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チャプター【44】

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 始祖となる女王の母体から分裂して数を増やしていった祖先たちは、独自の進化のプロセスを辿っていきました。
 他の生物に寄生すると、宿主となった生物の遺伝子を己の遺伝子へと書き換える能力を得ていたのです。
 ただ書き換えるだけではありません。
 その宿主の遺伝子情報や能力、そして記憶までも吸収することができたのです。
 そうして、様々な生物に寄生していきながら情報を得ることで、祖先たちはさらに知能を有する寄生細胞体(パラサイト・ソーマ)として進化していったのです。
 しかし、知能を有するとは言え、あくまでも本能的もので、知識などあるわけもなく、いまのような姿の知的生命 体となるにはまだまだ遥かな歳月が必要でした。
 そして、ようやく、そのときが訪れたのです。
 新たな進化による急激な飛躍のときが。
 それは、いまより1000万年前のことです。
 我々の星ドラクに、ある飛行物体が天空より飛来してきたのです。
  地上に降り立った飛行物体のボーディング・ゲートが開くと、そこから姿を現したのは2足歩行をする5体の生体でした。
 それは、祖先たちが遭遇した、初めての知的生命体だったのです。
 その知的生命体が何者で、いったい何をしにやってきたのか。
 そのときの祖先たちには、それを考えるだけの思考回路はなく、ただこれまでのように、それまで寄生していた生 物から離れ、その知的生命体へと近づいて行ったのです。
 5体の知的生命体は、ドラクの大気濃度をセンサーで確認するとヘルメットを外しました。
 その知的生命体へと、祖先たちは瞬く間に寄生し、それによって知的生命体の知識や記憶を吸収したのです。
 吸収した記憶から、知的生命体が他の星系にある、トールという星からやってきたことがわかりました。
 次に祖先たちが行ったのは、5体のトール人が搭乗してきた飛行物体、宇宙船からトール星へと救難メッセージを 送信し、仲間を呼び寄せることでした。
 3ヶ月後、新たな宇宙船が飛来してきました。
 祖先たちの思惑どおり、その宇宙船はトール星からやってきたのでした。
 祖先たちは、そのトール人にも寄生していったのです。
 そんなことが、それから3度つづき、そしてそのあとにやって来たのは、空を蔽(おお)いつくすほどの巨大なト ール人の母船でした。
 それを出迎えたのは、探索船をふくむ4機の搭乗員、つまり、そのトール人たちの肉体を奪った祖先たちでした。
 救難メッセージを送信したというのに、無事な姿で出迎えた搭乗員の姿に、母船のトール人たちは、さぞ驚いたことでしょう。
 搭乗員たちは、事情を聴くために母船へと呼ばれました。
 その搭乗員の肉体を奪った祖先たちにしてみれば、それは願ってもないことでした。
 いとも簡単に母船へと入りこむことができたのですから。
 祖先たちは母船に入りこむと、次々にトール人を襲いました。
 首の頸動脈に伸びた犬歯を突き立て、血を吸い、己の遺伝子を体内に送りこんだのです。
 船内は、パニックに陥りました。
 それに乗じて、祖先たちが母船の搭乗口を開くと、他の生物から離れた細胞体の祖先たちまでもが、一斉に母船へと入りこんでいったのです。
 母船には、200人ほどのトール人が搭乗していました。
 祖先は、その200人すべての肉体を奪ったのです。
 私たちのこの姿は、そのトール人の肉体が原型となっているのです。
 その後、二度と宇宙船がやってくることはなく、祖先たちは、ドラクに文明を築いていきました。
 どうして、このような太古の記憶がとつぜん甦ったのか。
 私は考えました。
 そしてわかったのです。
 これは、祖先からの啓示なのだと。
 パラサイト・ソーマとして進化し、どのようにしていまの肉体を得たのかを、祖先の精霊が、窮地に追いこまれたこの私に思い出させてくれたのだと。
 それがどういう意味を成しているのか。
 そして、どうすべきなのか。
 私はそれを、すぐに理解したのです。
 あたかも、初めからその答えがわかっていたかのように。
 私は側近たちと元老院を集め、決定事項としてトール星へ向かうと告げました。
 これは、祖先の意志であると。
 彼らの顔には、動揺の色が浮かびましたが、反対する者はいませんでした。
 そのときの私には、それだけ鬼気迫るものがあったのでしょう。
 そして、祖先の意志であると言った私の言葉の意味を、彼らもまた理解したのです。
 そう、トール星に向かうのは、そのトール人の肉体を奪うためだったのです。
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