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新しい生活
34 Rendezvous
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メッセージに返信すると、日時と場所を指定された。
指定日の夜、地図に従ってたどり着いたのはビル地下の小さなバーだった。ベルが揺れるドアを開け、薄暗い店内に入る。
マスターと目が合い、目配せされたカウンター席に座った。
約束の相手はちょうどすぐ後にやってきて、慌ただしく俺の隣に着く。
「連絡返してくれてありがと。嬉しいよ、大慈くん」
「波七、おまえはもう少し常識を持ったほうがいい」
挨拶もそこそこに封筒を渡す。そこには金が入っていた。
メッセージでやりとりしていた相手は波七だった。彼は初回の挨拶ぶりに連絡をよこしたかと思えば、その内容は金の無心だったのだ。
金を受け取った波七は、代わりとして輪ゴムで留められた錠剤シートの束を俺に渡す。それはSubの抑制剤だ。
Subとして受診できる彼ならそれを手に入れられるため、良くないこととわかっているが交渉を持ちかけたのである。
「小紅には言うなよ」
薬をカバンにしまいながら、メッセージでも伝えた注意事項を念押しする。
波七は金を手に入れてほくほくした顔のまま、雑な返事をした。
「はーい。──何飲んでるの、それ」
「ウーロン茶」
「じゃあ俺も同じやつにする」
「いいのか?」
「相手に染まるのが俺だから。はーと」
指でハートを作り、ウインクしていた。
いちいち仕草が大袈裟な男だ。舞台俳優にでもなれば良かったんじゃないか。
「金持ちの友達なぞたくさんいるだろう。わざわざ俺に無心して何に使うんだ」
「パチスロ。みんな俺がろくなことに金使わないの知ってるから、なんでも買ってはくれるけど、現金は渡してくれないんだよね」
「なんというか……そういう生活もあるんだな……」
琥珀色の液体と氷で満たされたグラスに口をつける。
必要なものを受け取ったためこのまま帰っても良かったが、Switchであり第二性に詳しい波七にいくつか質問したいこともあった。
「知っていれば教えて欲しいんだが」
「なになに?」
波七は身体をこちらに向けて、全身で俺の話を聞く姿勢を作っている。この時間が楽しくてたまらないとばかりの人懐っこい笑顔と、真っ直ぐな視線。彼が人に好かれる理由がよくわかる。
「SwitchがSubのときに受け取ったCollarは、Domの状態を挟むとどうなる?」
よこしまな考えだが、Mind付きのアレがあればもう少し心強いと思ってしまう。
「そりゃあリセットされてるよ」
「そうか……」
俺自身が身体に名残を感じていないため、そんな気はしていた。
がっかりしている俺の横で、波七は首をかしげる。
「え、てか、Collarもらうくらいの関係だったの?」
「利害の一致でそうなっただけで、大したことではない」
「ほぉ~ん……。キミさ、Collarのこと文通のお手紙についてきた押し花くらいにしか思ってないでしょ」
その例えはわかるようなわからないような。
多少なりとも特別な贈り物という意味なら、そうだろう。DomとSubの間で主従関係が生まれる付加価値付きの。……そうじゃないのか?
「タイタニックも沈める氷山みたいな大慈くんにCollarかけちゃうような物好きってさ、どんな人なの?」
「人間」
「範囲広。もう少し絞って」
「男」
「性格の部分で表現して」
「……ほんわかしている。変わったヤツだ」
「へー。優しいの?」
「まあ……そうだな。甘やかすのが好きなのか知らないが、いい迷惑だ」
「あ~わかるなあ。赤ちゃん扱いされてるみたいでムッてなるときあるよね」
「うむ。俺のほうが年上なのに、あいつときたらなんでもかんでも……」
「一緒にいると楽しい?」
「……あいつは楽しそうだ。いつもいつも、幸せそうでおめでたい」
千裕には何でもないものごとを丁寧に楽しむ才能がある。俺には無いものだ。
「そうなんだー。大慈くんから見たその人は、いつも楽しそうだし、幸せそうなんだねえ」
「おい、こんな話のなにがおもしろい?」
「え~?」
やけにじっと見つめられている。そのニヤニヤとした笑みも気色悪いな。
「何を考えている?」
「エッチなこと」
「帰る」
席を立とうとして腕をつかまれた。
「他人のCommandが怖いんでしょ。だったら、抑制剤より俺に頼ったほうが早いんじゃない?」
それはそうだ。《Switch》のCommandが使える彼なら根本的な解決ができる。
「だがな、一朝一夕でおまえを信頼できる気がしない」
はっきり言って、常識がなくだらしない男は人間に見えない。波七の印象を語るなら、「人の言葉を喋るので動物にしては賢い」だ。
「なはは。前言わなかったけど、《Switch》を強制するコツでキメセクっていう裏技があるよ」
「キメセク?」
「クスリをキメて頭ぱーぱーセックス」
「波七、俺が愚かだった。縁を切ろう」
「冗談冗談! さすがに俺も使ったことはないから」
「使ったこと“は”」
「この話もうやめとこ! な!」
だからまた連絡ちょうだいね──そうすり寄ってくる身体を押し除けた。
指定日の夜、地図に従ってたどり着いたのはビル地下の小さなバーだった。ベルが揺れるドアを開け、薄暗い店内に入る。
マスターと目が合い、目配せされたカウンター席に座った。
約束の相手はちょうどすぐ後にやってきて、慌ただしく俺の隣に着く。
「連絡返してくれてありがと。嬉しいよ、大慈くん」
「波七、おまえはもう少し常識を持ったほうがいい」
挨拶もそこそこに封筒を渡す。そこには金が入っていた。
メッセージでやりとりしていた相手は波七だった。彼は初回の挨拶ぶりに連絡をよこしたかと思えば、その内容は金の無心だったのだ。
金を受け取った波七は、代わりとして輪ゴムで留められた錠剤シートの束を俺に渡す。それはSubの抑制剤だ。
Subとして受診できる彼ならそれを手に入れられるため、良くないこととわかっているが交渉を持ちかけたのである。
「小紅には言うなよ」
薬をカバンにしまいながら、メッセージでも伝えた注意事項を念押しする。
波七は金を手に入れてほくほくした顔のまま、雑な返事をした。
「はーい。──何飲んでるの、それ」
「ウーロン茶」
「じゃあ俺も同じやつにする」
「いいのか?」
「相手に染まるのが俺だから。はーと」
指でハートを作り、ウインクしていた。
いちいち仕草が大袈裟な男だ。舞台俳優にでもなれば良かったんじゃないか。
「金持ちの友達なぞたくさんいるだろう。わざわざ俺に無心して何に使うんだ」
「パチスロ。みんな俺がろくなことに金使わないの知ってるから、なんでも買ってはくれるけど、現金は渡してくれないんだよね」
「なんというか……そういう生活もあるんだな……」
琥珀色の液体と氷で満たされたグラスに口をつける。
必要なものを受け取ったためこのまま帰っても良かったが、Switchであり第二性に詳しい波七にいくつか質問したいこともあった。
「知っていれば教えて欲しいんだが」
「なになに?」
波七は身体をこちらに向けて、全身で俺の話を聞く姿勢を作っている。この時間が楽しくてたまらないとばかりの人懐っこい笑顔と、真っ直ぐな視線。彼が人に好かれる理由がよくわかる。
「SwitchがSubのときに受け取ったCollarは、Domの状態を挟むとどうなる?」
よこしまな考えだが、Mind付きのアレがあればもう少し心強いと思ってしまう。
「そりゃあリセットされてるよ」
「そうか……」
俺自身が身体に名残を感じていないため、そんな気はしていた。
がっかりしている俺の横で、波七は首をかしげる。
「え、てか、Collarもらうくらいの関係だったの?」
「利害の一致でそうなっただけで、大したことではない」
「ほぉ~ん……。キミさ、Collarのこと文通のお手紙についてきた押し花くらいにしか思ってないでしょ」
その例えはわかるようなわからないような。
多少なりとも特別な贈り物という意味なら、そうだろう。DomとSubの間で主従関係が生まれる付加価値付きの。……そうじゃないのか?
「タイタニックも沈める氷山みたいな大慈くんにCollarかけちゃうような物好きってさ、どんな人なの?」
「人間」
「範囲広。もう少し絞って」
「男」
「性格の部分で表現して」
「……ほんわかしている。変わったヤツだ」
「へー。優しいの?」
「まあ……そうだな。甘やかすのが好きなのか知らないが、いい迷惑だ」
「あ~わかるなあ。赤ちゃん扱いされてるみたいでムッてなるときあるよね」
「うむ。俺のほうが年上なのに、あいつときたらなんでもかんでも……」
「一緒にいると楽しい?」
「……あいつは楽しそうだ。いつもいつも、幸せそうでおめでたい」
千裕には何でもないものごとを丁寧に楽しむ才能がある。俺には無いものだ。
「そうなんだー。大慈くんから見たその人は、いつも楽しそうだし、幸せそうなんだねえ」
「おい、こんな話のなにがおもしろい?」
「え~?」
やけにじっと見つめられている。そのニヤニヤとした笑みも気色悪いな。
「何を考えている?」
「エッチなこと」
「帰る」
席を立とうとして腕をつかまれた。
「他人のCommandが怖いんでしょ。だったら、抑制剤より俺に頼ったほうが早いんじゃない?」
それはそうだ。《Switch》のCommandが使える彼なら根本的な解決ができる。
「だがな、一朝一夕でおまえを信頼できる気がしない」
はっきり言って、常識がなくだらしない男は人間に見えない。波七の印象を語るなら、「人の言葉を喋るので動物にしては賢い」だ。
「なはは。前言わなかったけど、《Switch》を強制するコツでキメセクっていう裏技があるよ」
「キメセク?」
「クスリをキメて頭ぱーぱーセックス」
「波七、俺が愚かだった。縁を切ろう」
「冗談冗談! さすがに俺も使ったことはないから」
「使ったこと“は”」
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だからまた連絡ちょうだいね──そうすり寄ってくる身体を押し除けた。
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