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Subとしての生活
10 Command
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とがみクリニックに通うようになって一年ほど経った。
週一回の診察が月数回にまで落ち着き、表面上は問題なく仕事ができている。
「おーじサマをここまで持ち直させるなんて、そのセンセイかなりシゴデキなんじゃない?」
小紅は隣のデスクで書類作成や電話対応をこなしながら、飽きもせず俺に話しかけてくる。
「職業倫理にひっかからないか、いつも疑問だけどな……」
「どゆこと?」
「それは言えない」
杜上によるCareが高カロリーなのは相変わらずだ。
「……あっ、ふーん?」
急に声を上げ、小紅がこっちを見る。
なんだその顔。まさかこいつ、もう何か察したのか。
「言いふらすなよ」
「そのままゴールするCare従事者とクライアントって多いから。界隈あるあるなんだよね」
「くっ……俺はそういうのじゃない」
「はいはい」
Playの内容に疑問は残る一方、小紅が言うように精神的な余裕は取り戻せてきたように思う。
「──財前、ちょっといいか?」
同僚に声をかけられて振り返る。
彼も古株のDomの一人で、よく成績争いをしていた。
この前、彼の抱えるプロジェクトでトラブルがあり、こちらの人脈でフォローできそうだったからヘルプに入った。そのときの礼を言いに来たようだった。
「やっぱりおまえには勝てないな。先日の件、力を借りれて《助かったよ、ありがとな》」
やけにベタ褒めされたうえ握手を求められ、俺はうわべだけの笑顔を引きつらせる。
Commandで褒められるのはまあいい。Dom社員のクセみたいなものだし。
「力になれてよかった」
「ああ。これからも助けてくれよ。頼りにしてる」
腹が立つのは、俺をわかりやすく手玉にとろうとしていることだ。
こうもあけすけなのは、下心がバレないと思っている。Subにそんな賢さはないと。
当初は俺の再転換を警戒して様子見していたDomたちも、その気配がないと判断したらしい。
このごろは誰が俺を配下にするか睨みあっている。
波風を立てて不利になるのは俺のほうだから、愛想笑いで握手を返した。
すると、力強く手を握られたまま話が進む。
「そういえば財前はA社の専務と知り合いだよな。うちの部下がアポとれなくて困ってるみたいで、《おまえから口添えしてくれないか》」
どうして俺がそんなことまで。そう思ったのに、口が勝手に動いていた。
「いいぞ。──ん?」
「そうか! 《おまえは良いやつだなぁ》」
「あ、あぁ」
訂正する隙もなくRewardで丸め込まれる。
不思議だ。明らかに強制力のあるCommandだったのに、自ら選択したような気持ちにさせられていた。
友人の頼みなら無償で応えることなどなにもおかしくはないとばかりに。
普段の俺なら、自分に利益のない頼みごとなど聞き入れない。
これがSランクDomの魔力なのだ。
「なら早速だけど、《電話してくれ》」
俺もDomだからわかる。魔法が解ける前に実行させるのは鉄板のテクニックだ。
そしてその場で褒めればついでに忠誠心も上げることができる。
これを繰り返されたら、俺は彼と大親友になったように錯覚するだろう。
無意識のうちに内ポケットの業務端末をつかんだとき、横からおもいっきり足のスネを蹴られた。
「……!? 痛ッッッ」
隣のデスクで聞き耳を立てていた小紅だった。
小紅は同僚を睨んでいる。
「そのくらいにしたら? いまは良くても、おーじサマがDomに戻ったとき敵に回したくないでしょ」
「……悪かったよ」
その通りだと思ったのか、同僚はすんなりと引き下がった。
彼が席に戻っていくのを見ながら小紅はフンと鼻を鳴らす。
冷ややかな目で俺のほうを向いた。
「チョロすぎ」
「頭ではわかっていたんだ。頭では……」
「あいつのCommandって遠慮ないよね。だからSubが一対一で喋るのは避けたほうがいい相手。知らなかったの?」
「社内のDom全員、俺より弱かったから」
「そういえばそうだった」
他人のCommandで脳を揺らされたことがなかったせいで、簡単に相手のペースに巻き込まれてしまう。
セーフワードがないぶん、気をつけてはいるのだが……。
「強いCommandに惑わされないためにはどうしたらいいんだ?」
「さっきも言った通り、使われないようにするしかないよ。特にこの会社は抑制剤で抑えてる本能も自制も貫通させてくるSランク揃いだし」
「じゃあ、使われたら終わりってことか? 従うかSub dropするかの二択?」
「キミが一番知ってるでしょ、おーじサマ」
ぐうの音も出ない。自分もやっていたことだ。
小紅は憎々しげに笑って、俺を見る。
「この会社のDomはご存知ないんだろうけど、本来Commandって大切な相手にしか使わない特別なものなんだよ。Domの特別を受け止められるから、SubはSubに生まれたことを誇りに思うし、Domは喜びを感じるんだ。──キミが前に恋愛映画をボロクソに言ってるのを聞いたとき、ほんとに可哀想な人なんだって思った。いつかわかるといいね」
日頃ほがらかとしている男に吐き捨てるように言われ、動揺してしまう。
「小紅……」
「あ、社内通達が来てるよ~」
パソコンに向き直した彼は、けろっとした顔で言った。
話の続きをしたくないようだ。
俺もパソコンと向き合い、メールボックスを開いた。
週一回の診察が月数回にまで落ち着き、表面上は問題なく仕事ができている。
「おーじサマをここまで持ち直させるなんて、そのセンセイかなりシゴデキなんじゃない?」
小紅は隣のデスクで書類作成や電話対応をこなしながら、飽きもせず俺に話しかけてくる。
「職業倫理にひっかからないか、いつも疑問だけどな……」
「どゆこと?」
「それは言えない」
杜上によるCareが高カロリーなのは相変わらずだ。
「……あっ、ふーん?」
急に声を上げ、小紅がこっちを見る。
なんだその顔。まさかこいつ、もう何か察したのか。
「言いふらすなよ」
「そのままゴールするCare従事者とクライアントって多いから。界隈あるあるなんだよね」
「くっ……俺はそういうのじゃない」
「はいはい」
Playの内容に疑問は残る一方、小紅が言うように精神的な余裕は取り戻せてきたように思う。
「──財前、ちょっといいか?」
同僚に声をかけられて振り返る。
彼も古株のDomの一人で、よく成績争いをしていた。
この前、彼の抱えるプロジェクトでトラブルがあり、こちらの人脈でフォローできそうだったからヘルプに入った。そのときの礼を言いに来たようだった。
「やっぱりおまえには勝てないな。先日の件、力を借りれて《助かったよ、ありがとな》」
やけにベタ褒めされたうえ握手を求められ、俺はうわべだけの笑顔を引きつらせる。
Commandで褒められるのはまあいい。Dom社員のクセみたいなものだし。
「力になれてよかった」
「ああ。これからも助けてくれよ。頼りにしてる」
腹が立つのは、俺をわかりやすく手玉にとろうとしていることだ。
こうもあけすけなのは、下心がバレないと思っている。Subにそんな賢さはないと。
当初は俺の再転換を警戒して様子見していたDomたちも、その気配がないと判断したらしい。
このごろは誰が俺を配下にするか睨みあっている。
波風を立てて不利になるのは俺のほうだから、愛想笑いで握手を返した。
すると、力強く手を握られたまま話が進む。
「そういえば財前はA社の専務と知り合いだよな。うちの部下がアポとれなくて困ってるみたいで、《おまえから口添えしてくれないか》」
どうして俺がそんなことまで。そう思ったのに、口が勝手に動いていた。
「いいぞ。──ん?」
「そうか! 《おまえは良いやつだなぁ》」
「あ、あぁ」
訂正する隙もなくRewardで丸め込まれる。
不思議だ。明らかに強制力のあるCommandだったのに、自ら選択したような気持ちにさせられていた。
友人の頼みなら無償で応えることなどなにもおかしくはないとばかりに。
普段の俺なら、自分に利益のない頼みごとなど聞き入れない。
これがSランクDomの魔力なのだ。
「なら早速だけど、《電話してくれ》」
俺もDomだからわかる。魔法が解ける前に実行させるのは鉄板のテクニックだ。
そしてその場で褒めればついでに忠誠心も上げることができる。
これを繰り返されたら、俺は彼と大親友になったように錯覚するだろう。
無意識のうちに内ポケットの業務端末をつかんだとき、横からおもいっきり足のスネを蹴られた。
「……!? 痛ッッッ」
隣のデスクで聞き耳を立てていた小紅だった。
小紅は同僚を睨んでいる。
「そのくらいにしたら? いまは良くても、おーじサマがDomに戻ったとき敵に回したくないでしょ」
「……悪かったよ」
その通りだと思ったのか、同僚はすんなりと引き下がった。
彼が席に戻っていくのを見ながら小紅はフンと鼻を鳴らす。
冷ややかな目で俺のほうを向いた。
「チョロすぎ」
「頭ではわかっていたんだ。頭では……」
「あいつのCommandって遠慮ないよね。だからSubが一対一で喋るのは避けたほうがいい相手。知らなかったの?」
「社内のDom全員、俺より弱かったから」
「そういえばそうだった」
他人のCommandで脳を揺らされたことがなかったせいで、簡単に相手のペースに巻き込まれてしまう。
セーフワードがないぶん、気をつけてはいるのだが……。
「強いCommandに惑わされないためにはどうしたらいいんだ?」
「さっきも言った通り、使われないようにするしかないよ。特にこの会社は抑制剤で抑えてる本能も自制も貫通させてくるSランク揃いだし」
「じゃあ、使われたら終わりってことか? 従うかSub dropするかの二択?」
「キミが一番知ってるでしょ、おーじサマ」
ぐうの音も出ない。自分もやっていたことだ。
小紅は憎々しげに笑って、俺を見る。
「この会社のDomはご存知ないんだろうけど、本来Commandって大切な相手にしか使わない特別なものなんだよ。Domの特別を受け止められるから、SubはSubに生まれたことを誇りに思うし、Domは喜びを感じるんだ。──キミが前に恋愛映画をボロクソに言ってるのを聞いたとき、ほんとに可哀想な人なんだって思った。いつかわかるといいね」
日頃ほがらかとしている男に吐き捨てるように言われ、動揺してしまう。
「小紅……」
「あ、社内通達が来てるよ~」
パソコンに向き直した彼は、けろっとした顔で言った。
話の続きをしたくないようだ。
俺もパソコンと向き合い、メールボックスを開いた。
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