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チャプター【59】

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 蘭が車を停車させたのは、六本木だった。
 もうすっかり陽は沈んで、街並みはネオンの光に包まている。
 蘭はランドクルーザーを降り、歩道に上がって足を止めた。
 目の前には、ホテルの入り口がある。

「ここか……」

 そのホテルを蘭は見上げた。
 高層ホテルであった。
 正面にもどすと、蘭はホテルの入り口へと歩を進めた。
 自動ドアを抜け、ロビーを真っ直ぐフロントへ行く。

「いらっしゃいませ」

 微笑を浮かべた女性が出向かえた。
 蘭の着罰な服装を見ても、フロントのその女性は表情を変えなかった。
 蘭はコートのポケットから何かを取り出し、女性に提示した。

「S・T・Mの者だ」

 蘭が提示したものは、S・T・Mのバッジであった。
 そのバッジを女性が確認すると、すぐにポケットにもどし、今度はカード・フォンを取り出した。
 ディスプレイにひとりの男の画像を出し、また女性に提示した。

「ここに、この男が部屋を取ってるはずだ」

 その画像は隠し撮りされたのか、画質はよくない。
 それでも、それが九鬼兼次であることがわかった。
 フロントの女性が、蘭の持つカード・フォンのディスプレイを覗きこむと、

「いえ、当ホテルにはチェックインなさっておりません。この方のお名前をお聞かせいただければ、確認してみますが」

 そう言った。

「名は、九鬼。九鬼兼次だ」

「わかりました。では確認させていただきます」

 横暴な言葉遣いの蘭に対し、フロントの女性は、あくまでも丁寧に対応した。
 女性はパソコンのディスプレイを見つめ、宿泊客を確認すると顔を上げ、

「やはり、九鬼様とおっしゃられるお客様はいらっしゃいません」

 言った。

「そんなはずはない。よく見てくれ。確かに、このホテルにいるはずなんだ」
「そう申されましても……」

 さすがにフロントの女性は、困ったという表情を浮かべた。

「わかった。ならば、自分で捜すまでだ。各部屋を、改めさせてもらう」

 蘭は踵を返すと、エレベーターに向かった。

「あ、困ります」

 フロントの女性の止める声も聞かず、蘭はエレベーターへ向かっていく。
 2基あるエレベーターのひとつの前まで来ると、その蘭を遮るように男が立ちはだかった。

「お客様、困ります」

 黒のスーツを着た、主任と思しき男だ。
 蘭の背後にはポーターがふたり立っている。

「私は、客じゃない。いいか、よく聞くんだ。このホテルには、アビスタントが潜伏している。私の邪魔をする暇があったら、客を速やかに非難させろ」

 男に、蘭は言った。

「アビスタント?」

 男は、小首を傾げ、

「おっしゃっていることがわかりませんね。とにかく、お客様でないのであれば、当ホテルから出ていただきたいのですが」

 蘭を見据えた。

「なに? アビスタントを知らないと言うのか」

 蘭は訝しむように眉根をよせた。

「はい。存じ上げません」
「そうか。なら、あんたにかまってはいられない。通らせてもらう」

 蘭は、男の横をすり抜けるようとした。
 それを制するように、

「困りますね」

 男が蘭の肩に手を置いた。

「この手をどけろ」

 蘭が男を睨む。

「どけなければ、どうします?」

 男は挑発的な眼で、蘭を見返した。

「あんた、怪我をしたいのか」
「それは、暴力という手段に出るということですか?」
「聞き分けのない子に、罰を与えるのは当然のことだ」

 蘭は、肩に置かれた男の手首を掴んだ。

「!――」

 男の腕を取り払おうとし、だが、その腕が動かなかった。
 蘭はある程度の力を加えている。
 並みの人間ならば、悲鳴を上げるほどの力だ。
 たとえ鍛え上げた人間であっても、眉をひそめるだろう。
 なのに男は、悲鳴を上げるどころか唇に笑みを浮かべていた。
 蘭は、男の腕の骨を砕くつもりで、さらに力を加えた。
 しかし、それでも、男は笑みを浮かべたままでいる。
 すると今度は、腕を掴んでいる蘭の腕を、男が掴んだ。

「くッ……」

 蘭のほうが思わず眉をひそめ、男の腕から手を放していた。
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