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チャプター【32】
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「!――」
蘭は黙って久坂を見つめた。
「臍帯血の中の白血球が、未知なる細胞体を攻撃して食らいつくと、撃退とまではいかないが、その動きを停止しさせたんだよ。まるで休息でもさせるかのようにね。これこそ、新しい生命の神秘の力としか言いようがない」
「ほんとうなのか……」
蘭の眼から、金碧色の光が消えた。
「ああ。だが、感染したことも間違いじゃない。事実、感染した遺伝子は、やはり上書きされてしまっている。だから、その影響だと思うが、君の赤ん坊は急激に成長している」
そう言われて、蘭は自分の腹部に手をあてた。
「こんな……」
確かに、腹部が大きくなっているのがわかった。
久坂は隊員ふたりに顔を向け、大丈夫だというようにうなずいた。
それを確認した隊員ふたりは、うなずき返して部屋を出た。
久坂が蘭に顔をもどす。
「超音波エコーで調べてもらったんだが、君の赤ん坊はいま、6ヶ月を過ぎた」
「6ヶ月? 私が感染してから、わずか3日で1ヶ月も成長したというのか!」
「ああ。そう言うことだ」
「――――」
あまりにも早すぎる。
腹部をなでながら蘭は思った。
5ヶ月に入ったばかりの胎児が、3日で1ヶ月も成長したのだ。
それは、当然の反応だった。
このままだと、早ければ12日後、遅くとも13日後にはもう産まれてくるということになる。
実際に産まれてくる予定月より3ヶ月以上も早い。
本来ならば、未熟児であろう。
蘭の胸に、不安が渦巻く。
そして、さらなる不安がこみ上げてくる。
感染の進行が止まったとはいえ、上書きされてしまった遺伝子があるのは確かなのだ。
人の姿で、産まれてくることができるのか。
蘭にとって、それが何よりも不安だった。
蘭は、厳しい顔で眼を伏せている。
その蘭の心情を察したかのように、
「君に似た、可愛い女の子だよ」
久坂はそう言って、うしろに回していた手を正面に出した。
その手には、B5サイズほどの茶封筒があり、それを蘭へと差し出した。
「エコー写真だ」
蘭は、その茶封筒を受け取り、中から、写真を取り出した。
超音波断層撮影装置で撮られたそのエコー写真には、決して鮮明ではないが、眼を瞑った胎児が写っていた。
目鼻立ちがはっきりとしていて、眉も髪も生えている。
唇を両端がわずかに上がっているのは、笑っているのだろうか。
拳を握っている手には、小さくとも立派に指がそろっていた。
「これが、私の子……」
エコー写真を見つめる蘭の眼に、涙が溢れた。
「そうだよ。可愛い子だろう?」
まるで、自分の孫の写真を見せているかのように、久坂は愛しみに溢れた笑みを浮かべた。
しばらく、蘭はエコー写真を見つめていたが、ふいに顔を上げると、
「ありがとう」
ぽつりと言った。
「わたしは、感謝をされるようなことはなにもしていない。感謝をするなら、その子
にだよ。実に強い子だ」
久坂のその言葉に、蘭はこくりとうなずき、またエコー写真へ眼を落とした。
わずかな間があって、
「腹は空いてないかい?」
久坂が訊いた。
蘭は、エコー写真を見つめたまま、首を横にふった。
「じゃあ、なにか欲しいものは?」
それにも、蘭は首をふった。
「わかった。では、最後にひとつ言っておくが、君が赤ん坊を産むまでは、この部屋にいてもらわなければならない。必要なものや、なにか要求があるときは、部屋の外に立つ者に言ってくれればいい。ふつうに声を出すだけで、外へ聴こえるようになっている。不便だとは思うが、どうか理解してくれ」
言うと久坂は、ドアへと足を向けた。
その久坂の背に、
「博士」
蘭が声をかけた。
久坂がふり返る。
「思い出したんだ」
蘭が言った。
蘭は黙って久坂を見つめた。
「臍帯血の中の白血球が、未知なる細胞体を攻撃して食らいつくと、撃退とまではいかないが、その動きを停止しさせたんだよ。まるで休息でもさせるかのようにね。これこそ、新しい生命の神秘の力としか言いようがない」
「ほんとうなのか……」
蘭の眼から、金碧色の光が消えた。
「ああ。だが、感染したことも間違いじゃない。事実、感染した遺伝子は、やはり上書きされてしまっている。だから、その影響だと思うが、君の赤ん坊は急激に成長している」
そう言われて、蘭は自分の腹部に手をあてた。
「こんな……」
確かに、腹部が大きくなっているのがわかった。
久坂は隊員ふたりに顔を向け、大丈夫だというようにうなずいた。
それを確認した隊員ふたりは、うなずき返して部屋を出た。
久坂が蘭に顔をもどす。
「超音波エコーで調べてもらったんだが、君の赤ん坊はいま、6ヶ月を過ぎた」
「6ヶ月? 私が感染してから、わずか3日で1ヶ月も成長したというのか!」
「ああ。そう言うことだ」
「――――」
あまりにも早すぎる。
腹部をなでながら蘭は思った。
5ヶ月に入ったばかりの胎児が、3日で1ヶ月も成長したのだ。
それは、当然の反応だった。
このままだと、早ければ12日後、遅くとも13日後にはもう産まれてくるということになる。
実際に産まれてくる予定月より3ヶ月以上も早い。
本来ならば、未熟児であろう。
蘭の胸に、不安が渦巻く。
そして、さらなる不安がこみ上げてくる。
感染の進行が止まったとはいえ、上書きされてしまった遺伝子があるのは確かなのだ。
人の姿で、産まれてくることができるのか。
蘭にとって、それが何よりも不安だった。
蘭は、厳しい顔で眼を伏せている。
その蘭の心情を察したかのように、
「君に似た、可愛い女の子だよ」
久坂はそう言って、うしろに回していた手を正面に出した。
その手には、B5サイズほどの茶封筒があり、それを蘭へと差し出した。
「エコー写真だ」
蘭は、その茶封筒を受け取り、中から、写真を取り出した。
超音波断層撮影装置で撮られたそのエコー写真には、決して鮮明ではないが、眼を瞑った胎児が写っていた。
目鼻立ちがはっきりとしていて、眉も髪も生えている。
唇を両端がわずかに上がっているのは、笑っているのだろうか。
拳を握っている手には、小さくとも立派に指がそろっていた。
「これが、私の子……」
エコー写真を見つめる蘭の眼に、涙が溢れた。
「そうだよ。可愛い子だろう?」
まるで、自分の孫の写真を見せているかのように、久坂は愛しみに溢れた笑みを浮かべた。
しばらく、蘭はエコー写真を見つめていたが、ふいに顔を上げると、
「ありがとう」
ぽつりと言った。
「わたしは、感謝をされるようなことはなにもしていない。感謝をするなら、その子
にだよ。実に強い子だ」
久坂のその言葉に、蘭はこくりとうなずき、またエコー写真へ眼を落とした。
わずかな間があって、
「腹は空いてないかい?」
久坂が訊いた。
蘭は、エコー写真を見つめたまま、首を横にふった。
「じゃあ、なにか欲しいものは?」
それにも、蘭は首をふった。
「わかった。では、最後にひとつ言っておくが、君が赤ん坊を産むまでは、この部屋にいてもらわなければならない。必要なものや、なにか要求があるときは、部屋の外に立つ者に言ってくれればいい。ふつうに声を出すだけで、外へ聴こえるようになっている。不便だとは思うが、どうか理解してくれ」
言うと久坂は、ドアへと足を向けた。
その久坂の背に、
「博士」
蘭が声をかけた。
久坂がふり返る。
「思い出したんだ」
蘭が言った。
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