あの日の思い出

那智

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カタルシス

③直接言ってくれる!?

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 地元で有名なパン屋があった。ずっと全国区だと思っていたのだが、ただのご当地名物店であった。
 アイデアもさることながら、とても美味しくて、その日の予算に合わせて選ぶのが大変だった。

 中心街のビルの一階でパンを売っているのだが、店舗の一部がガラス張りになっており、おじさんがパンを作っている姿が見えるようになっていた。
 そして、店で売るだけではなく、商店にも卸していた。

 地元の人間が、全国区と思い込むくらい人気がある為か、大学生活で地元を離れている間に、二店舗目が出来ていた。
 そこは、二階にテーブル席があり、買ったパンを食べる事が出来た。
 今では当たり前だが、当時としては画期的だったのではないかと思う。

 卒業後地元で就職し、友人数人と落ち合い、さっそく二店舗目に入った時の事であった。
 入って直ぐのカウンターに女性店員が二名立っていたのだが、そこを通り過ぎてパンが並ぶケースに向かっていると、
 「若いよね。化粧してないのに。私より年上なんだよ。高校の時と全然変わんない」
と言う声が聞こえてきた。

 少し距離はあるが、入口の二人の会話だというのが分かった。相手の人は、それなりの言葉を発していたと思うが、覚えていない。

 私はというと、露骨に振り向く勇気もなく、パンを選んでいる様な振りをして、言葉の主が視野に入るようにしてみたが、一向に思い当たる節がない。

 高校の後輩のようだが、私が卒業してから五年過ぎているのに顔を覚えているというのは、印象に残る何かが有ったのだろうか。

 確かに、部活動で両足肉離れを起こし、包帯を巻いた上に黒のストッキング姿は、相当目だったらしく
 「あの子の足…」
 「知らなかった?前からだよ」
と、知らない先輩同士の会話が背後から聞こえてきた事はある。

 しかし、そんな事で五年間も顔を覚えていられるだろうか。色々と思いを巡らしても、答えは出てこなかった。パンを選んでいる友達に
 「あの店員さんに見覚えある?」
と聞いてみるが、
 「知らない」
と返事が返ってきた。

 知らない人間に、すぐ側で話題にされるのは、どうもモヤモヤしてしまう。一言声をかけてくれれば、相手の事も分かるし、そこから会話も成立すると思うのだが。

 世の中には、似たような経験をしている人が沢山いると思う。
 そんな人を代表して一言、


 「本人に聞こえる所で噂話をするなぁー」
 「名を名乗れぇー」
 「私は有名人じゃないぞーぉ」

 話の内容から、人違いでは無さそうだったが、そういうことは本人に直接言って欲しい。名前が、分からないのならば、卒業した高校名でも出せば、普通に会話が成り立つはずだから。

 美味しくパンを食べて、友達との再会と会話を楽しんだはずだが、解決出来ない疑問が心に引っ掛かったままだったのは残念な事であった。




 
 
 


 
 

 

 

 
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