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【第59話】
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モモコの話を聞いていたら、里子は自分の悩みなどとても小さく思えた。
モモコの言ったことに疑問を感じながらも、なぜか納得させられてしまうのはどうしてだろう。
それはきっと、モモコの考えが自分本位でありながら、そんな自分を知ったうえで、はっきりと意思を言葉にするところに強さを感じたからなのかも知れない。
モモコは前向きなのだ。
そしてめげることを知らない。
忠実なほど恋をすることに貪欲で、自分に偽らず正直に生きている。
そんなモモコがカッコいいとさえ思える。
私には無理だな……
里子はそう思う。
倉田の陰に潜む女から、彼を奪い返してやろうなどとはとても思えない。
かといって、倉田の幸せを想って身を引こうなどと思えるほど大人でもない。
ただ裏切られたその悔しさから、別れてやる、という憤りの中での思いがあるだけだ。
だけど、それでいい、と里子は思った。
モモコのようなカッコいい生きかたはできなくても、それが今の正直な思いなのだから、と。
もう考えるのはよそう……。
里子は水割りを煽った。けれどすぐにため息が零れる。
「よほど想いが強いのね」
水割りを作り足しながらモモコが言った。
その言葉に思わず里子はモモコを見つめた。
「頭の中は彼のことでいっぱい。でしょ?」
そう言われ、言葉もなく里子は眼を伏せた。
「図星みたいね」
渡された水割りを受け取り、
「もう、心がバラバラって感じ。自分の中にふたりいるみたい。どっちがほんとの自分なのか分かんない……」
里子は力なく口にした。
「どっちもよ。誰にだって色んな自分がいるんだから。人を想うときって、その色んな自分が胸の中で暴れるのよ。どれがほんとの自分なんてことはないの。全部自分よ。だから人は苦しむのよ。その苦しみから解放されるには、そんな自分を受け止めるしかないわ。そして愛してあげるの、自分自身を。自分を愛せなかったら、ひとを愛することなんてできないわ――なァんて、私がこんなこと言っても、説得力ないでしょうけど」
そこでモモコは一度笑って、
「とにかく、自分の思うようになさい。どのみちなるようにしかならないんだから」
そう言って煙草を銜えた。
そんなモモコを見つめながら、里子は胸が熱くなるのを覚えた。
モモコの言葉は、説得力がないどころかそれこそ言霊となって胸にズシリときた。
この人はいったい幾つなんだろう……。
里子はふと思った。
トシよりも若いといえばそう思えるし、年上といえばそう見える。
それはトシにも言えることで、この人たちは年齢不詳だ。
実際の歳を訊いてみたい気もするが、そんなことをしたらきっと、矢のような怒りの砲撃を浴びせられるだろう。
口が悪く意地悪なようで、ほんとうは心やさしいふたり。
語る言葉には重みがあって深さがあり、そして何よりも魅力があって神秘的にさえ感じるのはなぜなのか。
男として産まれながら男を愛し、その心には女を宿している。
今でこそ世間では同性愛者も認知されてはいるが、それでも手放しに受け入れているわけではないだろう。
心から認めている人はやはり少ないはずだ。
顔や口には出さないにしても、どこかで拒絶している。
それは、女性よりもノーマルな男に、そういう傾向がある。
そしてそれが、ちょっとした態度に見え隠れするのだ。
それを同性愛者は敏感に感じ取る。
だからこそ人には言えず、独り思い悩むのだ。
その同性への性の目醒めが、自己の確立ができていない思春期なら尚更ことだ。
その現実を受け止められず、自分は異常なのだと思いながら独り孤立していく。
その苦しみはどんなものなのか想像がつかない。
それを思うと、トシやモモコの人生がどれだけ過酷なものだったのかがわかる。
過酷な人生を生き、それを乗り越えてきたからこそ、その生きざまが言葉に重みと深さ与え、魅力と神秘さを感じさせるのだろう。
今では、性同一性障害と名乗る人も増えてきた。
とは言え、それは医学的には病名であり、あくまで障害として判断されている。
ということは、本来ある人間の姿ではないとみなされているのだ。
けれど、聞いた話によれば、どんな男や女にも同性を愛する可能性はあるという。
それは人間に限って言えることで、それこそが人間として進化した証拠であり、深層意識の中にある性の必然的あ り方でもあると。
なぜなら、肉体を離れた魂に性別はないからだ。
ただそこにあるのは「意思」であり、その意思と意思の融合が必然的なことであるなら、同性を愛することはなんら不思議なことではないのだ。
モモコの言ったことに疑問を感じながらも、なぜか納得させられてしまうのはどうしてだろう。
それはきっと、モモコの考えが自分本位でありながら、そんな自分を知ったうえで、はっきりと意思を言葉にするところに強さを感じたからなのかも知れない。
モモコは前向きなのだ。
そしてめげることを知らない。
忠実なほど恋をすることに貪欲で、自分に偽らず正直に生きている。
そんなモモコがカッコいいとさえ思える。
私には無理だな……
里子はそう思う。
倉田の陰に潜む女から、彼を奪い返してやろうなどとはとても思えない。
かといって、倉田の幸せを想って身を引こうなどと思えるほど大人でもない。
ただ裏切られたその悔しさから、別れてやる、という憤りの中での思いがあるだけだ。
だけど、それでいい、と里子は思った。
モモコのようなカッコいい生きかたはできなくても、それが今の正直な思いなのだから、と。
もう考えるのはよそう……。
里子は水割りを煽った。けれどすぐにため息が零れる。
「よほど想いが強いのね」
水割りを作り足しながらモモコが言った。
その言葉に思わず里子はモモコを見つめた。
「頭の中は彼のことでいっぱい。でしょ?」
そう言われ、言葉もなく里子は眼を伏せた。
「図星みたいね」
渡された水割りを受け取り、
「もう、心がバラバラって感じ。自分の中にふたりいるみたい。どっちがほんとの自分なのか分かんない……」
里子は力なく口にした。
「どっちもよ。誰にだって色んな自分がいるんだから。人を想うときって、その色んな自分が胸の中で暴れるのよ。どれがほんとの自分なんてことはないの。全部自分よ。だから人は苦しむのよ。その苦しみから解放されるには、そんな自分を受け止めるしかないわ。そして愛してあげるの、自分自身を。自分を愛せなかったら、ひとを愛することなんてできないわ――なァんて、私がこんなこと言っても、説得力ないでしょうけど」
そこでモモコは一度笑って、
「とにかく、自分の思うようになさい。どのみちなるようにしかならないんだから」
そう言って煙草を銜えた。
そんなモモコを見つめながら、里子は胸が熱くなるのを覚えた。
モモコの言葉は、説得力がないどころかそれこそ言霊となって胸にズシリときた。
この人はいったい幾つなんだろう……。
里子はふと思った。
トシよりも若いといえばそう思えるし、年上といえばそう見える。
それはトシにも言えることで、この人たちは年齢不詳だ。
実際の歳を訊いてみたい気もするが、そんなことをしたらきっと、矢のような怒りの砲撃を浴びせられるだろう。
口が悪く意地悪なようで、ほんとうは心やさしいふたり。
語る言葉には重みがあって深さがあり、そして何よりも魅力があって神秘的にさえ感じるのはなぜなのか。
男として産まれながら男を愛し、その心には女を宿している。
今でこそ世間では同性愛者も認知されてはいるが、それでも手放しに受け入れているわけではないだろう。
心から認めている人はやはり少ないはずだ。
顔や口には出さないにしても、どこかで拒絶している。
それは、女性よりもノーマルな男に、そういう傾向がある。
そしてそれが、ちょっとした態度に見え隠れするのだ。
それを同性愛者は敏感に感じ取る。
だからこそ人には言えず、独り思い悩むのだ。
その同性への性の目醒めが、自己の確立ができていない思春期なら尚更ことだ。
その現実を受け止められず、自分は異常なのだと思いながら独り孤立していく。
その苦しみはどんなものなのか想像がつかない。
それを思うと、トシやモモコの人生がどれだけ過酷なものだったのかがわかる。
過酷な人生を生き、それを乗り越えてきたからこそ、その生きざまが言葉に重みと深さ与え、魅力と神秘さを感じさせるのだろう。
今では、性同一性障害と名乗る人も増えてきた。
とは言え、それは医学的には病名であり、あくまで障害として判断されている。
ということは、本来ある人間の姿ではないとみなされているのだ。
けれど、聞いた話によれば、どんな男や女にも同性を愛する可能性はあるという。
それは人間に限って言えることで、それこそが人間として進化した証拠であり、深層意識の中にある性の必然的あ り方でもあると。
なぜなら、肉体を離れた魂に性別はないからだ。
ただそこにあるのは「意思」であり、その意思と意思の融合が必然的なことであるなら、同性を愛することはなんら不思議なことではないのだ。
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