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Subとしての生活
13 Holic【2】
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座席はほとんど埋まっていた。
緊張感のあるBGMから始まったそれは、日常に退屈した凡人がいかにも好きそうなアクション映画だった。
観終わって劇場を出ると、道を歩きながら杜上は感想を熱く語った。いつになくアツい。
「終盤の怒涛の展開、ハッピーエンドだとわかっていてもハラハラしてしまいました。主人公の機転が格好良くて──」
「本当に映画が好きで観に来たんだな」
楽しそうだと素直に思っただけなのだが、杜上は「しまった」という顔でシュンと小さくなった。
「すみません。大慈さんも楽しめるように選んだつもりだったんですが、自分ばっかり楽しんで……」
「いやいい。おまえのおかげで映画の味もわかった」
映画の内容は理解できる。
ただ、その先に何を感じ取れば良いのかわからなかった。
杜上の話を聞いてやっとわかったような気になれる。
俺が機嫌を損ねていないことに安心したのか、杜上はへらりと表情を緩めて荷物になったポップコーンの袋を揺らす。
「誰かと一緒に映画を観るなんて久々で……ひとりで観るのとも一味違って、楽しいですね」
そういうものなのか?
「……そうだな」
話を腰を折るのは違う気がして、俺は中身もなく同意の言葉を紡ぐのだった。
杜上の横顔を眺める。こんなことでこうも幸せそうな顔ができるなんて、おめでたいヤツだな。
「……杜上、まさか休日を遊ぶつもりで俺を呼んだのか?」
「えっ、違うんですか」
なぜ意外そうな顔をする。
友達じゃないだろ俺たちは。
「診療室に行きますか?」
「いらん」
「あ、あっちの広場、ライトアップされてますよ。映えですね~。ちょっと寄りましょう」
「子供じゃあるまいし」
先に行ってしまった彼を追う。
秋も終わりに近づき、日が暮れるのが早くなった。
そう遅くない時間だが空はすっかり暗く、地上はネオンで眩しい。
街中の憩いの場はベンチから街路樹まで電極で飾り付けられ、イマドキのネオンライトオブジェが並んでいる。
「──杜上?」
一瞬目を離した隙に見失った。と思ったら、見知らぬ若いカップルに声をかけられて写真係をやらされていた。「もう一枚撮りましょうか。違うアングルがいいですよね?」などと言ってカップルと盛り上がっている。
「おい」
近づいて杜上に声をかけた。
すると、被写体の女が「ヒッ」と口を抑えて俺の顔を凝視する。なんだ、失礼だな。
女の顔が赤くなるほど、隣の男の顔が青くなって複雑そうな顔をしていた。
カップルにスマホを返しながら、杜上は笑う。
「よかれと思ったんですが。大慈さんも罪な人ですねぇ」
「どういう意味だ?」
さ、行きましょう。そう背中を押されて人気の少ない方へ連れていかれる。
小休憩としてベンチへ横並びで座り、賑やかな広場を眺めた。
「こんなフォトスポットがあるなんて知りませんでした」
「そうか」
「わかりやすく興味なさそうですね」
「ないからな」
「あっはっは。でも付き合ってくれるんだから、あなたは優しいですよ」
そんな言葉は皮肉でしか言われたことがない。面白い冗談に聞こえる。
「いま帰ってもやることがないんだ。業務端末を小紅に持っていかれて、ただの半休なのに取引先に休暇メールまで勝手に送られた」
休暇メールというのは『休みなのでいついつまで連絡とれません。代わりに誰々に連絡してください』というお知らせだ。これを送った手間、俺の名前で電話やメールをすることができない。
「あなたの話に出てくる小紅さんという方、頼もしいですね」
「先の利益を考えて動く男だ。借りを作りすぎたくないんだがな」
賑やかな話し声が近づいてきた。
見ると、動画撮影中らしい若者グループが向こうから歩いてくる。
「あっちに行きましょうか」
カメラに映らない方へ歩き、広場を出ようとしたとき声をかけられた。
杜上が写真を撮ってやったカップルだ。
「あのっ、すみません、あんまりにもヤバかったんで撮っちゃいました。データ送らせてください」
ヤバかった、ってどういう意味だ。
女がスマホの画面を見せてきた。そこにはベンチに座る俺と杜上が映っている。動画じゃないか。
ベンチの後ろの壁でプロジェクションマッピングが動いていて、確かに映える。だが盗撮とは良い度胸だな。
俺が文句を言おうとしたのを察した杜上が「まあまあ」と間に入る。
「ベンチに座るとこんな風に演出されるなんて、撮ってもらわなきゃ気付かなかったですよ。──こうやって思い出を残せるのは現代の良いところですよね。せっかくですからデータもらいましょうよ」
ね、大慈さん。そう人懐っこく微笑まれると毒気を抜かれてしまう。
好きにしろとそっぽを向く。
データを受け取った杜上は俺に「あとで共有しますね」と言い、カップルへは「SNSにアップしないでくださいね」と釘を刺していた。
広場を出て道を歩く。
「さっきの人たち、僕たちが光の中にいるのがドラマのワンシーンみたいって褒めてましたよ」
「他人を撮ってなにが楽しいんだか」
「あなたはもう少し自分のビジュぢからを自覚したほうがいいと思いますけどねえ」
「ビジュぢからってなんだ」
「ビジュぢからはビジュぢからですよ」
なにを言ってるんだこいつは。
……そういえば、俺たちはどこに向かっているんだ?
なんとなく杜上について歩いていたが、目的地を何も聞いていない。
「あ、ここですよ、大慈さん」
しばらく歩いていると、答え合わせのタイミングがやってきた。どこだ。そこか。
──彼が歩いていく先にあるのは、俺でも知っている人気のレストランだった。
ポップコーン持って入るところじゃないぞ。そもそも予約してあるのか、おい。
緊張感のあるBGMから始まったそれは、日常に退屈した凡人がいかにも好きそうなアクション映画だった。
観終わって劇場を出ると、道を歩きながら杜上は感想を熱く語った。いつになくアツい。
「終盤の怒涛の展開、ハッピーエンドだとわかっていてもハラハラしてしまいました。主人公の機転が格好良くて──」
「本当に映画が好きで観に来たんだな」
楽しそうだと素直に思っただけなのだが、杜上は「しまった」という顔でシュンと小さくなった。
「すみません。大慈さんも楽しめるように選んだつもりだったんですが、自分ばっかり楽しんで……」
「いやいい。おまえのおかげで映画の味もわかった」
映画の内容は理解できる。
ただ、その先に何を感じ取れば良いのかわからなかった。
杜上の話を聞いてやっとわかったような気になれる。
俺が機嫌を損ねていないことに安心したのか、杜上はへらりと表情を緩めて荷物になったポップコーンの袋を揺らす。
「誰かと一緒に映画を観るなんて久々で……ひとりで観るのとも一味違って、楽しいですね」
そういうものなのか?
「……そうだな」
話を腰を折るのは違う気がして、俺は中身もなく同意の言葉を紡ぐのだった。
杜上の横顔を眺める。こんなことでこうも幸せそうな顔ができるなんて、おめでたいヤツだな。
「……杜上、まさか休日を遊ぶつもりで俺を呼んだのか?」
「えっ、違うんですか」
なぜ意外そうな顔をする。
友達じゃないだろ俺たちは。
「診療室に行きますか?」
「いらん」
「あ、あっちの広場、ライトアップされてますよ。映えですね~。ちょっと寄りましょう」
「子供じゃあるまいし」
先に行ってしまった彼を追う。
秋も終わりに近づき、日が暮れるのが早くなった。
そう遅くない時間だが空はすっかり暗く、地上はネオンで眩しい。
街中の憩いの場はベンチから街路樹まで電極で飾り付けられ、イマドキのネオンライトオブジェが並んでいる。
「──杜上?」
一瞬目を離した隙に見失った。と思ったら、見知らぬ若いカップルに声をかけられて写真係をやらされていた。「もう一枚撮りましょうか。違うアングルがいいですよね?」などと言ってカップルと盛り上がっている。
「おい」
近づいて杜上に声をかけた。
すると、被写体の女が「ヒッ」と口を抑えて俺の顔を凝視する。なんだ、失礼だな。
女の顔が赤くなるほど、隣の男の顔が青くなって複雑そうな顔をしていた。
カップルにスマホを返しながら、杜上は笑う。
「よかれと思ったんですが。大慈さんも罪な人ですねぇ」
「どういう意味だ?」
さ、行きましょう。そう背中を押されて人気の少ない方へ連れていかれる。
小休憩としてベンチへ横並びで座り、賑やかな広場を眺めた。
「こんなフォトスポットがあるなんて知りませんでした」
「そうか」
「わかりやすく興味なさそうですね」
「ないからな」
「あっはっは。でも付き合ってくれるんだから、あなたは優しいですよ」
そんな言葉は皮肉でしか言われたことがない。面白い冗談に聞こえる。
「いま帰ってもやることがないんだ。業務端末を小紅に持っていかれて、ただの半休なのに取引先に休暇メールまで勝手に送られた」
休暇メールというのは『休みなのでいついつまで連絡とれません。代わりに誰々に連絡してください』というお知らせだ。これを送った手間、俺の名前で電話やメールをすることができない。
「あなたの話に出てくる小紅さんという方、頼もしいですね」
「先の利益を考えて動く男だ。借りを作りすぎたくないんだがな」
賑やかな話し声が近づいてきた。
見ると、動画撮影中らしい若者グループが向こうから歩いてくる。
「あっちに行きましょうか」
カメラに映らない方へ歩き、広場を出ようとしたとき声をかけられた。
杜上が写真を撮ってやったカップルだ。
「あのっ、すみません、あんまりにもヤバかったんで撮っちゃいました。データ送らせてください」
ヤバかった、ってどういう意味だ。
女がスマホの画面を見せてきた。そこにはベンチに座る俺と杜上が映っている。動画じゃないか。
ベンチの後ろの壁でプロジェクションマッピングが動いていて、確かに映える。だが盗撮とは良い度胸だな。
俺が文句を言おうとしたのを察した杜上が「まあまあ」と間に入る。
「ベンチに座るとこんな風に演出されるなんて、撮ってもらわなきゃ気付かなかったですよ。──こうやって思い出を残せるのは現代の良いところですよね。せっかくですからデータもらいましょうよ」
ね、大慈さん。そう人懐っこく微笑まれると毒気を抜かれてしまう。
好きにしろとそっぽを向く。
データを受け取った杜上は俺に「あとで共有しますね」と言い、カップルへは「SNSにアップしないでくださいね」と釘を刺していた。
広場を出て道を歩く。
「さっきの人たち、僕たちが光の中にいるのがドラマのワンシーンみたいって褒めてましたよ」
「他人を撮ってなにが楽しいんだか」
「あなたはもう少し自分のビジュぢからを自覚したほうがいいと思いますけどねえ」
「ビジュぢからってなんだ」
「ビジュぢからはビジュぢからですよ」
なにを言ってるんだこいつは。
……そういえば、俺たちはどこに向かっているんだ?
なんとなく杜上について歩いていたが、目的地を何も聞いていない。
「あ、ここですよ、大慈さん」
しばらく歩いていると、答え合わせのタイミングがやってきた。どこだ。そこか。
──彼が歩いていく先にあるのは、俺でも知っている人気のレストランだった。
ポップコーン持って入るところじゃないぞ。そもそも予約してあるのか、おい。
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