、初めてなんだ」
「だからって――」
「わかってるよ」
里子が言うのを遠藤が制した。
「言いたいことはわかってる。だけど、オレの気持ち抑えようがないんだ。オタクに男がいようが、あの人の友だちだろうが、オレには関係ないんだ」
「そんなこと、簡単に言わないでよ」
里子は声をあげた。
「いったい何なのよ。私の中に土足で入りこんできて、心をかき乱して……。それに、私がアナタを好きだなんて、冗談じゃないわ」
里子はソファから立ち上がった。
「私、帰るわ。佐久間くんのことヨロシク」
そう言って背を向けた里子の手首を、遠藤が掴み引き寄せた。
あのときと同じだ、そう思った瞬間、里子は唇を塞がれていた。
ダメッ!
その思いとは裏腹に、あらがうことができなかった。
まるで身体の自由を奪われたように動けず、遠藤の口づけを受けていた。
遠藤の手が上着にかかる。
ダメよ、ダメッ!
里子は胸の中で叫びつづける。
上着が床に落ち、ブラウスのボタンがゆっくりと外されていく。
胸がはだけ、露出した肩に遠藤の唇が落ちる。
「遠藤くん、ダメよ……」
やっとその言葉を口にし、だが、身体はそれに反して反応していく。
いけない、という思いが、里子の身体の奥にある本能に火を点け、拒絶しようとすればするほど、燃える火は熱き炎 となって里子の身を灼いた。
遠藤の指が、唇が、そして高鳴る鼓動が里子を狂わせた。
遠藤の手が背に廻り、ブラのホックに指がかかったとき、
「やめてッ!」
やっと里子は自分を取りもどし、遠藤の胸を突き放した。
遠藤の動きが止まった。
「どうしてだよ」
遠藤は悲痛な表情に顔をゆがめた。
「こんなの卑怯よ」
里子は、ブラウスのボタンを止め、上着を着ると、
「アナタは、私のことだって好きじゃないのよ。ほんとうに私のこと好きだって思うなら、こんなことはできないはずだわ……。アナタは誰も好きになんてなれないのよ」
遠藤の顔を見据えて言った。
遠藤は顔をゆがめたまま里子を見つめている。
「それと、私の気持ちはっきり言うわ。私はアナタとつき合うことはできない。だから、もう電話もしないで」
そう言い残すと、里子は部屋を出ていった。
玄関のドアが閉まる音を、遠藤は立ち尽くすその背で聞いた。
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