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【チャプター 49】
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妻を殺す日々。
いったい、どれほどの日が経ったのか。
1週間か、2週間か。
すでに1ヶ月は過ぎているのか。
わからない。
時間の感覚はあるのだが、過ぎていく日々の感覚がつかめない。
まるで、今日という1日をくり返しているような、そんな感覚。
それは、計ったかのように正確にくり返されてきた。
まただ――
中沢はそこでまた、首をふった。
またも忘れてしまっていた。
ここが夢の中だということを。
そう、夢だからこそ、現実では起こりえないことが起こり得るのだ。
すべては、夢の中で起きている現実。
ならば、月日の経過などあるわけがない。
いまは何も考えまい。
心を乱すだけだ。
覚悟はできているのだから。
中沢はサイドボードの置時計に眼をやった。
時刻は、夕刻の4時半を回ったところだ。
5時になれば妻が帰宅する。
中沢は食卓に坐り、妻を待つことにした。
静寂に包まれたリビング。
時計の針が、正確に時を刻んでいく音が頭の中に聴こえている。
それなのに、なぜか時の流れが緩行しているように思える。
覚悟を決めたことで心に何らかの変化が生じ、時の流れを遅く感じさせるのだろうか。
急いているわけでもないのにどこか落ち着かず、中沢はリビングのテーブルから煙草と灰皿を持ってくると、忙しなく煙草に火を点けた。
煙を深く吸い込み、肺に十分吸収させてから、ゆっくりと吐き出す。
心を落ち着かせるために。
それでも思ったほど、心に乱れはない。
「覚悟はできている」
自分に言い聞かせるように呟く。
中沢のその覚悟とは何か。
それは、
自分自身を殺すこと――
だった。
この永久につづく悪夢を終わらせるには、自分自身の死で幕を下ろすしかない。
それが中沢の出した結論だった。
愛する妻を殺しつづけて生きながらえる命なら、いっそ棄ててしまえばいい。
この命さえ尽きてしまえば、もう妻を二度と殺さなくてすむのだから。
しかし――
と、中沢は眼を伏せた。
ここは夢の中だ。
当然のことだが、夢の中では死んだからといって実際に死ぬということはない。
ただ眼を醒ますだけだ。
中沢にとって、それはいちばんの望みでもある。
目醒めることができれば、この悪夢から解放されるのだ。
だが、この夢はただの夢ではない。
醒めることのない夢。
ほんとうに目醒めることができるのかどうかはわからない。
目醒めることなく、妻のように生き返ってしまっては、この夢からはやはり、永久に醒めることはできないという ことになってしまう。
それを思うと愕然としてしまうが、だからといって、他に取るべき手段などない。
たとえあったにせよ、中沢には別の手段を取るつもりもなかった。
やることをやり、それでだめならそれまでだ。
(それでいい……)
中沢はまた、時計に眼を向けた。
時間はまだ5分ほどしか経っていない。
煙草の火を消し、瞼を閉じた。
何も考えずに心を無にする。
そうしようとしながら無になりきれず、いつの間にか幸せだったころの日を思い出していた。
妻の微笑みが、風になびく髪が、仕草が、次から次へと瞼に甦ってくる。
「あなた」
妻の声が聴こえる。
「愛してるわ」
「僕だって、君に負けないくらい、君を愛してる」
中沢は答える。
「あなたを心から、愛しているのよ」
「僕だってそうさ。君を全身全霊で愛してる」
「ずっと一緒にいてほしいの」
「ずっと一緒だよ」
「私を離さないで」
妻がしなやかな指を伸ばす。
「君を離したりしない」
中沢はその手を掴もうとする。
だが、その手を摑むことができずに、彼の手は妻の手をすり抜けてしまう。
なんど試みてもそれは同じだった。
すると妻が、少しずつ離れ始めた。
「礼子、どこへ行くんだ」
見る間に妻は離れていく。
「待ってくれ、礼子!」
中沢は叫ぶ。
そこでふいに闇が落ちた。
いったい、どれほどの日が経ったのか。
1週間か、2週間か。
すでに1ヶ月は過ぎているのか。
わからない。
時間の感覚はあるのだが、過ぎていく日々の感覚がつかめない。
まるで、今日という1日をくり返しているような、そんな感覚。
それは、計ったかのように正確にくり返されてきた。
まただ――
中沢はそこでまた、首をふった。
またも忘れてしまっていた。
ここが夢の中だということを。
そう、夢だからこそ、現実では起こりえないことが起こり得るのだ。
すべては、夢の中で起きている現実。
ならば、月日の経過などあるわけがない。
いまは何も考えまい。
心を乱すだけだ。
覚悟はできているのだから。
中沢はサイドボードの置時計に眼をやった。
時刻は、夕刻の4時半を回ったところだ。
5時になれば妻が帰宅する。
中沢は食卓に坐り、妻を待つことにした。
静寂に包まれたリビング。
時計の針が、正確に時を刻んでいく音が頭の中に聴こえている。
それなのに、なぜか時の流れが緩行しているように思える。
覚悟を決めたことで心に何らかの変化が生じ、時の流れを遅く感じさせるのだろうか。
急いているわけでもないのにどこか落ち着かず、中沢はリビングのテーブルから煙草と灰皿を持ってくると、忙しなく煙草に火を点けた。
煙を深く吸い込み、肺に十分吸収させてから、ゆっくりと吐き出す。
心を落ち着かせるために。
それでも思ったほど、心に乱れはない。
「覚悟はできている」
自分に言い聞かせるように呟く。
中沢のその覚悟とは何か。
それは、
自分自身を殺すこと――
だった。
この永久につづく悪夢を終わらせるには、自分自身の死で幕を下ろすしかない。
それが中沢の出した結論だった。
愛する妻を殺しつづけて生きながらえる命なら、いっそ棄ててしまえばいい。
この命さえ尽きてしまえば、もう妻を二度と殺さなくてすむのだから。
しかし――
と、中沢は眼を伏せた。
ここは夢の中だ。
当然のことだが、夢の中では死んだからといって実際に死ぬということはない。
ただ眼を醒ますだけだ。
中沢にとって、それはいちばんの望みでもある。
目醒めることができれば、この悪夢から解放されるのだ。
だが、この夢はただの夢ではない。
醒めることのない夢。
ほんとうに目醒めることができるのかどうかはわからない。
目醒めることなく、妻のように生き返ってしまっては、この夢からはやはり、永久に醒めることはできないという ことになってしまう。
それを思うと愕然としてしまうが、だからといって、他に取るべき手段などない。
たとえあったにせよ、中沢には別の手段を取るつもりもなかった。
やることをやり、それでだめならそれまでだ。
(それでいい……)
中沢はまた、時計に眼を向けた。
時間はまだ5分ほどしか経っていない。
煙草の火を消し、瞼を閉じた。
何も考えずに心を無にする。
そうしようとしながら無になりきれず、いつの間にか幸せだったころの日を思い出していた。
妻の微笑みが、風になびく髪が、仕草が、次から次へと瞼に甦ってくる。
「あなた」
妻の声が聴こえる。
「愛してるわ」
「僕だって、君に負けないくらい、君を愛してる」
中沢は答える。
「あなたを心から、愛しているのよ」
「僕だってそうさ。君を全身全霊で愛してる」
「ずっと一緒にいてほしいの」
「ずっと一緒だよ」
「私を離さないで」
妻がしなやかな指を伸ばす。
「君を離したりしない」
中沢はその手を掴もうとする。
だが、その手を摑むことができずに、彼の手は妻の手をすり抜けてしまう。
なんど試みてもそれは同じだった。
すると妻が、少しずつ離れ始めた。
「礼子、どこへ行くんだ」
見る間に妻は離れていく。
「待ってくれ、礼子!」
中沢は叫ぶ。
そこでふいに闇が落ちた。
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