里子の恋愛

星 陽月

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【第60話】

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 私はどうなんだろう、女性を愛せるのかな……。

 里子は自分が女と身体を寄せ合っている姿を想像してみた。
 口づけをし、お互いの身体に手を這わせ合うふたり。
 同性であるがゆえに、敏感な個所を容易に探り当てながら絡み合う光景が脳裡に浮かぶ。
 恍惚の中でしだいに淫らになっていく、その自分の姿があまりにもリアルで里子は思わず首をふった。

 ヤダ、私ったら……。

 下腹部の奥がジンとしている自分を知って、慌ててグラスを口にした。

 私もそのケがあるのかな……。

 そんなことを思いながら里子はモモコに笑顔を向け、話題を換えて話し始めた。
 モモコとの会話は嫌なことを忘れさせてくれた。
 それだけに時間が経つのも早く、その間客がはいってくることもなくて、腕時計に眼をやったときには零時を過ぎていた。
 とことん呑むつもりだったが、モモコのお陰もあって気持ちも楽になり、里子は会計をしてもらった。

「大丈夫?」

 お釣りを渡しながらモモコが訊いた。

「うん、ありがと」
「また、いらっしゃいね」
「近いうちに」

 答えると、里子はスツールを降りた。
 立ってみると酔いが廻ってきているのが分かった。
 それでも足はしっかりしている。

「酔った勢いで、男を襲ったりしないでよ」

 そう言うモモコに軽く手をふり、席を離れたそのとき、店のドアが開いて男が顔を覗かせた。
 その男は、里子が玲子に連れられてきた日に、五十代の男と店に来たあの青年だった。
 その青年のうしろにもうひとりの男の影があり、里子の視線が流れた。
 その顔を見たとたん、里子の顔は固まった。
 男の顔も、凍りついたようになって里子を見つめた。

「里子……」

 その声は驚きに震えていた。
 次に里子の眼に跳びこんできたのは、指と指とがしっかりと組まれたふたりの手だった。
 里子は愕然としながら、それが何を意味しているのかを察した。
 だが、察しながらもその現実を信じたくなくて、里子は顔だけで笑っていた。

 孝紀、ウソよね――

 それは言葉にならず、里子は焦点の定まない視線を倉田に向けていた。
 ふたりは見つめ合っていながら、その視線は絡み合っていなかった。
 ほんの数十秒というその時間が、里子にはとても長く感じた。
 張り詰めた空気が漂っている。
 その空気を切り裂いたのは青年だった。

「アンタ、誰?」 

 挑むような声だった。
 里子は青年に眼を向け、だがすぐにその視線をそらし、

「誰でもないわ」

 そう言うと、ふたりを払いのけるようにして店を出た。
 倉田の呼び止める声がしたが、里子は足早に階段を下りていった。
 ビルの外へ出たとたん、涙が溢れ出した。
 頭の中は混乱し、眼にしたものを認めたくないという思いが、現実を拒絶していた。

 まさか……。

 なんどもなんども胸の中で呟き、そんなことあるわけない、と呪文のように言い聞かせた。
 けれど、つながれていたふたりの手が、脳裡に灼きついて離れず、里子は強く首をふった。
 何も考えたくなかった。
 ふらつく足で歩いていると、うしろから倉田の声がした。

「待てよ、里子」

 里子はふり向かずに歩く。

「待てって」

 倉田は里子の腕を掴んだ。

「離して!」

 その倉田の手を里子はふり払おうとする。

「聞いてくれよ」

 切なる表情で倉田は言った。

「何も聞きたくないわよ!」

 里子は倉田の手を力いっぱいふり払って歩き出した。
 去っていくその背に、

「オレは、お前が好きだよ!」

 訴えるように倉田は叫んだ。
 その言葉に里子は足を止めた。
 急激に怒りがこみ上げ、その怒りに任せて里子はふり返っていた。
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