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財前大慈の生活
54 Collar【1】
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千裕の家に私物が増え、同棲が形になってきたころ、いくつかのプロジェクトが落ち着いた。
忙しいことには変わりないが、時間の調整がしやすくなった。
今日は、いつぶりかも思い出せない丸一日の休日だ。
朝から千裕に声をかけられ、外にいる。
予定のない休日の過ごし方など知らないため、いつもの時間に目覚めたきりフリーズしていたからありがたい。
彼はいつかのやりとりを覚えていたらしい。インテリアショップを訪れ、でかいベッドを吟味している。
サイズやデザインや質。ああだこうだと相談されるが俺にはてんでわからない。実際に寝転ぶこともできたが……同じだろ、どれも。
使うのはおまえなんだから好きにしたらいいと見守りつつ、でもどうせ俺も寝ることになるんだよなと、彼が配送先の住所を記入している間に自分のカードをきった。
支払いが済んでいることに気付いた千裕はワーワー言っていたが、日頃の礼だからと受け流す。
店員はこういうのに慣れているのか、終始にこにこしていた。
そのあと映画館に寄って話題作のチケットを買い、上映時間まで軽食で時間を潰した。
なお、ポップコーンとチュロスの小紅知識はデタラメで、食べたいものを食べれば良いと明かされて俺は愕然とした。ホットドッグを買った。
話題の映画はコメディチックなスパイ映画で、後から千裕に解説されてかろうじてユーモアを理解する。
それから、商業施設で日用品や服をぶらぶらと見てまわった。
千裕はすぐに俺に物を買い与えようとする。「Domの悪いところが出ている」と指摘するとしょんぼりしていた。
空が朱くなってきたころ、夕食の予約をしたレストランに向かう。
途中、俺たちが昔立ち寄った広場に通りがかった。
「懐かしい」
千裕もこの場所のことを覚えているらしい。
シーズンではないからライトアップはされていない。けれど常設のフォトスポットは通年を通して人気で、スマホを構えた若者と、休憩エリアとしてベンチを利用する者たちとで賑わっていた。
ちょうど、すぐそばのベンチが空く。
「座るか? 予約の時間より早く着きそうだし」
「そうしましょう」
横並びに腰掛けて、賑やかな雑踏を行き交う人々を眺めた。
吹き抜ける風が爽やかに頬を撫でていく。
季節も時間帯も違うからだろうが、以前来たときとは場所の印象が違う。ここはこんなにも広く、のびのびとした空間だったのか。前はもっと息苦しく感じていた。
ふと、隣の男が妙に静かなことに気付いた。
見てみれば、その横顔は遠くを見ながら何かを考えている。
「……お願いがあります」
俺の視線を感じたのか、千裕は前を向いたままそう言った。
「なんだ改まって」
こっちを見たかと思えば、自信がなさそうに下を向く。いつも人の目を見て話すのに珍しい。
「……大慈さんは、Domとしての僕も愛してると言ってくれましたよね」
「ああ」
簡潔に返事をすると、千裕はいつまでも落ち着かない様子で足元を見ている。
「Collarを……」
「ん?」
周りもやかましいし、声が小さすぎて聞こえなかった。
わずかに身体を傾けて耳を澄ませる。ごにょごにょと言い訳のような前置きのような話が聞こえてくる。
「昼間、Domの良くないところだと言われたばかりで、だから選んでもいないし、店で食事をしながらだと重いかもしれないと思えてきて、だからいま、その、気持ちだけのあれであれなんですけれど──」
顔を上げた千裕と目が合う。叱られ待ちの犬みたいな顔だった。
「──あなたにCollarを贈りたくて」
Collar。その言葉であのころの記憶が蘇る。千裕に依存し、思考を放棄していたころ。
嫌な汗が手のひらに滲んだ。
助けられた部分は大きかったが、それは俺が俺でないまま生きながらえていた象徴だ。
守られるかわりに、所有物になることを受け入れる契約。Domからすれば、お気に入りに自分の名前を書く行為。
千裕は本能からくる欲求を、素直に言うか言うまいかずっと悩んでいたらしい。
「構わない」
「そうですよね、嫌ですよね……ん?」
俺がああだったのはCollarのせいじゃない。
千裕も、あのころを再現したくてこんな提案をしているわけじゃないだろう。俺が何を望んでいないのかわかった上で相談してくれたなら、なおさら恐れることはない。
「構わないと言っている。だが、転換するたび外れるぞ」
「はい……」
それも承知だとばかりに頷く千裕を見て、なるほどと思う。
「その都度、かけ直したいと」
「は……い……」
彼の顔色はおもしろいほど青くなったり赤くなったりしていて、俺の心境を案じたり束縛の強さを恥じているのだと伝わってくる。
Subを前にしたDomの本能なのだから、仕方がないと思うのだが。
例えば、Domが首輪をそのつもりで用意し、Subが同意して身に付ければ、それがCollarになる。
俺の場合、Domに転換したらCollarとしてつけていた首輪はただの首輪に戻る。ただし、再びSubになったとき、千裕がその首輪をCollarだと再提示して俺が同意すれば契約は帰ってくる。かけ直すとはそういうことだ。
面倒だろうに、それでもと言うのなら。
「好きにしたらいい。気に入らなければ言う」
暮れの空にもう一度太陽が登りそうな、光差す笑顔を見た。
■
予約の時間ぴったりにレストランへ到着した。
ただの休日にしてはやや贅沢な夕食をとりながら、機嫌の良い千裕の雑話に楽しく相槌を打った。
皿が空になると手際良く次の料理が運ばれてくる。俺たちのテーブルを担当する給仕係の首元にはきらきらと輝くネックレスが揺れていた。
普段なら気にしないが、俺はついそれを目で追ってしまう。
近くにいるとDomの気配を感じられるから、間違いなくCollarだ。彼も誰かのSubなのだろう。
昔、千裕にかけられたものは他者からわかりにくいCollarだったが、本来はああいう主張のあるものなのだろうな。
「どんなのがいいでしょうね」
俺の視線を追って察したのか、千裕がそうたずねる。
「決めてないのか」
「せっかくなら、二人で決めたいと思って。最近は揃いのものをつけるのも流行りらしいですよ。特別なものですし、次の休みにいくつか店を予約して……」
思ったよりも手間をかけるつもりらしい。
帰り道のコンビニにあるものでいいか?と言う前で良かった。
だがそれにしても大袈裟なんじゃないか。
「Collarってそういうものじゃないだろ。婚約アクセサリーじゃあるまいし」
「えっ」
「えっ?」
なんだその、「違うんですか」みたいな顔は。
……そうなのか?
忙しいことには変わりないが、時間の調整がしやすくなった。
今日は、いつぶりかも思い出せない丸一日の休日だ。
朝から千裕に声をかけられ、外にいる。
予定のない休日の過ごし方など知らないため、いつもの時間に目覚めたきりフリーズしていたからありがたい。
彼はいつかのやりとりを覚えていたらしい。インテリアショップを訪れ、でかいベッドを吟味している。
サイズやデザインや質。ああだこうだと相談されるが俺にはてんでわからない。実際に寝転ぶこともできたが……同じだろ、どれも。
使うのはおまえなんだから好きにしたらいいと見守りつつ、でもどうせ俺も寝ることになるんだよなと、彼が配送先の住所を記入している間に自分のカードをきった。
支払いが済んでいることに気付いた千裕はワーワー言っていたが、日頃の礼だからと受け流す。
店員はこういうのに慣れているのか、終始にこにこしていた。
そのあと映画館に寄って話題作のチケットを買い、上映時間まで軽食で時間を潰した。
なお、ポップコーンとチュロスの小紅知識はデタラメで、食べたいものを食べれば良いと明かされて俺は愕然とした。ホットドッグを買った。
話題の映画はコメディチックなスパイ映画で、後から千裕に解説されてかろうじてユーモアを理解する。
それから、商業施設で日用品や服をぶらぶらと見てまわった。
千裕はすぐに俺に物を買い与えようとする。「Domの悪いところが出ている」と指摘するとしょんぼりしていた。
空が朱くなってきたころ、夕食の予約をしたレストランに向かう。
途中、俺たちが昔立ち寄った広場に通りがかった。
「懐かしい」
千裕もこの場所のことを覚えているらしい。
シーズンではないからライトアップはされていない。けれど常設のフォトスポットは通年を通して人気で、スマホを構えた若者と、休憩エリアとしてベンチを利用する者たちとで賑わっていた。
ちょうど、すぐそばのベンチが空く。
「座るか? 予約の時間より早く着きそうだし」
「そうしましょう」
横並びに腰掛けて、賑やかな雑踏を行き交う人々を眺めた。
吹き抜ける風が爽やかに頬を撫でていく。
季節も時間帯も違うからだろうが、以前来たときとは場所の印象が違う。ここはこんなにも広く、のびのびとした空間だったのか。前はもっと息苦しく感じていた。
ふと、隣の男が妙に静かなことに気付いた。
見てみれば、その横顔は遠くを見ながら何かを考えている。
「……お願いがあります」
俺の視線を感じたのか、千裕は前を向いたままそう言った。
「なんだ改まって」
こっちを見たかと思えば、自信がなさそうに下を向く。いつも人の目を見て話すのに珍しい。
「……大慈さんは、Domとしての僕も愛してると言ってくれましたよね」
「ああ」
簡潔に返事をすると、千裕はいつまでも落ち着かない様子で足元を見ている。
「Collarを……」
「ん?」
周りもやかましいし、声が小さすぎて聞こえなかった。
わずかに身体を傾けて耳を澄ませる。ごにょごにょと言い訳のような前置きのような話が聞こえてくる。
「昼間、Domの良くないところだと言われたばかりで、だから選んでもいないし、店で食事をしながらだと重いかもしれないと思えてきて、だからいま、その、気持ちだけのあれであれなんですけれど──」
顔を上げた千裕と目が合う。叱られ待ちの犬みたいな顔だった。
「──あなたにCollarを贈りたくて」
Collar。その言葉であのころの記憶が蘇る。千裕に依存し、思考を放棄していたころ。
嫌な汗が手のひらに滲んだ。
助けられた部分は大きかったが、それは俺が俺でないまま生きながらえていた象徴だ。
守られるかわりに、所有物になることを受け入れる契約。Domからすれば、お気に入りに自分の名前を書く行為。
千裕は本能からくる欲求を、素直に言うか言うまいかずっと悩んでいたらしい。
「構わない」
「そうですよね、嫌ですよね……ん?」
俺がああだったのはCollarのせいじゃない。
千裕も、あのころを再現したくてこんな提案をしているわけじゃないだろう。俺が何を望んでいないのかわかった上で相談してくれたなら、なおさら恐れることはない。
「構わないと言っている。だが、転換するたび外れるぞ」
「はい……」
それも承知だとばかりに頷く千裕を見て、なるほどと思う。
「その都度、かけ直したいと」
「は……い……」
彼の顔色はおもしろいほど青くなったり赤くなったりしていて、俺の心境を案じたり束縛の強さを恥じているのだと伝わってくる。
Subを前にしたDomの本能なのだから、仕方がないと思うのだが。
例えば、Domが首輪をそのつもりで用意し、Subが同意して身に付ければ、それがCollarになる。
俺の場合、Domに転換したらCollarとしてつけていた首輪はただの首輪に戻る。ただし、再びSubになったとき、千裕がその首輪をCollarだと再提示して俺が同意すれば契約は帰ってくる。かけ直すとはそういうことだ。
面倒だろうに、それでもと言うのなら。
「好きにしたらいい。気に入らなければ言う」
暮れの空にもう一度太陽が登りそうな、光差す笑顔を見た。
■
予約の時間ぴったりにレストランへ到着した。
ただの休日にしてはやや贅沢な夕食をとりながら、機嫌の良い千裕の雑話に楽しく相槌を打った。
皿が空になると手際良く次の料理が運ばれてくる。俺たちのテーブルを担当する給仕係の首元にはきらきらと輝くネックレスが揺れていた。
普段なら気にしないが、俺はついそれを目で追ってしまう。
近くにいるとDomの気配を感じられるから、間違いなくCollarだ。彼も誰かのSubなのだろう。
昔、千裕にかけられたものは他者からわかりにくいCollarだったが、本来はああいう主張のあるものなのだろうな。
「どんなのがいいでしょうね」
俺の視線を追って察したのか、千裕がそうたずねる。
「決めてないのか」
「せっかくなら、二人で決めたいと思って。最近は揃いのものをつけるのも流行りらしいですよ。特別なものですし、次の休みにいくつか店を予約して……」
思ったよりも手間をかけるつもりらしい。
帰り道のコンビニにあるものでいいか?と言う前で良かった。
だがそれにしても大袈裟なんじゃないか。
「Collarってそういうものじゃないだろ。婚約アクセサリーじゃあるまいし」
「えっ」
「えっ?」
なんだその、「違うんですか」みたいな顔は。
……そうなのか?
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