甦る妻

星 陽月

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【チャプター 36】

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「礼子……」

 中沢は声をかけてみたが返事はなかった。

「礼子」

 もう一度声をかけると、

「あなた……」

 小さいが妻自身の声が返ってきた。

「こっちへ来て……」

 そう呼ぶ。
 中沢は恐る恐る近づいていく。
 顔が見えるあたりで動きを止める。

「もう少しそばに……」

 言われるまま中沢は、妻の顔の間近にまで近づく。
 その顔も、声とおなじようにいつもの妻にもどっている。

「キスして。とても痛いのよ。だからおねがい……」

 妻が瞼を閉じる。
 目尻から涙が流れ落ちた。
 眉根をよせ顔をしかめて痛みをこらえているのがわかる。

「礼子、ほんとにごめんよ。だけどしかたがないんだ。こうでもしなかったら、君は……。わかってくれ」

 中沢は辛くなって、思わず涙があふれてきた。
 妻を支えながらゆっくりと抱き上げる。
 顔を近づけていき口づけをしようとする。
 と、そのときだった。
 妻の眼が突如、かっ、と見開かれた。
 と思う間もなく、妻は中沢の首に咬みついていた。

「うぐッ!」

 とっさのことに驚き、それでもなんとか引き放そうとする。
 しかし、妻の咬みついた歯が首に食いこんで放れない。
 力任せに引き放そうとすれば、肉を咬み切られてしまいそうだった。

「礼子……、やめるんだ!」

 妻は一向に離れようとしない。それどころか、

「ぐわッ!」

 歯がさらに肉に食いこんできて、このままではほんとうに咬み切られてしまいかねなかった。

「くそッ!」

 中沢は苦しまぎれに、妻の腕の切断面に親指をずぶりと挿入させた。

「ぎいえぇぇぇぇぇ!」

 とたんに妻は断末魔の声を上げ、かぶりをふって悶え苦しんだ。
 中沢はその妻を腕から放して身を引いた。

「ちきしょう、なにしやがる、このクソったれがァ! おまえの喉を咬み切ってやるう!」

 妻の声がまたも野太くなり、そしてさらに、かつかつかつ、と歯を鳴らした。
 そう思うとまた、

「あなた、おねがい……、たすけて……」

 いつもの妻の顔と声で助けを求めてきた。
 中沢はわけがわからなくなって、顔をゆがませて妻を見ていた。
 すると、

「このやろう、早くたすけろよう! その喉を咬みきらせてくれよう」

 妻は変貌をくり返した。

「やめろ……」

 ゆらりと中沢は妻に近づいていく。
 妻は中沢を睨みながら歯を、かつかつかつ、とやっている。

「礼子……。たのむ、もうやめてくれ……」

 中沢は両手で妻の髪を鷲づかみにすると、後頭部を浴室の床に打ちつけた。

  ごん!

 鈍い音が浴室に響く。

「もう、耐えられない……」

 腕に力がこもり、後頭部を打ちつづける速さが増して強くなっていく。

「うああああああ!」


  ごんごんごんごんごん!

 狂乱の中で妻の後頭部打ちつづける。
 後頭部がぐちゃりと嫌な音を立てて潰れ、血があふれ出した。
 それでも中沢は、後頭部を打ちつづけるのをやめなかった。
 浴室の床は、妻の身体から流れる血で埋めつくされた。
 中沢の顔や身体も、鮮血で真っ赤に染まっている。
 彼はようやく妻の頭を打ちつづけるのをやめ、肩で息をした。
 妻は眼を剥いたまま絶命していた。
 口からもどろりとした血があふれ出している。
 中沢は荒い息を吐きながら鋸を手にし、躊躇することなく妻の喉元にあてた。

  ぐじゅり、
  ごり、
  ごり、
  ごり、

 無心で鋸を挽く。
 そのときの中沢は、感情のないまったく無表情の顔になっていた。

  ごり、
  ごり、
  ごり、
  ごりん、

 首が切り放された。
 中沢は無造作に髪の毛を掴むと、その首を浴槽へ落とした。
 浴槽に転がり落ちた妻の首は、見開かれたままの眼で天井を睨みつけていた。
 すぐさま胴体も切断していく。
 いくつかに分けて切断する姿はまれで、死体ではなく牛か豚の肉を解体作業をしているかのように見えた。
 切断が終わると、中沢は鋸を置いてふらりと立ち上がり、浴室を出て行くと大型のビニール袋を手にもどってきた。
 中沢はまずシャワーを水のまま出して、血の海と化した浴室を流しはじめた。
 浴室を真っ赤に染めあげていた血は、水に押し流されて排水溝へと追いやられていく。
 あらかた流し終えると、今度は切断してバラバラの肉塊になった妻にも水をかけていった。
 しばらくすると、切断面からはほとんど血が出なくなった。
 中沢はシャワーを止め、肉塊をビニール袋の中に入れていった。
 肉塊はふたつの袋に分けられた。
 それを脱衣所に置き、浴室の床や壁、そして浴室に液体洗剤を撒いていった。
 丹念に洗っていくその顔は、能面のように無表情のままだ。
 それは、人から感情を奪ったなら、きっとこういう顔になるのではないかと思えるほどの無機質なものだった。
 浴室を隅々まで洗い流し終えたころには、昼近くになっていた。
 中沢は肉塊のつまったビニール袋を持ってリビングへ向かうと、キッチンの冷蔵庫の前でそれを下ろした。
 冷蔵庫を開け、棚にあるものをすべて取り出し、最後には棚さえも取り外すと、空となったそこへビニール袋を重ねるようにして入れて扉を閉めた。
 そのとたん、中沢は崩れるようにその場に倒れ、そのまま眠りに落ちた。
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