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【チャプター 40】
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「うわあああああッ!」
中沢は飛び上がるようにして眼を醒ました。
肩で息をし、何が起きたのかわからずに後ずさりした。
キッチンの収納に背があたると、それだけで身体をビクつかせて怯えた。
烈(はげ)しい胸の鼓動が耳にこだましている。
手にこびりついた血にハッと気づいて両手を見た。
「なんだ、これは!」
どこか怪我をしているのではないかと身体に眼をやり、シャツにべったりとついた血を見て、中沢はまたも声を上げた。
怯えきった顔で宙に眼を泳がせ、自分の置かれた現状を思い出すのにしばらくの時間を要した。
「そうか……。僕は礼子を……」
妻を切断したときの光景が脳裡にまざまざと甦った。
鋸を挽き、肉を切り、骨を切った感触が血のこびりついた手に残っている。
中沢はゆらりと立ち上がり、冷蔵庫の前に立った。
扉に手をかけ、だが、開けることなく浴室へと向かった。
熱めのシャワーを浴びると、妻に咬みつかれた首の傷が沁みた。
備えつけの鏡で見てみると、血が滲んでいる程度ではあるが歯型の痕がくっきりと残っている。
なんどもボディソープを手に取り、身体を洗った。
それでも、まるで自分の体内から流れ出しているかのように、排水溝へと流れていくシャワーの湯には血が滲んでいた。
ようやく血を洗い流し、浴室を出てキッチンへ行くと、中沢はグラスを取って水道の水を入れた。
冷蔵庫にはミネラルウォーターが入っているが、扉を開ける気にはなれなかった。
グラスの水をたてつづけに2杯飲んだ。
喉が渇き切っていた。
3杯目を口にしたところで、やっと喉の渇きを癒すことができた。
リビングに行き、ソファに腰を下ろす。
少しでも精神を休めようと思うが、とてもそれどころではない。
これでほんとうによかったのか。
そんな思いが脳裡をかすめて、心を縛りつけてくる。
その思いを払拭しようと、これでよかったんだ、これでやっと解放されるのだと言い聞かせるのだが、そうするそばからとんでもないことをしてしまったという意識が、触手のように心を絡めとるのだった。
神経が剥き出しになってしまったような感覚にどうにも落ち着かず、中沢はまた立ち上がると、TVの横のサイド ボードから煙草と灰皿を取り出しソファにもどった。
苛立つように煙草に火を点け、忙しなく喫っては吐く。
そうしながらなんどもうしろをふり返った。
妻がいまにも、冷蔵庫の中から這い出してくるのではないか、という思いが脳裡をよぎるのだ。
そんな中で、冷蔵庫は静かに沈黙を守っている。
それがかえって不気味でならない。
バラバラになった死体が、よもや生き返ってくることはないだろう。
そう思ってはみるが、心は一向に落ち着かない。
妻は身体を切断しているその最中に生き返ってきたのだ。
バラバラになっても、また生き返ってくるのではないか。
そんな気がしてならなかった。
妻の変貌した顔が甦る。
あれはもう妻ではなかった。
口調や声色が変わり、罵詈雑言を浴びせ、かつかつかつ、と歯を鳴らして咬みつこうとするその顔は、般若そのものだった。
その妻の首を、その身体を、鋸でばらばらに切断した中沢もまた、鬼と化していたのだろう。
人であるなら、あんな残忍なことができるわけがない。
あれはまさに鬼の所業だった。
それでも中沢はやるしかなかった。
醒めることのない夢から目醒めるにはそうするしかなかった。
まるで同じところを彷徨いつづけるメビウスの環のごとき世界から逃れるためには、鬼にならざるを得なかったのだ。
だがしかし、もしもまた平然と妻が生き返ってきたなら、もう二度とあの残忍な鬼の所業はできはしないだろう。
中沢はため息のように煙を吐くと、煙草の火を消した。
中沢は飛び上がるようにして眼を醒ました。
肩で息をし、何が起きたのかわからずに後ずさりした。
キッチンの収納に背があたると、それだけで身体をビクつかせて怯えた。
烈(はげ)しい胸の鼓動が耳にこだましている。
手にこびりついた血にハッと気づいて両手を見た。
「なんだ、これは!」
どこか怪我をしているのではないかと身体に眼をやり、シャツにべったりとついた血を見て、中沢はまたも声を上げた。
怯えきった顔で宙に眼を泳がせ、自分の置かれた現状を思い出すのにしばらくの時間を要した。
「そうか……。僕は礼子を……」
妻を切断したときの光景が脳裡にまざまざと甦った。
鋸を挽き、肉を切り、骨を切った感触が血のこびりついた手に残っている。
中沢はゆらりと立ち上がり、冷蔵庫の前に立った。
扉に手をかけ、だが、開けることなく浴室へと向かった。
熱めのシャワーを浴びると、妻に咬みつかれた首の傷が沁みた。
備えつけの鏡で見てみると、血が滲んでいる程度ではあるが歯型の痕がくっきりと残っている。
なんどもボディソープを手に取り、身体を洗った。
それでも、まるで自分の体内から流れ出しているかのように、排水溝へと流れていくシャワーの湯には血が滲んでいた。
ようやく血を洗い流し、浴室を出てキッチンへ行くと、中沢はグラスを取って水道の水を入れた。
冷蔵庫にはミネラルウォーターが入っているが、扉を開ける気にはなれなかった。
グラスの水をたてつづけに2杯飲んだ。
喉が渇き切っていた。
3杯目を口にしたところで、やっと喉の渇きを癒すことができた。
リビングに行き、ソファに腰を下ろす。
少しでも精神を休めようと思うが、とてもそれどころではない。
これでほんとうによかったのか。
そんな思いが脳裡をかすめて、心を縛りつけてくる。
その思いを払拭しようと、これでよかったんだ、これでやっと解放されるのだと言い聞かせるのだが、そうするそばからとんでもないことをしてしまったという意識が、触手のように心を絡めとるのだった。
神経が剥き出しになってしまったような感覚にどうにも落ち着かず、中沢はまた立ち上がると、TVの横のサイド ボードから煙草と灰皿を取り出しソファにもどった。
苛立つように煙草に火を点け、忙しなく喫っては吐く。
そうしながらなんどもうしろをふり返った。
妻がいまにも、冷蔵庫の中から這い出してくるのではないか、という思いが脳裡をよぎるのだ。
そんな中で、冷蔵庫は静かに沈黙を守っている。
それがかえって不気味でならない。
バラバラになった死体が、よもや生き返ってくることはないだろう。
そう思ってはみるが、心は一向に落ち着かない。
妻は身体を切断しているその最中に生き返ってきたのだ。
バラバラになっても、また生き返ってくるのではないか。
そんな気がしてならなかった。
妻の変貌した顔が甦る。
あれはもう妻ではなかった。
口調や声色が変わり、罵詈雑言を浴びせ、かつかつかつ、と歯を鳴らして咬みつこうとするその顔は、般若そのものだった。
その妻の首を、その身体を、鋸でばらばらに切断した中沢もまた、鬼と化していたのだろう。
人であるなら、あんな残忍なことができるわけがない。
あれはまさに鬼の所業だった。
それでも中沢はやるしかなかった。
醒めることのない夢から目醒めるにはそうするしかなかった。
まるで同じところを彷徨いつづけるメビウスの環のごとき世界から逃れるためには、鬼にならざるを得なかったのだ。
だがしかし、もしもまた平然と妻が生き返ってきたなら、もう二度とあの残忍な鬼の所業はできはしないだろう。
中沢はため息のように煙を吐くと、煙草の火を消した。
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