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チャプター【24】

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 その容貌は、黒豹と言えた。
 だが、その黒豹は後脚で立っていた。
 前脚は、脚ではなく腕であり、背は2メールほどあった。
 それは、まさに獣人だった。

「血だ。血だ……」

 獣人はそう口走ると、再び暴れはじめた。

「血が欲しいッ! 臓物を、はらわたを喰わせろッ!」

 壁を殴り、蹴り、タックルしながら、獣人は叫びつづけた。
 だが、壁はびくともしなかった。
 無駄だと知るや、獣人はドアに向きを変えた。
 ドアを殴りつける。
 しかし、壁と同様に、ドアもびくともしない。
 それでも、獣人は殴りつづけた。

 ドゴォーンッ! 
 ドゴォーンッ! 
 ドゴォーンッ!

 獣人がドアを殴りつけるたびに、凄まじい音がマイクを通して、久坂の耳に響いた。
 心配そうに眼を向ける男性科学者スタッフに、

「大丈夫だ。あのドアを破ることはできないよ」

 久坂はそう言った。
 確かに、獣人のいる隔離室は、1年前にJAXA(ジャクサ)で起きた事件に習って、壁もドアも強度を上げて造られていた。

「そうですよね」
 
 ほっとしたように、科学者スタッフが言った。
 しかし、そのつかの間だった。

「まさか……、5トンの衝撃にも耐えられるドアだぞ!」

 久坂は驚愕の眼で、モニターを見ていた。
 獣人が殴りつけている箇所がへこみはじめているのだった。

「催眠ガスを流すんだ!」

 久坂がそう指示すると、隔離室に催眠ガスが流れ出した。
 催眠ガスは、瞬く間に隔離室に充満した。
 にもかかわらず、獣人はドアを殴りつづけている。
 2日目に流した催眠ガスの量を超えても獣人は眠らず、さらにそのまま流しつづけ、5分ほどしてようやく、獣人 はその場に倒れこんだ。
 その後、獣人を鉄格子で囲った檻に移した。
 囲っている鉄格子には、電流が流れていた。
 眠りから醒めた獣人は、電流の流れた鉄格子を握って感電し、それ以降は触れることはなく檻の中を歩き回った。
 それから5日が経過し、獣人はそれまで一切の食事を摂らず、水さえも飲もうとしなかった。

「血だ。血を吸わせろッ! 臓物を、はらわたを喰わせろよッ!」

 獣人は、血と臓物とはらわたを欲した。
 そこで久坂は、牛の血液と臓物を与えてみた。
 獣人はそれを貪り食ったが、それはそのときだけで、

「動物の血肉など、反吐が出る。人の血だよォ。人の臓物とはらわたが喰いてえんだよォ!」

 豚の血液と臓物に変えてみても、もう口にすることはなかった。

 それからさらに10日が過ぎると、それまでは忙しなく檻の中を動き回っていたのだが、横たわったまま動かなくなった。
 眼光の鋭さもなくなり、それでも人が檻に近づけば牙を剝いて威嚇(いかく)するが、暴れることはなかった。獣人は明らかに弱まっていた。
 まさか、人の血液と臓物を与えるわけもいかず、久坂はそのまま様子をみた。
 20日が経過すると、獣人は痩せ衰え、眼を開けることもなかった。
 久坂は考えた末に輸血用の血液を与えようとしたが、獣人はすでに絶命していたのだった。
 その死体をラボに運ぼうとして、数人のスタッフが檻に入った。
 すると、ミイラのようになって死んでいた獣人の身体が、とつぜん自然発火を起こして燃えはじめた。
 すぐに火は消し止められたが、獣人はすでに灰となっていた。自然発火は細胞自体が起こしたものだった。
 それは、JAXAで起きたことと、まったく同じ現象だった。
 そうして1年、10人以上の感染者を扱い、久坂はそれまでのデータを踏まえて、人が未知なる細胞体に感染して1日目を「ステージ1」とし、2日目を「ステージ2」、3日目を「ステージ3」とした。〈感染者によって、時間的な誤差はあるが〉
 しかしながら、未だ感染者を救う特効薬は見つからずにいる。
 感染者は増えていくばかりだった。
 そのうえ、月よりの感染者、ALPHAと名乗る最初の5人の確保どころか、その行方さえわからぬままとなっていた。
 久坂は、モニターに映る蘭の寝顔を見つめつづけている。

「蘭。やはり君は、わたしが思ったとおり特別だったよ……」

 声に出してそう呟くと、久坂は席を立った。
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