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勇者と魔王 編
42 たましいがみる夢【1】
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このごろ寝つきが悪い。
寒くなったからだろうか。
やっと眠れたと思ったら、変な夢を見てばかりだ。
大抵はくだらない変な内容で、朝起きると忘れてしまう。
「あれ……? これ、夢の中か」
川上から泳いでくる巨大なメロンパンを釣りながら、ふと自覚した。
夢と自覚したとたん、抽象的な景色が消えていく。気が付くとそこは、俺が死んだときのオフィスになっていた。
服装も社畜時代のスーツ姿だ。
時間が巻き戻ったのかと思ったが、首元に触るとあのネックレスがある。
「ハヤトキ!」
背後でドタッと音がした。何かが倒れたような音だ。
振り返ると、知らない青年が床に這いつくばっていた。
小洒落たパーカーを着た、痩せ気味の男。黒い前髪は目元を隠すほど長く、怪しげで警戒してしまう。
さっきの音は彼が転んだ音らしい。名前を呼んだのも彼だろう。
「あの、どちらさまですか?」
「リオンだよ!」
あの金髪碧眼のリオン!?
身長も体格も違いすぎる!
「え……わぁっ!?」
立ち上がった彼は、横を見て驚く。
そこには身だしなみチェック用の全身鏡があり、映る自分の姿に顔をしかめているのだった。
「転生前の姿だ……。この世界、魂の記憶に姿が引っ張られるのか。──そんなことよりも!」
質問する暇も与えられずに、まくし立てられる。
「やっぱりキミも転生者だったんだな。そのわりに外見の変化がなくて変だけど……ともかく! ぜんぶキミのせいでめちゃくちゃだ。どうしてくれるんだよ」
「……これ、俺の夢だよな? 夢に責められてるのか?」
「へぇ、ここはキミの夢の中なんだ? じゃ、幽霊が夢枕に立つってやつだ。私は本物だよ」
「リオンじゃないけどリオンで、夢だけど夢じゃなくて……?」
「混乱してる場合じゃないよ。現実をなんとかしないと。このままじゃバッドエンドだ。キミの大事な吸血鬼だってタダじゃ済まない」
リオンと名乗った男は、もどかしそうに自分の顔に触れていた。「うう~」と力を絞り出すように唸ると、彼の身体が輝いて俺のよく知る姿に変わる。
……夢の中だから、気合いで何でもアリってことか?
改変のコツをつかんだらしいリオンは、近くのオフィスチェアを引き寄せ、座り心地の良さそうなソファに変えた。
そこを起点に、オフィスが豪奢な洋室の景色に変わる。
いつの間にか出現させて飲んでいるのはエナジードリンク缶だった。
「懐かし~。やっぱピンク缶がいちばん美味しいな」
すっかりくつろいでいる。
「ハヤトキも座りなよ」
「あ、うん」
自分の想像力からは作り出せそうにない派手なソファに座る。
夢を乗っ取られてしまった。別に構わないが……。
「……リオンは未来を知ってるって、魔王が言ってた。異世界人だとも。転生者?っていうのも、俺は何も知らないんだ。どういうことなのか教えてくれないか?」
缶から伸びるストローから口を離して、リオンは困ったような顔をする。
「あー……。そういうクチなら、詳しくは今度にしよう。キミが錯乱したらゲームオーバーだし。──言えるのは、私があの世界を生きるのが《数周目の本番》ってこと。一応ね」
「数周目……?」
俺の目が点になっているのを察したのか、リオンは噛み砕いて言い直してくれた。
「歴史を何度も繰り返して見てるんだ。勇者が生まれて、魔王を倒して、世界が平和になったりならなかったりするあの世界のシナリオをね。どういう分岐でどんな結末になるのか、だいたい知ってる。いまの流れは良くない。みんな死ぬルートだ」
完全には飲み込めないけど、まあまあわかった。
信じるなら、リオンは勇者であり預言者でもあるということだ。
「ハピエンルートに乗せたと思ったんだけど……手違いが起きた。初めから違和感はあったんだけどね。自分の力が威力半分くらいしか出ない。経験値不足だと思ってたけれど……まさか、そもそも私にあるはずのものをキミが持って生まれてるとはね」
また話から振り落とされそうになっている俺に構わず、リオンは話を続けた。
「私は生まれ変わるときに、運命を変えられるだけの力を女神から与えられたんだ。だけど、なぜかは分からないが……おそらく俺たちは同じタイミングで転生したんだろう。そのときに手違いがあって、私の力の一部がキミの中にある」
「ええっと……?」
「ああもう。女神の加護に覚えはないわけ?」
やっと、聞き覚えのある単語だ。
女神の加護──ジェードが、ネックレスに対して言っていた気がする。
「これのこと?」
首から外して見せるが、リオンは変なものでも見るように片眉を上げた。
「なんだそれ? ……確かに、それから女神の力を感じるけど、ちょっぴりの残滓だな。垢がくっついてるようなものだ。キミがずっと身に付けてたからだろ」
イヤな言い方しやがるこいつ。
「じゃあ、もう覚えなんてないよ」
ネックレスを首につけ直しながら言うと、リオンは食い下がってきた。
「あるはずだ。生まれ持ったスキルが強化されたり」
「ん……? 生まれ持った……スキル?」
「そう。人になくて自分にはあったもの、なんか思いつくんじゃない?」
「…………」
まさか。俺の血がやたらめったらに周りの魔族を惑わすのって、それ?
「心当たりがあったみたいだね。キミの中には私の力が留まってしまっている。──そういう縁があったおかげで、こうして夢枕に立って"詰み"を回避できたとはいえ……」
同じ力を持ってるから、俺の夢に侵入できたってことなのだろうか。
でも、そんな力が俺の中にある理由に心当たりはない。わからないことだらけだ。
「俺ってなんなんだ……」
「そういう悩みは後。まずは魔王と吸血鬼をどうにかするんだ。人間が繁栄する一方で、魔族は誰も幸せにならない未来なんかイヤだろ?」
「それはそうだけど、俺にできることなんか……」
「ある! 女神の加護を返してくれ。そうすれば、私は今度こそ完ぺきに運命を変える」
リオンがこっちへ手のひらを伸ばす。そこに乗せてくれと言わんばかりに。
俺は試しに、両手をかざして占い師みたいにウンウン唸ってみた。
当たり前のように何も起きない。
「……どうやったら返せるんだ?」
「さあ?」
わからんのかい。
「──でも、私の身体に取り込む必要があるって考えたら、口に入れるのが早いんじゃないかな?」
「どこを?」
「心臓」
寒くなったからだろうか。
やっと眠れたと思ったら、変な夢を見てばかりだ。
大抵はくだらない変な内容で、朝起きると忘れてしまう。
「あれ……? これ、夢の中か」
川上から泳いでくる巨大なメロンパンを釣りながら、ふと自覚した。
夢と自覚したとたん、抽象的な景色が消えていく。気が付くとそこは、俺が死んだときのオフィスになっていた。
服装も社畜時代のスーツ姿だ。
時間が巻き戻ったのかと思ったが、首元に触るとあのネックレスがある。
「ハヤトキ!」
背後でドタッと音がした。何かが倒れたような音だ。
振り返ると、知らない青年が床に這いつくばっていた。
小洒落たパーカーを着た、痩せ気味の男。黒い前髪は目元を隠すほど長く、怪しげで警戒してしまう。
さっきの音は彼が転んだ音らしい。名前を呼んだのも彼だろう。
「あの、どちらさまですか?」
「リオンだよ!」
あの金髪碧眼のリオン!?
身長も体格も違いすぎる!
「え……わぁっ!?」
立ち上がった彼は、横を見て驚く。
そこには身だしなみチェック用の全身鏡があり、映る自分の姿に顔をしかめているのだった。
「転生前の姿だ……。この世界、魂の記憶に姿が引っ張られるのか。──そんなことよりも!」
質問する暇も与えられずに、まくし立てられる。
「やっぱりキミも転生者だったんだな。そのわりに外見の変化がなくて変だけど……ともかく! ぜんぶキミのせいでめちゃくちゃだ。どうしてくれるんだよ」
「……これ、俺の夢だよな? 夢に責められてるのか?」
「へぇ、ここはキミの夢の中なんだ? じゃ、幽霊が夢枕に立つってやつだ。私は本物だよ」
「リオンじゃないけどリオンで、夢だけど夢じゃなくて……?」
「混乱してる場合じゃないよ。現実をなんとかしないと。このままじゃバッドエンドだ。キミの大事な吸血鬼だってタダじゃ済まない」
リオンと名乗った男は、もどかしそうに自分の顔に触れていた。「うう~」と力を絞り出すように唸ると、彼の身体が輝いて俺のよく知る姿に変わる。
……夢の中だから、気合いで何でもアリってことか?
改変のコツをつかんだらしいリオンは、近くのオフィスチェアを引き寄せ、座り心地の良さそうなソファに変えた。
そこを起点に、オフィスが豪奢な洋室の景色に変わる。
いつの間にか出現させて飲んでいるのはエナジードリンク缶だった。
「懐かし~。やっぱピンク缶がいちばん美味しいな」
すっかりくつろいでいる。
「ハヤトキも座りなよ」
「あ、うん」
自分の想像力からは作り出せそうにない派手なソファに座る。
夢を乗っ取られてしまった。別に構わないが……。
「……リオンは未来を知ってるって、魔王が言ってた。異世界人だとも。転生者?っていうのも、俺は何も知らないんだ。どういうことなのか教えてくれないか?」
缶から伸びるストローから口を離して、リオンは困ったような顔をする。
「あー……。そういうクチなら、詳しくは今度にしよう。キミが錯乱したらゲームオーバーだし。──言えるのは、私があの世界を生きるのが《数周目の本番》ってこと。一応ね」
「数周目……?」
俺の目が点になっているのを察したのか、リオンは噛み砕いて言い直してくれた。
「歴史を何度も繰り返して見てるんだ。勇者が生まれて、魔王を倒して、世界が平和になったりならなかったりするあの世界のシナリオをね。どういう分岐でどんな結末になるのか、だいたい知ってる。いまの流れは良くない。みんな死ぬルートだ」
完全には飲み込めないけど、まあまあわかった。
信じるなら、リオンは勇者であり預言者でもあるということだ。
「ハピエンルートに乗せたと思ったんだけど……手違いが起きた。初めから違和感はあったんだけどね。自分の力が威力半分くらいしか出ない。経験値不足だと思ってたけれど……まさか、そもそも私にあるはずのものをキミが持って生まれてるとはね」
また話から振り落とされそうになっている俺に構わず、リオンは話を続けた。
「私は生まれ変わるときに、運命を変えられるだけの力を女神から与えられたんだ。だけど、なぜかは分からないが……おそらく俺たちは同じタイミングで転生したんだろう。そのときに手違いがあって、私の力の一部がキミの中にある」
「ええっと……?」
「ああもう。女神の加護に覚えはないわけ?」
やっと、聞き覚えのある単語だ。
女神の加護──ジェードが、ネックレスに対して言っていた気がする。
「これのこと?」
首から外して見せるが、リオンは変なものでも見るように片眉を上げた。
「なんだそれ? ……確かに、それから女神の力を感じるけど、ちょっぴりの残滓だな。垢がくっついてるようなものだ。キミがずっと身に付けてたからだろ」
イヤな言い方しやがるこいつ。
「じゃあ、もう覚えなんてないよ」
ネックレスを首につけ直しながら言うと、リオンは食い下がってきた。
「あるはずだ。生まれ持ったスキルが強化されたり」
「ん……? 生まれ持った……スキル?」
「そう。人になくて自分にはあったもの、なんか思いつくんじゃない?」
「…………」
まさか。俺の血がやたらめったらに周りの魔族を惑わすのって、それ?
「心当たりがあったみたいだね。キミの中には私の力が留まってしまっている。──そういう縁があったおかげで、こうして夢枕に立って"詰み"を回避できたとはいえ……」
同じ力を持ってるから、俺の夢に侵入できたってことなのだろうか。
でも、そんな力が俺の中にある理由に心当たりはない。わからないことだらけだ。
「俺ってなんなんだ……」
「そういう悩みは後。まずは魔王と吸血鬼をどうにかするんだ。人間が繁栄する一方で、魔族は誰も幸せにならない未来なんかイヤだろ?」
「それはそうだけど、俺にできることなんか……」
「ある! 女神の加護を返してくれ。そうすれば、私は今度こそ完ぺきに運命を変える」
リオンがこっちへ手のひらを伸ばす。そこに乗せてくれと言わんばかりに。
俺は試しに、両手をかざして占い師みたいにウンウン唸ってみた。
当たり前のように何も起きない。
「……どうやったら返せるんだ?」
「さあ?」
わからんのかい。
「──でも、私の身体に取り込む必要があるって考えたら、口に入れるのが早いんじゃないかな?」
「どこを?」
「心臓」
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