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【チャプター 29】
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「なにが可笑しい」
中沢は吐き棄てるように言った。
〈ククク、これが笑わずにいられるか。なぜ俺が、キサマを罠に陥(おとしい)れなければならない。俺はおまえだというのに〉
声が言う。
「それを信じろというほうが、よほど可笑しい」
〈信じるも信じないも、それはおまえの勝手だ。だがな、こうしておまえと会話を交わしているのはどうだ。これも信じないというのか?〉
「信じろというほうが無理だ。おまえはただの幻聴でしかない」
〈どうしても幻聴にしたいらしいな。そんなだからおまえは、真実がわからないのだ。いや、自ら避けているといってもいい。自分を偽っているのも、その現われだ〉
「おまえこそ、妻を殺すことを望んでいると、僕に思わせたいんじゃないのか」
〈それが事実なのだからしかたがない〉
「違う! 僕はほんとうに……」
〈ほんとうに、のあとはなんだ? 殺すつもりなどない、とでも言いたいのか? ならば、なぜ殺す。なぜ殺す必要があるんだ。それなのにおまえは、なんども妻を殺した。それを何者かによって罠に陥れられたなどと。なんとも救いがたいやつよ〉
「違う。違うんだ……」
〈なにも違わないさ。おまえは、良心の呵責に苛まされているだけだ。それはおまえの弱さだ。そんなものは、路地裏にでも棄ててしまえ。どうせおまえは、また妻を殺すのだからな〉
「いやだ! 僕はもう妻を殺したくない!」
〈そうだな。おまえは、妻を殺すたびにそう思う。もう殺したくない、と。だが結局は殺してしまう。そしておまえは苦しむのだ。なぜだ、なぜなんだ、とな〉
「違う、違う、違う!)
中沢はかぶりをふった。
〈なにが違うと言うんだ。言い訳がましくうじうじするのはよせ。よく思い出してみろ。妻を殺すときの自分自身を。おまえは笑ってさえいるのだぞ。それこそが、おまえが妻を殺すことを望んでいる証拠だ〉
(ほんとうにそうなのか。僕は、妻を殺すことを望んでいるのか……)
中沢は自問するように胸で呟いた。
〈そうさ。おまえはな、望んでいながらそれを受け入れず、偽ることで自分をごまかしている。なぜなら、妻を愛しているからだ〉
「ああ、そうだよ。僕は礼子を愛している。だからこそ殺したくない。なのになぜ、その礼子を、殺すことを望んでいるというんだ」
〈それは、おまえがいちばんわかっているはずだ〉
「そんなこと、わかるわけがない。教えてくれ。どうしてなんだ」
〈だから言ったはずだ。よく思い出してみろと〉
「なにを思い出せばいいんだ」
〈それも言ったはずだ〉
「礼子を殺すときの自分自身……」
〈そうだ。そのときのおまえの中には、なにがある〉
「僕の中にあるもの……」
〈思い出せ。妻を殺すときの、おまえの心の奥底を〉
そこで中沢は眼を瞑り考えた。
「狂気……」
〈その調子だ〉
「憎しみと怒り」
〈そうだ、いいぞ〉
「失望と哀しみ」
〈それから〉
「絶望と苦悩」
〈まだあるはずだ。思い出せ〉
中沢は考えながら、辛そうに眉根をよせた。
「これ以上は、もうわからない」
〈クク、まったくおまえというやつは、肝心なことはなにも思い出せないのだな〉
声がまた笑っているのが脳裡に響く。
「そのとおりだよ。なにも思い出せない。いや、そうじゃない。僕はそのとき、意識を失っている。だからいま言ったことは、いまだからこそ言えるんだ。そう感じたと。だから教えてくれ! なぜ僕は、妻を殺すことを望む。なぜ妻を殺してしまうんだ。この僕の中には、いったいなにがあるというんだ」
〈それを知りたいか〉
「知りたい」
〈それを知れば、おまえがおまえでなくなってしまってもか〉
「僕が僕でなくなる? どういうことだ。おまえはそれを思い出せと言ったじゃないか」
〈自分自身で思い出すならば、まだ救われるということもある。だが、おまえの場合はさほど大差はないかもしれないがな〉
「なんだっていい。教えてくれ」
〈ではこうしよう。まずキサマに質問をする〉
「質問? それに答えれば、教えてくれるのか」
〈それはどうかな。それに答えようが答えまいが、それはおまえの自由だ〉
「どうやら、いいようにあしらわれているみたいだな。どうせ最後には、答えは自分の中にある、とでも言うんだろう」
中沢がそう言うのを無視し、
〈さあ、どうする〉
声は答えを求めた。
中沢は吐き棄てるように言った。
〈ククク、これが笑わずにいられるか。なぜ俺が、キサマを罠に陥(おとしい)れなければならない。俺はおまえだというのに〉
声が言う。
「それを信じろというほうが、よほど可笑しい」
〈信じるも信じないも、それはおまえの勝手だ。だがな、こうしておまえと会話を交わしているのはどうだ。これも信じないというのか?〉
「信じろというほうが無理だ。おまえはただの幻聴でしかない」
〈どうしても幻聴にしたいらしいな。そんなだからおまえは、真実がわからないのだ。いや、自ら避けているといってもいい。自分を偽っているのも、その現われだ〉
「おまえこそ、妻を殺すことを望んでいると、僕に思わせたいんじゃないのか」
〈それが事実なのだからしかたがない〉
「違う! 僕はほんとうに……」
〈ほんとうに、のあとはなんだ? 殺すつもりなどない、とでも言いたいのか? ならば、なぜ殺す。なぜ殺す必要があるんだ。それなのにおまえは、なんども妻を殺した。それを何者かによって罠に陥れられたなどと。なんとも救いがたいやつよ〉
「違う。違うんだ……」
〈なにも違わないさ。おまえは、良心の呵責に苛まされているだけだ。それはおまえの弱さだ。そんなものは、路地裏にでも棄ててしまえ。どうせおまえは、また妻を殺すのだからな〉
「いやだ! 僕はもう妻を殺したくない!」
〈そうだな。おまえは、妻を殺すたびにそう思う。もう殺したくない、と。だが結局は殺してしまう。そしておまえは苦しむのだ。なぜだ、なぜなんだ、とな〉
「違う、違う、違う!)
中沢はかぶりをふった。
〈なにが違うと言うんだ。言い訳がましくうじうじするのはよせ。よく思い出してみろ。妻を殺すときの自分自身を。おまえは笑ってさえいるのだぞ。それこそが、おまえが妻を殺すことを望んでいる証拠だ〉
(ほんとうにそうなのか。僕は、妻を殺すことを望んでいるのか……)
中沢は自問するように胸で呟いた。
〈そうさ。おまえはな、望んでいながらそれを受け入れず、偽ることで自分をごまかしている。なぜなら、妻を愛しているからだ〉
「ああ、そうだよ。僕は礼子を愛している。だからこそ殺したくない。なのになぜ、その礼子を、殺すことを望んでいるというんだ」
〈それは、おまえがいちばんわかっているはずだ〉
「そんなこと、わかるわけがない。教えてくれ。どうしてなんだ」
〈だから言ったはずだ。よく思い出してみろと〉
「なにを思い出せばいいんだ」
〈それも言ったはずだ〉
「礼子を殺すときの自分自身……」
〈そうだ。そのときのおまえの中には、なにがある〉
「僕の中にあるもの……」
〈思い出せ。妻を殺すときの、おまえの心の奥底を〉
そこで中沢は眼を瞑り考えた。
「狂気……」
〈その調子だ〉
「憎しみと怒り」
〈そうだ、いいぞ〉
「失望と哀しみ」
〈それから〉
「絶望と苦悩」
〈まだあるはずだ。思い出せ〉
中沢は考えながら、辛そうに眉根をよせた。
「これ以上は、もうわからない」
〈クク、まったくおまえというやつは、肝心なことはなにも思い出せないのだな〉
声がまた笑っているのが脳裡に響く。
「そのとおりだよ。なにも思い出せない。いや、そうじゃない。僕はそのとき、意識を失っている。だからいま言ったことは、いまだからこそ言えるんだ。そう感じたと。だから教えてくれ! なぜ僕は、妻を殺すことを望む。なぜ妻を殺してしまうんだ。この僕の中には、いったいなにがあるというんだ」
〈それを知りたいか〉
「知りたい」
〈それを知れば、おまえがおまえでなくなってしまってもか〉
「僕が僕でなくなる? どういうことだ。おまえはそれを思い出せと言ったじゃないか」
〈自分自身で思い出すならば、まだ救われるということもある。だが、おまえの場合はさほど大差はないかもしれないがな〉
「なんだっていい。教えてくれ」
〈ではこうしよう。まずキサマに質問をする〉
「質問? それに答えれば、教えてくれるのか」
〈それはどうかな。それに答えようが答えまいが、それはおまえの自由だ〉
「どうやら、いいようにあしらわれているみたいだな。どうせ最後には、答えは自分の中にある、とでも言うんだろう」
中沢がそう言うのを無視し、
〈さあ、どうする〉
声は答えを求めた。
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