【完結】Switchなんて聞いてない──氷のエリート様が年下の溺愛Domに溶かされるまで──

牛丸 ちよ

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Subとしての生活

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 小紅の言う通り、新着通知が来ている。

 プロヴィデーレ社では毎年《レビュー》という社員評価が走る。
 SからDまでの五段階相対評価で、ボーナスや昇進期待値と直結だ。
 もちろん俺は最高評価以外の判を押されたことがない。

 Subに転換したばかりのころは休みがちだったが、直後のレビューに影響はなかった。その信頼に応えるべくこの一年もきちんと働いた。
 鷹政に持っていかれた手柄のぶんも、新たに取引を開拓してそれ以上の実績をあげてやった。
 第二性が狂おうとも俺の優秀さは変わらない。通達を開かずとも結果は目に見えている。

「あーあ、また底辺組か」

 デスクに突っ伏しながら、隣の小紅がため息をついた。どうやら評価が良くなかったらしい。
 「また」ということは毎年のことなのか。
 俺としては、小紅はそれほど無能と思わないのだが、会社に対する手柄のアプローチが下手なのだろうか。

「残念がるくらいなら、なぜ評価されるまで努力しない?」

 なんの気なしにたずねると、小紅はジトっとした目でこちらを見た。

「……じゃあ聞くけど、なんでおーじサマはSubのくせにSubらしく生きる努力をしないわけ? 快適に暮らしたいと思わないの?」

 急なことを言われてぽかんと口を開けてしまう。しばしの思考のあと、答えた。

「そ……れは望んでいないからだ」

「だったらなんで、Domに戻らないの? Switchすればいいじゃん」

「できるならとうにやって……、もういい」

「ふんっ、Glareがないおーじサマなんて怖くないもんね」

 小紅は顔の向きを戻すと、ひきだしから紙パックのりんごジュースを取り出して飲み始めた。
 それは彼が不機嫌になったときにやるしぐさだ。
 だから俺は、デスク横のゴミ箱が空の紙パックだらけの日は話しかけない。

(なんで急に機嫌を損ねたんだ……)

 小紅はそういうことが多い。急にヘソを曲げる。

 会話を諦めて、自分のパソコンと向き合い直した。
 結果はわかりきっているが、一応確認しておくかと通達を開封する。

「ん?」

 見間違いだと思った。もう一度画面を見る。
 簡単な案内文と、社員番号とフルネーム、そして評価──毎年同じ内容だったそれが、今回は違う。


『 財前 大慈 評価:B 』


「そんな馬鹿な!」

 思わず声を上げてしまい、周囲の視線が集まる。
 慌てて咳払いをして何事もなかったかのようにふるまうと、視線は散っていった。

 ……ありえない。二段階も評価が落ちるなんて。
 業績も上げたし、大きなトラブルもなかった。
 仕事ぶりに問題は無かったはずだ。そうなる理由なんて……。

「──俺が……Subだから?」

 ずずっ。
 ストローをすする音が聞こえて顔を向けると、小紅が俺のパソコンを覗き込んでいた。

 彼はなにか言いたげな表情をしていたが、ストローを咥えたまま顔をそむける。
 独り言も聞こえただろうに、いつものように口を挟んでこない。「思い通りにならないのを第二性のせいにするんだ。へー」とかなんとか言ってきそうなものなのに。

「慣れるよ」

 よりにもよって、彼が俺にかけた言葉はたったそれだけだった。

 オフィスの反対側からワアッと笑い声が響いた。
 仲の良いDomグループが盛り上がっている。
 どうやら、鷹政が初めて最高評価をもらい、取り巻きがおだてているようだった。
 鷹政を囲んで賑やかにしている面々の中には、頼んでもないのに俺に擦り寄っていた者もいた。

 俺はパソコンの画面を閉じる。
 ショックを受けている場合ではない。ただ腹が立っていた。

「小紅、俺は泣き寝入りなんかしないぞ」

「え、ちょっ」

 隣にそう言い残して席を立ち、上司のいる個室オフィスへ早足で向かった。

 ノックも早々に入室する。
 デスクで書類と向き合っていた上司はペンを置いてこちらを見た。
 どういう用事か察しているようで、肩をいからせる俺に面倒そうな顔をした。

「財前ならわかってくれると思ったんだがね」

「わかりません」

「優秀な人間全員に高い評価をつけるわけにはいかないだろう。誰かが譲ってやる必要がある。SubにはSubの得意分野があるのだから、レビューにおいては……」

「Domを優先すべきだと?」

「いままでなにか言ってくる人なんかいなかったよ。変に自分が担がれるよりも、Domに上に立っていてもらうほうがSubはやりやすいんだろう。少々特殊な立場にあるキミには違和感があるかもしれないが……」

「それは」

「まあ、話は覚えておくから。来年は考慮するよ」

 そう言って上司は業務端末のスマホを胸ポケットから出すと、別件の仕事の電話を始めた。この話は終わり、部屋から出ていけと言わんばかりだ。

 納得できるわけがない。
 部屋に入ったときよりもはらわたが煮え繰り返っていて、声を荒げてしまいそうだった。

 なるべく冷静に、しかして負けじと食ってかかろうとしたとき、部屋に小紅が飛び込んできた。

「ああ~! おーじサマったらここにいたんだ~! アポがあるでしょ、出発の時間だよ!」

「おい!?」

 このタイミング、聞き耳を立てていたな?
 開け放った扉に向かってぐいぐいと背中を押される。

「ほら行くよ! お邪魔しましたー!」

 廊下に連れ出され、鞄を持たされた。
 他社訪問の予定があるのは事実で、すぐに出発できるよう荷物の準備もしてくれていたらしい。

 エレベーターを降り、一階ロビーのセキュリティゲートを通りながら話す。

「昔のキミなら《戦えば勝てた》んだろうけど、現実見なよ。心象まで落としたらどうしようもなくなっちゃう。SubにはSubの戦い方しかないんだよ」

「しかし……」

「しかしもおかしもないよ!」



 モヤモヤしたまま大通りに出た。
 タクシーを拾うためだ。

 蟻のようにせわしなく人や車が通りを行き来するのを眺めていると、横断歩道の向こう側に見覚えのある人間が見えた。

「あ」

 杜上だ。
 昼休憩で近くのコンビニにでも向かおうとしているのか、信号待ちをしている。

 俺の視線が一点を見つめていることに気付いた小紅が、ぴたりと横に立って同じものを見ようと背伸びする。

「あの美人なおにーさん? 知り合い?」

 横断歩道の信号が青に変わる。そのとき、杜上もこちらに気付いたようだった。
 俺は反射的に顔を逸らし、待機中の空車タクシーに向かって歩いた。

「行くぞ」

 小紅はきょとんとしながらも後ろについてくる。



 目的のオフィスビルに到着し、フロントに挨拶をした。
 案内された会議室に入ると、以前からやりとりしている役員が待ち構えていた。
 和やかな雑談からスムーズに商談へ入る。

 この取引先は一般的な感性の企業で、自分や相手の第二性に踏み込んだりしない。
 我がプロヴィデーレ社の感覚でいくと、Subにとってはやりやすく、Domにとってはやりにくい。
 良くも悪くも無難に話が進んだところで、小紅の業務端末が緊急の着信を鳴らした。

「っと、すみません」

 申し訳なさそうに小紅が席を外せば、部屋には俺と相手の男だけになる。
 男はパートナー不在で話を進めるのも不躾だと気を遣ったのか、当たり障りのない雑談を始めた。

「財前さん、なんだか以前と雰囲気が変わりましたね」

「そうですか?」

「誤解を恐れずに言うなら、丸くなったなぁと」

 ハハハと笑い合う。
 プロヴィデーレ仕込みのDomはCommandの使い方が巧みだ。この相手は俺がいつもより柔らかく喋っているように感じたのだろう。ただCommandを使っていないだけなのだが。

 ふと思う。
 この男には、昔から現在に至るまで俺のことがDomでもSubでもないNeutralに見えているのだろうか。

「財前さん」

「はい?」

 かしこまって名を呼ばれ、何事かと思う。
 男は妙に緊張した顔でこちらを見ていた。

「私、あなたを自分と同じDomだと思っていたんですが、その、気付いてしまって……ますます感心しました。Subなのにそんなに仕事熱心なんて」

「っ、」

「さっき、美味しいイタリアンの話をしたじゃないですか。良かったら今度、二人で──」

 妙に熱っぽい視線を向けられていて理解が追い付かない。

 Domによっては本能的にSubを嗅ぎ分ける。それにSubは群れるから、Subらしさにあふれる小紅を連れているのが決定打だったのだろうか。
 だからといって、Subとわかった途端に口説くのはどういうことなんだ?

 いつのまにか相手が喋り終えていて、不自然な沈黙が生まれていた。
 ハッとして、にこりと微笑みかける。

「ありがとうございます。またそのうち」

 ちょうど小紅が戻ってきて早々に仕事の話を終わらせた。

 さわやかに別れの挨拶も済ませて会議室を出る。
 貼り付けた笑顔の下を確認するのが自分でも恐ろしく、先方の会社を出るまでそのままの表情でいた。
 周囲からは機嫌の良い人に見えることだろう。

「おーじサマも板についてきたね」

「なんのことだ」

 タクシーまでの道を歩きながら、小紅は呟く。

「ぼくサマと笑い方一緒」
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