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【第57話】
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「美味しそう。つゆが透けてる」
そのうどんは、半透明のつゆに細く切った油揚げと刻んだねぎが載せられただけのシンプルなものだった。
「これが、浪花のうどんよ」
「ママって、大阪の人なの?」
里子は割り箸を割りながら訊いた。
「そうよ。私は浪花で産まれて育ったの」
「でも、関西訛りがないわよね」
「そうね。大学が東京だったし、それからずっとこっちに棲みついちゃったから。それに私、関西訛り嫌いなの」
「どうして?」
「色々あるのよ。そんなことより、冷めないうちに早く食べなさい」
軽くかわされて里子は、うどんを啜り始めた。
「美味しい」
思わず声が出た。
「でしょう。私の自信作だもの。ちゃんと昆布とかつお節からダシを取ったのよ。それに天然の塩を使ってるから、味に深みが出てるでしょ」
「うん。味がしっかりしてて、うどんによく絡んでる」
それにトシは満足そうにうなずくと微笑みを浮かべ、だが、すぐにその微笑みを消し、
「このうどんだけが、私と大阪を繋いでるわ……」
独り言のように呟くと煙草に火を点け、腕を組んでけむりを細く吐き出した。
その顔が、里子にはとても寂しく映った。
誰にでも苦い過去はあるものよね……。
そう思うと里子は、自分までが寂しい気分になった。
そんな自分が嫌になって、うどんを食べることに集中し、あっという間に平らげて、つゆまで飲み干した。
「あら、アンタお腹空いてたのね。お代わりあるわよ」
トシは驚いた顔で言った。
「もうお腹いっぱい。ほんとに美味しかった」
「そう、だったらいいけど。今日は特別なのよ。滅多にお客には出さないんだから」
そう言うとトシは、残り少ないビールを里子のグラスに注ぎ足し、「ビールでいいの?」と訊いた。
「あ、ボトル入れようかな」
「そんなのいいわよ。あのコのボトル呑んでおきなさい。この前入れたばかりなんだし」
「玲子に悪いわ」
「いいのよ。あのコ、いつもは出版社のお金で呑んでるんだから」
トシは言いながら空いた器を流しに置き、玲子のボトルを出してきた。
「私は別にオンナが嫌いなわけじゃないのよ」
乾杯すると、トシはふいにそんなことを言った。
モモコとの会話が聞こえていたらしい。
「オトコもオンナも平等に考えてるし、だから、オトコにだってキツイことを言うわ。私が嫌いなのは、自分の自慢ばかりする人間よ。あれはもう最低よ。そんなヤツが来たら、顔に水かけて追い出してやるわ。あとは、何かあるとすぐに弱音を吐いて愚痴を言うヤツ。そういうヤツは徹底的に苛めてやりたくなるの。オトコもオンナも関係なくね」
トシは水割りを口にした。
「だったら私、苛められるのかな。だって今日は、弱音を吐いて愚痴を聞いてもらいに来たんだから」
「あら、アンタそんなに苛めてほしいの?」
トシがそう言った時、店のドアが開いてひとりの男が入ってきた。
その男の顔を見たとたん、トシの顔が一瞬にして明るくなった。
眼がキラキラと光り、待ち焦がれた相手と逢えた歓びに溢れているといった感じだった。
「シンヤ、いらっしゃい」
声までが弾んでいた。
そして、里子の存在など忘れたかのように、トシはその男のもとへ歩み寄っていった。
そのうどんは、半透明のつゆに細く切った油揚げと刻んだねぎが載せられただけのシンプルなものだった。
「これが、浪花のうどんよ」
「ママって、大阪の人なの?」
里子は割り箸を割りながら訊いた。
「そうよ。私は浪花で産まれて育ったの」
「でも、関西訛りがないわよね」
「そうね。大学が東京だったし、それからずっとこっちに棲みついちゃったから。それに私、関西訛り嫌いなの」
「どうして?」
「色々あるのよ。そんなことより、冷めないうちに早く食べなさい」
軽くかわされて里子は、うどんを啜り始めた。
「美味しい」
思わず声が出た。
「でしょう。私の自信作だもの。ちゃんと昆布とかつお節からダシを取ったのよ。それに天然の塩を使ってるから、味に深みが出てるでしょ」
「うん。味がしっかりしてて、うどんによく絡んでる」
それにトシは満足そうにうなずくと微笑みを浮かべ、だが、すぐにその微笑みを消し、
「このうどんだけが、私と大阪を繋いでるわ……」
独り言のように呟くと煙草に火を点け、腕を組んでけむりを細く吐き出した。
その顔が、里子にはとても寂しく映った。
誰にでも苦い過去はあるものよね……。
そう思うと里子は、自分までが寂しい気分になった。
そんな自分が嫌になって、うどんを食べることに集中し、あっという間に平らげて、つゆまで飲み干した。
「あら、アンタお腹空いてたのね。お代わりあるわよ」
トシは驚いた顔で言った。
「もうお腹いっぱい。ほんとに美味しかった」
「そう、だったらいいけど。今日は特別なのよ。滅多にお客には出さないんだから」
そう言うとトシは、残り少ないビールを里子のグラスに注ぎ足し、「ビールでいいの?」と訊いた。
「あ、ボトル入れようかな」
「そんなのいいわよ。あのコのボトル呑んでおきなさい。この前入れたばかりなんだし」
「玲子に悪いわ」
「いいのよ。あのコ、いつもは出版社のお金で呑んでるんだから」
トシは言いながら空いた器を流しに置き、玲子のボトルを出してきた。
「私は別にオンナが嫌いなわけじゃないのよ」
乾杯すると、トシはふいにそんなことを言った。
モモコとの会話が聞こえていたらしい。
「オトコもオンナも平等に考えてるし、だから、オトコにだってキツイことを言うわ。私が嫌いなのは、自分の自慢ばかりする人間よ。あれはもう最低よ。そんなヤツが来たら、顔に水かけて追い出してやるわ。あとは、何かあるとすぐに弱音を吐いて愚痴を言うヤツ。そういうヤツは徹底的に苛めてやりたくなるの。オトコもオンナも関係なくね」
トシは水割りを口にした。
「だったら私、苛められるのかな。だって今日は、弱音を吐いて愚痴を聞いてもらいに来たんだから」
「あら、アンタそんなに苛めてほしいの?」
トシがそう言った時、店のドアが開いてひとりの男が入ってきた。
その男の顔を見たとたん、トシの顔が一瞬にして明るくなった。
眼がキラキラと光り、待ち焦がれた相手と逢えた歓びに溢れているといった感じだった。
「シンヤ、いらっしゃい」
声までが弾んでいた。
そして、里子の存在など忘れたかのように、トシはその男のもとへ歩み寄っていった。
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