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【第63話】
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『それは、君が自分の力に気づいていないだけです。いや、まだ君の中で眠っているといったほうが正しいかもしれない』
正吉が言った。
「それって、この先僕が、すごいことをやってのけるってことですか? いったい僕はなにをやるんです? 社長にでもなって、会社を大きくするとか、それとも、まさか総理大臣になるってことはないですよね」
谷口が訊く。
『それは私にもわからない。ただ私が言えるのは、君には秘められた力があるってことです』
「なんだか、言われただけでも、力が湧いてくるような気がしますよ」
『しかし、その力が目醒めるのには、ひとつ条件がある』
「条件……?」
『あるものを、手に入れなければならない』
「……その、あるものってなんですか」
『それは、自ずとわかるときがきます』
「自分自身で見つけろってことですか」
『はい』
「でも、正吉さん。僕は思うんです。人には皆、秘められた力があるって。特別な人なんていないんですよ。正吉さんが僕に言ったように、ただ、その力に気づかないだけなんです。それに気づいて努力すれば、みんな英雄にだって救世主にだってなれるんじゃないかって思うんです。まあ、救世主はちょっと言いすぎですけどね」
『いやはや、君はやっぱり、すばらしい青年だ』
「おだてたって、なにも出ませんよ」
『たとえ出されても、私は受け取ることができません』
「それもそうですね」
ふたりは笑った。
しばらくして、ようやく紀子とカオルがトイレから出てきた。
紀子は来たときと変わらない化粧の施しだが、カオルは念を入れたとみえて、ファンデーションはさらに厚く、ピンクのシャドウはきらきらと煌き、つけまつげは扇のように上に向かって開いていた。
「これで謎は解けたってことよね、カオルちゃん。やっと正吉さんは天国に行けるのね」
紀子はスツールに坐ると、カウンターの中にもどったカオルに訊いた。
「そうね。確かに謎は解けたわ。だけど……」
カオルは、なにかすっきりしないといった顔をし、
「それで正吉さん。なにか変化はある?」
正吉がいるであろう宙に向かってそう言った。
『変化といいますと?』
「ほら、むかし、映画にあったじゃない。暴漢に襲われて主人公が死んじゃうやつ。あれってなんだっけ、ええと……」
カオルは思い出そうと、額を指先で叩く。
「それって、『ゴースト ニューヨークの幻』じゃない? 殺された主人公は、天国へ行くのを拒否してまでも、恋人のそばにいたいって願うのよ」
と、紀子。
「そう、それよ。主人公のパトリック・スウェイジが、とてもカッコよくてキュートだったわ」
記憶に想いを馳せるカオル。
「それに、ショート・ヘアのデミ・ムーアがすごく可愛いのよ」
「そうそう。ろくろを回すデミのうしろにパトリックが坐って、陶土にまみれながら手を絡ませ合うの……」
「あの音楽がまたロマンティックで、素敵なのよねえ」
紀子までが、遠くに眼を馳せる。
「ライチャス・ブラザーズのアンチェインド・メモリー。オー、マイラーヴ、マイ、ダーリン――ああ、パトリック。アタシをいますぐ強く抱きしめて。お願いよ!」
カオルは自分を抱きしめようと腕を回すが、筋肉がそれを許さなかった。
「あの、盛り上がっているところを恐縮なんですが、いったいなんの話をしているのかさっぱりだと、正吉さんが言っています。ちなみに、僕もなにがなんだかわかりません」
遠慮がちに、谷口があいだに入ってきた。
「あ、ごめん、正吉さん。あなたは、この映画を観てないのね。この映画は、1990年の作品なの。シンゴちゃはまだ生まれてないから、知らなくて当然ね。って言うか、紀ちゃん。アンタだってまだ生まれてないでしょうに」
「私はDVDを借りて観たの」
「だれと? まさか、独りで観たなんて言わないでよね」
「独りよ。悪い?」
「アンタ、ほんとに寂しいのね。同情しちゃう」
「うッさいわね、ほっといてよ。そんなことより、正吉さんに訊きたかったのは、煌びやかな光が天から射してきて、天使たちが舞い降りてきていないかってことでしょ?」
「そうよ、それよ。それが訊きたかったのよ。どう? 正吉さん」
『煌びやかな光、ですか……。待ってください。そう言われてみれば、あれは……』
「え、なに? 光が射してきた? ね、射してきたの? ついにお迎えがやってきたのォ?」
カオルの声が興奮に昂った。
紀子と谷口も胸を高鳴らせ、正吉が見つめる先に眼をやった。
正吉が言った。
「それって、この先僕が、すごいことをやってのけるってことですか? いったい僕はなにをやるんです? 社長にでもなって、会社を大きくするとか、それとも、まさか総理大臣になるってことはないですよね」
谷口が訊く。
『それは私にもわからない。ただ私が言えるのは、君には秘められた力があるってことです』
「なんだか、言われただけでも、力が湧いてくるような気がしますよ」
『しかし、その力が目醒めるのには、ひとつ条件がある』
「条件……?」
『あるものを、手に入れなければならない』
「……その、あるものってなんですか」
『それは、自ずとわかるときがきます』
「自分自身で見つけろってことですか」
『はい』
「でも、正吉さん。僕は思うんです。人には皆、秘められた力があるって。特別な人なんていないんですよ。正吉さんが僕に言ったように、ただ、その力に気づかないだけなんです。それに気づいて努力すれば、みんな英雄にだって救世主にだってなれるんじゃないかって思うんです。まあ、救世主はちょっと言いすぎですけどね」
『いやはや、君はやっぱり、すばらしい青年だ』
「おだてたって、なにも出ませんよ」
『たとえ出されても、私は受け取ることができません』
「それもそうですね」
ふたりは笑った。
しばらくして、ようやく紀子とカオルがトイレから出てきた。
紀子は来たときと変わらない化粧の施しだが、カオルは念を入れたとみえて、ファンデーションはさらに厚く、ピンクのシャドウはきらきらと煌き、つけまつげは扇のように上に向かって開いていた。
「これで謎は解けたってことよね、カオルちゃん。やっと正吉さんは天国に行けるのね」
紀子はスツールに坐ると、カウンターの中にもどったカオルに訊いた。
「そうね。確かに謎は解けたわ。だけど……」
カオルは、なにかすっきりしないといった顔をし、
「それで正吉さん。なにか変化はある?」
正吉がいるであろう宙に向かってそう言った。
『変化といいますと?』
「ほら、むかし、映画にあったじゃない。暴漢に襲われて主人公が死んじゃうやつ。あれってなんだっけ、ええと……」
カオルは思い出そうと、額を指先で叩く。
「それって、『ゴースト ニューヨークの幻』じゃない? 殺された主人公は、天国へ行くのを拒否してまでも、恋人のそばにいたいって願うのよ」
と、紀子。
「そう、それよ。主人公のパトリック・スウェイジが、とてもカッコよくてキュートだったわ」
記憶に想いを馳せるカオル。
「それに、ショート・ヘアのデミ・ムーアがすごく可愛いのよ」
「そうそう。ろくろを回すデミのうしろにパトリックが坐って、陶土にまみれながら手を絡ませ合うの……」
「あの音楽がまたロマンティックで、素敵なのよねえ」
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「ライチャス・ブラザーズのアンチェインド・メモリー。オー、マイラーヴ、マイ、ダーリン――ああ、パトリック。アタシをいますぐ強く抱きしめて。お願いよ!」
カオルは自分を抱きしめようと腕を回すが、筋肉がそれを許さなかった。
「あの、盛り上がっているところを恐縮なんですが、いったいなんの話をしているのかさっぱりだと、正吉さんが言っています。ちなみに、僕もなにがなんだかわかりません」
遠慮がちに、谷口があいだに入ってきた。
「あ、ごめん、正吉さん。あなたは、この映画を観てないのね。この映画は、1990年の作品なの。シンゴちゃはまだ生まれてないから、知らなくて当然ね。って言うか、紀ちゃん。アンタだってまだ生まれてないでしょうに」
「私はDVDを借りて観たの」
「だれと? まさか、独りで観たなんて言わないでよね」
「独りよ。悪い?」
「アンタ、ほんとに寂しいのね。同情しちゃう」
「うッさいわね、ほっといてよ。そんなことより、正吉さんに訊きたかったのは、煌びやかな光が天から射してきて、天使たちが舞い降りてきていないかってことでしょ?」
「そうよ、それよ。それが訊きたかったのよ。どう? 正吉さん」
『煌びやかな光、ですか……。待ってください。そう言われてみれば、あれは……』
「え、なに? 光が射してきた? ね、射してきたの? ついにお迎えがやってきたのォ?」
カオルの声が興奮に昂った。
紀子と谷口も胸を高鳴らせ、正吉が見つめる先に眼をやった。
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