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【第61話】
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「ふざけないでよ! よくそんなことが言えるわね。私を何だと思ってるのよ」
吐き棄てるように、里子は言った。
溢れる涙が止まらない。
「今の私の気持ちがわかる? 結婚が白紙になってもつき合っていこうって……。そう思ったのは、孝紀が……。あなたが好きだからじゃない。それなのに、こんなことって……」
その里子に倉田は近づき、そっと抱きしめた。
「ごめん、里子。何もかもオレが悪いんだ。なんども言おうとしたけど、言い出せなくて……。お前が好きだっていうのはほんとうだ。ウソじゃない。だけどアイツを……。オレは、男のアイツを好きになっちまったんだ。アイツと出逢って、オレはほんとうの自分を知ったんだ。もう前のオレにはもどれない……」
里子は首をふり倉田を突き放した。
「だったらどうして、電話なんて掛けてきたのよ。どうして、もう一度考え直してくれなんて言ったのよ」
里子の言葉が、倉田の胸を突き刺す。
倉田は苦渋に満ちた顔で里子を見つめた。
倉田が里子に、もう一度考え直して欲しいと電話を入れたのは、彼女を好きだという想いがあったからだが、それ以上に、倉田のところに会いに来た里子の父親の、娘に対する想いを知ったからだった。
だが、それを口にはできなかった。
「孝紀から電話なんて掛かってこなければ、私はこんな思いをしなくてすんだのよ! 何も知らずに別れられたのよ!」
感情に任せて典子はそう言った。
だが、そうじゃないことはわかっていた。
倉田から電話が掛かってこなければ、きっと自分から掛けていただろう。
そしてきっと、結婚なんてしなくてもいいの、それだけがすべてじゃないわ、そう言っていたはずだ。
事実そうするつもりでいたのだから。
けれど、今は自分の感情をぶつける意外になかった。
「何を言っても許してもらえることじゃないだろうけど、でも、わかってくれ。オレは、男を愛する男だったんだ。これがほんとうのオレだったんだ」
倉田は切実に言った。
「やめて! そんなこと聞きたくない!」
里子は倉田に背を向け走り出した。
溢れる涙を拭おうともせずに走った。
走りながらなんども人に肩をぶつけ、その度に罵声を浴びせられた。
それでも里子は走るのをやめなかった。
息が切れ、胸が苦しくなっても走りつづけた。
胸なんてつぶれればいい、その思いに走りつづけているとやはり限界がきて、里子はふらふらとガードレールに手をついた。
胸が張り裂けそうに痛かった。
呼吸をするのもままならず、鼓動は今にも割れんばかりに身体を叩いていた。
行き交う人の視線が、蔑むように刺していく。
今の女、泣いてなかったか?
うん、泣いてた。
男にフラれたんだな、あれは。
きっとそうよ、ダサーイ。
そんなカップルの声が耳を衝き、胸に細い針を落とす。
崩れ落ちそうになる身体を何とか支え、里子は歩き始めた。
オレは、男を愛する男だったんだ――
倉田の言葉が、脳裡に繰り返し繰り返し響く。
頭が変になりそうだった。
知ってしまった現実を、受け止めることなどとても無理だった。
それは受け止められる範疇を逸していた。
どうして、男なのよ……。
そればかり胸の中で呟きつづけた。
まさか同性愛に目醒めるなんて、信じられるわけがなかった。
女ならば、まだ心の整理はついただろう。
倉田と一緒にいたのが女だったら、その女の頬を殴りつけ、こんな男くれてやるわよ、そう言ってやることもできたのだ。
それが男なのだ。
いくらゲイを認めているつもりでも、自分の好きなった男がそうなってしまったとなれば、やはり正常ではいられない。
それも、その相手は、今の店で見かけたことのあるあの彼だ。
いったいどこで彼と繋がりを持ったのだろうか。
里子は首をふった。
混乱する自分をどうすることもできなかった
吐き棄てるように、里子は言った。
溢れる涙が止まらない。
「今の私の気持ちがわかる? 結婚が白紙になってもつき合っていこうって……。そう思ったのは、孝紀が……。あなたが好きだからじゃない。それなのに、こんなことって……」
その里子に倉田は近づき、そっと抱きしめた。
「ごめん、里子。何もかもオレが悪いんだ。なんども言おうとしたけど、言い出せなくて……。お前が好きだっていうのはほんとうだ。ウソじゃない。だけどアイツを……。オレは、男のアイツを好きになっちまったんだ。アイツと出逢って、オレはほんとうの自分を知ったんだ。もう前のオレにはもどれない……」
里子は首をふり倉田を突き放した。
「だったらどうして、電話なんて掛けてきたのよ。どうして、もう一度考え直してくれなんて言ったのよ」
里子の言葉が、倉田の胸を突き刺す。
倉田は苦渋に満ちた顔で里子を見つめた。
倉田が里子に、もう一度考え直して欲しいと電話を入れたのは、彼女を好きだという想いがあったからだが、それ以上に、倉田のところに会いに来た里子の父親の、娘に対する想いを知ったからだった。
だが、それを口にはできなかった。
「孝紀から電話なんて掛かってこなければ、私はこんな思いをしなくてすんだのよ! 何も知らずに別れられたのよ!」
感情に任せて典子はそう言った。
だが、そうじゃないことはわかっていた。
倉田から電話が掛かってこなければ、きっと自分から掛けていただろう。
そしてきっと、結婚なんてしなくてもいいの、それだけがすべてじゃないわ、そう言っていたはずだ。
事実そうするつもりでいたのだから。
けれど、今は自分の感情をぶつける意外になかった。
「何を言っても許してもらえることじゃないだろうけど、でも、わかってくれ。オレは、男を愛する男だったんだ。これがほんとうのオレだったんだ」
倉田は切実に言った。
「やめて! そんなこと聞きたくない!」
里子は倉田に背を向け走り出した。
溢れる涙を拭おうともせずに走った。
走りながらなんども人に肩をぶつけ、その度に罵声を浴びせられた。
それでも里子は走るのをやめなかった。
息が切れ、胸が苦しくなっても走りつづけた。
胸なんてつぶれればいい、その思いに走りつづけているとやはり限界がきて、里子はふらふらとガードレールに手をついた。
胸が張り裂けそうに痛かった。
呼吸をするのもままならず、鼓動は今にも割れんばかりに身体を叩いていた。
行き交う人の視線が、蔑むように刺していく。
今の女、泣いてなかったか?
うん、泣いてた。
男にフラれたんだな、あれは。
きっとそうよ、ダサーイ。
そんなカップルの声が耳を衝き、胸に細い針を落とす。
崩れ落ちそうになる身体を何とか支え、里子は歩き始めた。
オレは、男を愛する男だったんだ――
倉田の言葉が、脳裡に繰り返し繰り返し響く。
頭が変になりそうだった。
知ってしまった現実を、受け止めることなどとても無理だった。
それは受け止められる範疇を逸していた。
どうして、男なのよ……。
そればかり胸の中で呟きつづけた。
まさか同性愛に目醒めるなんて、信じられるわけがなかった。
女ならば、まだ心の整理はついただろう。
倉田と一緒にいたのが女だったら、その女の頬を殴りつけ、こんな男くれてやるわよ、そう言ってやることもできたのだ。
それが男なのだ。
いくらゲイを認めているつもりでも、自分の好きなった男がそうなってしまったとなれば、やはり正常ではいられない。
それも、その相手は、今の店で見かけたことのあるあの彼だ。
いったいどこで彼と繋がりを持ったのだろうか。
里子は首をふった。
混乱する自分をどうすることもできなかった
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