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チャプター【58】

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 ランドクルーザーを飛ばし、久坂の自宅に着いたのは、渋谷をあとにしてから30分ほどたったときだった。
 ガレージには、久坂の車が駐車してあった。
 蘭は、久坂の車のうしろにランドクルーザーを停めて降車した。

「菜々ァ!」

 そう叫びながら庭へ入っていく。
 すると、居間の窓ガラスが割れており、カーテンが風に揺れていた。
 何者かに割られたということが、すぐにわかった。
 蘭は、割れた窓ガラスから、居間に入った。
 窓ガラスが割られている以外、居間の中が荒らされている様子はない。

「菜々ァ!」

 蘭は、もう一度娘の名を呼び、2階へと上がっていった。
 菜々の部屋を開けて、中へ入る。
 だが、菜々の姿はない。
 蘭はベッドの下を覗き、クローゼットを開けてもみたが、菜々が身を潜めているということもなかった。
 隣の寝室にも、やはり菜々の姿はない。
 蘭は階下にもどり、そして今度はラボのある地下へと向かった。
 ラボの入り口のガラスも、居間と同様に割られていた。

「博士!」

 久坂を呼びながらラボへ入る。
 ラボの中はめちゃめちゃになっていた。
 機器類はすべて壊され、化学器具が床に散乱している。
 奥へ入っていくと、博士が倒れているのが眼に入った。

「博士!」

 蘭は、ラボの奥で倒れている、久坂を抱え起こした。

「蘭か……。菜々がやつらに、連れ去られてしまった……」
 
 久坂の額に、血が付着している頭部のどこかに傷を負い、それが流れてついたものらしい。
 蘭は、久坂の首の根を確認するように見た。
 そこに咬まれた傷痕はない。
 腹部にも眼をやったが、流血はしていないようだった。
 蘭はほっとし、久坂へと顔をもどした。

「すまない。菜々を護ることができなかった……」

 久坂は弱々しく腕を伸ばし、蘭の腕を摑んだ。

「いいんだ。博士が悪いわけじゃない。菜々は、すぐに捜し出す」

 蘭が言うと、久坂は着ている白衣のポケットから薄いカードのようなものを取り出した。
 それを蘭に差し出す。

「もしものときことを考えてしたことだが、菜々の誕生日に渡した左腕のリングには、GPSが取り付けてあるんだ。これで、菜々の居場所がわかる……」
「あのリングに?」
「そうだ……」

 蘭が受け取ったそれは、カード型のGPS受信機であった。
 ディスプレイ上には、地図が映し出されており、その中に黒い点が点滅している。
 その点滅が動いているのが見て取れた。
 それを確認すると、蘭は受信機をポケットに入れ、

「博士。傷の手当てをしないと」

 肩を貸して久坂を立たせ、簡易ベッドの上に散らばったものを払い除けた。
 そこへ久坂を横たわらせる。

「わたしのことはいい。それよりも、すぐに菜々を救出に行くんだ……」

 久坂が言う。

「しかし……」
「これくらいの傷、たいしたことはない。さあ、早く行くんだ」

 そう言われ、蘭はこくりとうなずくと、久坂に背を向けた。
 外へ出て、ランドクルーザーに乗りこむ。
 バックで車道へ出ると、

「菜々。いま助けにいくからね」

 蘭はそう呟き、アクセルを踏みこんだ。
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