蒼穹(そうきゅう)の約束

星 陽月

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【第8話】

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 公園に着くと紀子は、思っていたよりも人が多いことに、今日が日曜日であることをあらためて実感した。
 そんな実感にため息をつき、ノーメイクで出てきてしまったことを悔いた。
 それでも、清々しい風が頬を吹き抜けて、その爽やかさに紀子は少しだけ気持ちが晴れた。
 気づくと頭痛も取れている。
 そこは、「自然の森公園」というだけあって面積が広く、舗装された遊歩道に沿って小川が流れ、小さな庭園めいたものや池あって、その傍らには水車があった。
 独り暮らしを始めて紀子は1年になるが、その公園に足を運んだのは、そのときが初めてだった。
 家族連れやカップルが眼につく。
 自分以外は皆、幸せに見えてしまうのは錯覚だろうか。
 またまたブルーになっていく自分に気づいて、紀子はひとつ深呼吸をして遊歩道を歩き出した。

(それにしても、いい日和だわ……)

 そんなことを思いながら、ゆっくり歩みを進めていく。
 わずかに歩いたばかりのそのとき、紀子は見つめくる視線を感じた。

(だれ? 私に視線を向けるのは……)

 紀子は周囲を見渡す。

 ダメ! 私はノーメイクなの……。
 眉毛がないのは、前髪で隠しているけど……。
 でもダメ。やっぱりダメ……。
 見ないで、お願い……。

 なおも紀子は周囲に眼を凝らす。

 あの男? 
 いや違う……。
 じゃあアイツ? 
 ううん、違うわ……。
 アイツは犬を連れている女のコの胸元を見てるじゃない……。
 わ、スケベ丸出し……。
 最ッ低! 
 でも、あのコのオッパイ大きいわ……。
 あのコのがメロンなら、私は……。
 
 紀子は自分の胸と較べて、落ちこんだ。

 なによ……。
 女は胸の大きさじゃないわ……。

 さて、お次は……。
 わッ、なにアイツ……。
 超ミニのギャルふたりにコソコソとついていくあの男……。
 やだ、ニヤけてる……。
 キモイ、キモすぎる……。
 カメラを手にしてシャッター・チャンス、って、まさか盗撮! 
 あなたのようなキャラはこんなところにいないで、アキバに行きなさい!

 それで、こっちの男は?
 おっと、イケメン発見! 
 だけど私には眼もくれず、そこに彼女が登場、って……。
 フン! カップルは無視よ、無視!

 うわ、可愛い! 
 乳母車に乗せられてやってくるあなたは、円らな瞳のエンジェル!
 あなたなの? 
 私を見つめていたのは……。
 って、えッ!
 どうして?
 私が顔を覗きこんだら泣き出した!
 もう、感じ悪い!

 今度はなに? 
 あの男の子……。
 私に向かって、アッカンベー!
 って、なんなのよ!
 え? なによ……。
 ブス? 
 私がブスだっていうの! 
 あ、逃げた! 
 超ムカつく! 
 フン、だ!

 それにしても、私ったら、どうして人間ウォッチングなんかしてるんだろ……。
 だけど、ほんとにだれなの? 
 この私に、視線の矢を向けているのは……。

 そのとき、紀子の視界に、ベンチに坐るひとりの老人の姿が入ってきた。

 えッ、まさか。まさかよね……。

 紀子は一度その老人から視線を外し、そしてあらためて眼を向けた。

 ゲッ!
 そのまさかが的中! 
 ピンポンピンポン! 
 ビンゴ! 
 大当たり! 
 ってバカ……。
 そんな場合じゃないでしょ!

 紀子は確認のために、うしろをふり返ってみた。
 でも、だれもいない。
 もう一度老人に眼を向けてみる。

 やっぱり……。
 あのおじいさん、ほんとに私を見てる……。
 いったい、なに? 
 どういうこと? 
 もしかして、おじいさん私をナンパするつもり? 
 お嬢さん、お茶でもどうですか。なんて? 
 ひえー、やめて……。
 そんなの無理! 
 絶対に無理だから! 
 ね、おじいさん考え直そ……。
 私とおじいさんじゃ、とてもつり合わないから……。
 っていうか、なに先走ってるんだろう……。
 そんなのあるわけないじゃない……。 
 どうかしてるわ……。
 それにあの歳じゃ、男の役目は卒業って感じだし……。
 って、やだ、なんか微笑んじゃってる……。
 ちょっと、もォ……。
 そんなににっこりとされたら、私困っちゃうじゃない……。
 これでも、お年寄りには弱いんだから……。
 といってもわかるでしょ?
 あくまで違う意味で、だからね……。
 こうなったら、もうシカトよ、シカト。それがいちばんだわ!

 紀子は、老人から顔を背けた。
 それでも、どうしても気になって、横目でちらりと老人を見る。

 でも、あの懐かしむような、初恋の人にでも出逢ったような、哀愁たっぷりの眼差しはなに? なんか放っておけなくなっちゃうじゃないの! 
 んー、どうしよー……。

 紀子は思いっきり思い悩む。

 ま、いいか……。
 どうせ私はヒマだしね……。
 時間潰しにはいいかも……。
 でも、待って……。
 あのくらいの歳なら、私くらいの孫がいてもおかしくないわよね……。
 あ、そうか。私を孫と間違えてるんだ。きっとそうだわ……。

 紀子はそう納得し、さらに、

(それに、もしかすると、イケメンの孫もいるかもしれないわ……)

 そんな期待が頭をもたげて、老人に向かって歩き出していた。

「こんにちは」

 気軽に老人に声をかけると、紀子は隣に腰を下ろした。
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