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【チャプター 48】
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公園を離れ、ふらりふらりと歩いていく。
自宅にはもどりたくない。
そう思いながらも、足先は自然に自宅へと向かっている。
足が、身体が、自分の意思に逆らっているかのようだった。
何かが変わる。
あの声の言葉を信じて妻の身体を切断したが、これといった変化は何も起こらなかった。妻がバラバラになりながらも異形の姿となって生き返った以外は。
それも変化のひとつのなのだろうか。
あの妖鬼と化した形相で襲いかかってきた妻の貌を思い出せば、背すじから首すじにかけて、幾匹もの蟲(むし)がぞわぞわと這い上がってくるような怖気を覚える。
あんな思いは、もう二度としたくない。
妻をばらばらに切断することもだ。
なら、妻を殺さなければいい――
そんな思いが脳裡に貼りつく。
(なんど同じことを……)
またもそんなことを思う自分に、中沢は嘲笑うように唇をゆがめた。
それができていれば、何を苦しむことがあるだろう。
それができないからこそ、苦しみつづけているのだ。
しかし、それができないとわかっていながらも、考えに考えた末に導き出されるのは、
妻を殺さなければいい――
いつも同じ言葉だった。
それでも、と中沢は思う。
それでも今度こそ、と。
だが、それには覚悟が必要だった。
そう、だからこそ中沢はいま、ある覚悟をしていた。
その覚悟こそが妻をもう二度と殺さずにすむ手段であり、そしてそれは中沢自身をもきっと、いや間違いなく、この醒めることのない夢から解放される手段でもあった。
それを胸に秘め、中沢は家路を歩いていく。
自宅に着き、中沢はためらうことなく玄関のドアを開けた。
廊下に上がりリビングに向かう。
室内に入るとそこには、妖鬼の頭部はなかった。
頭蓋が潰れ、血と脳漿を撒き散らしたはずだが、その痕跡どころか髪の毛の1本も落ちてはいない。
血に染まった包丁もなかった。
キッチンに行き冷蔵庫を開ける。
そこにもやはり、ビニール袋に入れたばらばらの妻の肉塊がない。
それどころか、冷蔵庫の中は、それまで入れられていたものが整理されて並んでいた。
ふと、自分の手や衣服に眼をやれば、返り血さえもきれいに消えているのだった。
(また生き返るのか。礼子……)
もう、これで妻は、生き返ってくることはない。
心の片隅で、わずかながらにそう思う自分がいたが、それはいつものように甘い考えだった。
身体がバラバラになってまでも生き返ってくるのだ。
だから、左の眼球を失い、頭蓋がぐちゃぐちゃになって血と脳漿を撒き散らそうとも、また生き返ってくるのは当然なのだ。
中沢は、身体の中に溜まった毒を吐き出すかのような、長いため息をついた。
このまま、妻が姿を見せずにいてくれたら、どれだけ救われるだろう。
そう思うこともまた、いつものことだった。
こうして日中のあいだに、いつの間にか妻の死体は跡形もなくその場から消えている。
そして夕刻になると、買い物袋を手に帰宅するのだ。
夫に首を絞められて殺害されたことなど忘れ、何事もなかったような顔で。
いや、実際に何も憶えていないのかもしれない。
そうでなければ、自分を殺した相手のために夕食を作り、微笑みなど向けられるわけがない。
妻の死体が消えるのは、いつも正午を過ぎてからだ。
その瞬間を見届けようと死体の傍らから離れずにいるのだが、中沢はついうとうとしながら眠りこんでしまう。
ハッとして眼を醒ますと、死体はもうそこにはない。
どんなに眠らないようにしようとしても睡魔はかならず襲ってきて、中沢もまた必ず眠ってしまうのだった。
だからまさか、肉体を切断しているそのさなかに、息を吹き返すとは思いもしなかった。
そしてさらに、バラバラの肉塊となってまでも、異形と化して生き返るなどとは。
どうしてあんな姿で、妻は生き返ってきたのか。
もしかすると、肉体を切断されたことで身体の形態構造のバランスがゆがみ、それによって異形へと変化させてしまったのかもしれない。
いや――
中沢は苦笑しながら首をふった。
ばかばかしい。
そんなことを考えたところで、何の意味もない。
日々、殺しても殺しても生き返ってくること自体、妻はすでに異形であるのだから。
そしてまた今日も、肉体がばらばらになり、左の眼球を貫かれ、頭蓋(ずがい)を砕かれ脳漿(のうしょう)を撒き散らそうとも、妻はいつものように微笑みを浮かべてリビングに姿を見せるだろう。
いつもと何もかわらない美しい姿で。
その妻を今日もまた、僕は殺すのだ。
自宅にはもどりたくない。
そう思いながらも、足先は自然に自宅へと向かっている。
足が、身体が、自分の意思に逆らっているかのようだった。
何かが変わる。
あの声の言葉を信じて妻の身体を切断したが、これといった変化は何も起こらなかった。妻がバラバラになりながらも異形の姿となって生き返った以外は。
それも変化のひとつのなのだろうか。
あの妖鬼と化した形相で襲いかかってきた妻の貌を思い出せば、背すじから首すじにかけて、幾匹もの蟲(むし)がぞわぞわと這い上がってくるような怖気を覚える。
あんな思いは、もう二度としたくない。
妻をばらばらに切断することもだ。
なら、妻を殺さなければいい――
そんな思いが脳裡に貼りつく。
(なんど同じことを……)
またもそんなことを思う自分に、中沢は嘲笑うように唇をゆがめた。
それができていれば、何を苦しむことがあるだろう。
それができないからこそ、苦しみつづけているのだ。
しかし、それができないとわかっていながらも、考えに考えた末に導き出されるのは、
妻を殺さなければいい――
いつも同じ言葉だった。
それでも、と中沢は思う。
それでも今度こそ、と。
だが、それには覚悟が必要だった。
そう、だからこそ中沢はいま、ある覚悟をしていた。
その覚悟こそが妻をもう二度と殺さずにすむ手段であり、そしてそれは中沢自身をもきっと、いや間違いなく、この醒めることのない夢から解放される手段でもあった。
それを胸に秘め、中沢は家路を歩いていく。
自宅に着き、中沢はためらうことなく玄関のドアを開けた。
廊下に上がりリビングに向かう。
室内に入るとそこには、妖鬼の頭部はなかった。
頭蓋が潰れ、血と脳漿を撒き散らしたはずだが、その痕跡どころか髪の毛の1本も落ちてはいない。
血に染まった包丁もなかった。
キッチンに行き冷蔵庫を開ける。
そこにもやはり、ビニール袋に入れたばらばらの妻の肉塊がない。
それどころか、冷蔵庫の中は、それまで入れられていたものが整理されて並んでいた。
ふと、自分の手や衣服に眼をやれば、返り血さえもきれいに消えているのだった。
(また生き返るのか。礼子……)
もう、これで妻は、生き返ってくることはない。
心の片隅で、わずかながらにそう思う自分がいたが、それはいつものように甘い考えだった。
身体がバラバラになってまでも生き返ってくるのだ。
だから、左の眼球を失い、頭蓋がぐちゃぐちゃになって血と脳漿を撒き散らそうとも、また生き返ってくるのは当然なのだ。
中沢は、身体の中に溜まった毒を吐き出すかのような、長いため息をついた。
このまま、妻が姿を見せずにいてくれたら、どれだけ救われるだろう。
そう思うこともまた、いつものことだった。
こうして日中のあいだに、いつの間にか妻の死体は跡形もなくその場から消えている。
そして夕刻になると、買い物袋を手に帰宅するのだ。
夫に首を絞められて殺害されたことなど忘れ、何事もなかったような顔で。
いや、実際に何も憶えていないのかもしれない。
そうでなければ、自分を殺した相手のために夕食を作り、微笑みなど向けられるわけがない。
妻の死体が消えるのは、いつも正午を過ぎてからだ。
その瞬間を見届けようと死体の傍らから離れずにいるのだが、中沢はついうとうとしながら眠りこんでしまう。
ハッとして眼を醒ますと、死体はもうそこにはない。
どんなに眠らないようにしようとしても睡魔はかならず襲ってきて、中沢もまた必ず眠ってしまうのだった。
だからまさか、肉体を切断しているそのさなかに、息を吹き返すとは思いもしなかった。
そしてさらに、バラバラの肉塊となってまでも、異形と化して生き返るなどとは。
どうしてあんな姿で、妻は生き返ってきたのか。
もしかすると、肉体を切断されたことで身体の形態構造のバランスがゆがみ、それによって異形へと変化させてしまったのかもしれない。
いや――
中沢は苦笑しながら首をふった。
ばかばかしい。
そんなことを考えたところで、何の意味もない。
日々、殺しても殺しても生き返ってくること自体、妻はすでに異形であるのだから。
そしてまた今日も、肉体がばらばらになり、左の眼球を貫かれ、頭蓋(ずがい)を砕かれ脳漿(のうしょう)を撒き散らそうとも、妻はいつものように微笑みを浮かべてリビングに姿を見せるだろう。
いつもと何もかわらない美しい姿で。
その妻を今日もまた、僕は殺すのだ。
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