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【第52話】
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谷口はどうとも納得のいかない様子だった。
そんな彼を紀子は眼力で威圧する。
「はいはい、わかりました。言えばいいんですね、言えば」
仕方なさそうに谷口はため息をつく。
「ちょっと、いやいや言うんだったら願い下げよ。ちゃんと心をこめて囁くように言ってくれなきゃ、絶対に許してなんてあげないんだから」
カオルはカウンターの上に両肘をつき、手のひらを組んだ。
「さあシンゴちゃん。アタシの手を、あなたの手のひらで包みこんで言ってちょうだい。『カオル、君はきれいだ』って」
谷口は苦水を呑みこむように生唾を飲み、おずおずとカオルの組んだ手に手のひらを重ねた。
「そう、それでいいのよ。さあ言って。君を世界でいちばん愛していると。そして神に誓って。この手で君を離さない、いつまでも君だけを愛しつづけると」
カオルの瞳が輝きに満ちた。
「そうじゃないでしょ」
すかさず紀子がツッコんだ。
「言ってみただけよ」
そんなふたりにかまうことなく、谷口はいたって真面目な顔でカオルを見つめている。
「ヤダ、そんなに見つめられたら恥ずかしいわ」
カオルは、厳ついその顔を赤らめる。
乙女には程遠いと思いながらも、そう見えてくるのが不思議だ。
谷口はひとつ大きく息を吸うと、
「カオル、君はきれいだ」
真面目な顔を崩さずにそう言った。
「キャーッ!」
乙女の恥じらいそのままに、カオルは顔を両手で被った。
谷口はというと、何事もなかったような顔をしている。
むしろ、役目を果たしたといった顔だ。
ともあれ、それで完全に気を良くしたカオルは、ふと正吉のことを忘れていたことに気づき、
「そうだ忘れてた。今日の主役は正吉さんじゃないのよ。正吉さーん、どこにいるのォ。ごめんね、仲間はずれにしちゃって」
宙に視線を彷徨わせた。
『いえいえ、私はもうすっかり楽しんでいますよ』
「――だそうです」
紀子の背後にいる正吉の言葉を代弁したのは、谷口だった。
「えッ、ちょっと、シンゴちゃん、あなた――」
カオルは眼を丸くして谷口を見る。
「そう、谷口くんには正吉さんが見えるし、声も聴こえるのよ」
カオルが言わんとすることを察して、紀子が言った。
「えー、そうなの! あなたには霊感があるんだ。すごいわね」
扇形のつけ睫毛を、カオルはバサバサと瞬(しばたた)かせた。
「と言っても、こんなにはっきりと姿が見えたり、声が聴こえるのは正吉さんが初めてですけどね」
谷口が言う。
「でも、すごいわよ。アタシには、見たり聴いたりできないし、まったくなにも感じないもの。それで、いまはどこにいるの?」
「カオルさんのすぐ左側にいます」
いつの間にか、正吉はカオルの隣に移動していた。
「あら、そうなの? 近くにいるのに正吉さんの存在を気づくこともできないアタシを、どうか許してね」
カオルは、正吉がいるであろう宙に向かって笑みを浮かべた。
『いいんですよ、カオルさん。私の存在など気づかないのが、あたり前なんですから』
「――と言ってます」
と、またも谷口。
紀子はなんだか、お株を奪われたような気がしたが、それならそれで、今日は谷口に正吉の代弁をしてもらおう、 そう思った。
そのほうが、正吉の話を身を入れて聴くことができる。
とはいえ、谷口のほうでもはなからそうするつもりでいたのだろう。
正吉の言葉をしっかり頭の中で聴き取ろうとでもしているのか、背筋を伸ばして眼を閉じている。
いつでもスタンバイOKと言わんばかりであった。
そんな彼を紀子は眼力で威圧する。
「はいはい、わかりました。言えばいいんですね、言えば」
仕方なさそうに谷口はため息をつく。
「ちょっと、いやいや言うんだったら願い下げよ。ちゃんと心をこめて囁くように言ってくれなきゃ、絶対に許してなんてあげないんだから」
カオルはカウンターの上に両肘をつき、手のひらを組んだ。
「さあシンゴちゃん。アタシの手を、あなたの手のひらで包みこんで言ってちょうだい。『カオル、君はきれいだ』って」
谷口は苦水を呑みこむように生唾を飲み、おずおずとカオルの組んだ手に手のひらを重ねた。
「そう、それでいいのよ。さあ言って。君を世界でいちばん愛していると。そして神に誓って。この手で君を離さない、いつまでも君だけを愛しつづけると」
カオルの瞳が輝きに満ちた。
「そうじゃないでしょ」
すかさず紀子がツッコんだ。
「言ってみただけよ」
そんなふたりにかまうことなく、谷口はいたって真面目な顔でカオルを見つめている。
「ヤダ、そんなに見つめられたら恥ずかしいわ」
カオルは、厳ついその顔を赤らめる。
乙女には程遠いと思いながらも、そう見えてくるのが不思議だ。
谷口はひとつ大きく息を吸うと、
「カオル、君はきれいだ」
真面目な顔を崩さずにそう言った。
「キャーッ!」
乙女の恥じらいそのままに、カオルは顔を両手で被った。
谷口はというと、何事もなかったような顔をしている。
むしろ、役目を果たしたといった顔だ。
ともあれ、それで完全に気を良くしたカオルは、ふと正吉のことを忘れていたことに気づき、
「そうだ忘れてた。今日の主役は正吉さんじゃないのよ。正吉さーん、どこにいるのォ。ごめんね、仲間はずれにしちゃって」
宙に視線を彷徨わせた。
『いえいえ、私はもうすっかり楽しんでいますよ』
「――だそうです」
紀子の背後にいる正吉の言葉を代弁したのは、谷口だった。
「えッ、ちょっと、シンゴちゃん、あなた――」
カオルは眼を丸くして谷口を見る。
「そう、谷口くんには正吉さんが見えるし、声も聴こえるのよ」
カオルが言わんとすることを察して、紀子が言った。
「えー、そうなの! あなたには霊感があるんだ。すごいわね」
扇形のつけ睫毛を、カオルはバサバサと瞬(しばたた)かせた。
「と言っても、こんなにはっきりと姿が見えたり、声が聴こえるのは正吉さんが初めてですけどね」
谷口が言う。
「でも、すごいわよ。アタシには、見たり聴いたりできないし、まったくなにも感じないもの。それで、いまはどこにいるの?」
「カオルさんのすぐ左側にいます」
いつの間にか、正吉はカオルの隣に移動していた。
「あら、そうなの? 近くにいるのに正吉さんの存在を気づくこともできないアタシを、どうか許してね」
カオルは、正吉がいるであろう宙に向かって笑みを浮かべた。
『いいんですよ、カオルさん。私の存在など気づかないのが、あたり前なんですから』
「――と言ってます」
と、またも谷口。
紀子はなんだか、お株を奪われたような気がしたが、それならそれで、今日は谷口に正吉の代弁をしてもらおう、 そう思った。
そのほうが、正吉の話を身を入れて聴くことができる。
とはいえ、谷口のほうでもはなからそうするつもりでいたのだろう。
正吉の言葉をしっかり頭の中で聴き取ろうとでもしているのか、背筋を伸ばして眼を閉じている。
いつでもスタンバイOKと言わんばかりであった。
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