25 / 49
第1章至る平安
真夜
しおりを挟む
ひとしきり試して、これが現実だと受け入れた。
なら、あの怜悧な美人は俺か。
あんまりまじまじと自分の顔を見たことがなかったから気がつかなかったけど、とても好みの女だ。倒錯的な興奮を感じて、俺はかぶりを振った。
俺がウズメになったということは、俺の体に入っているのはウズメである可能性が高い。彼女の儀式のせいでこんなことになったんだろうし、彼女を起こすのが先決か。
ちょいちょいと自分の体の頬をつついてみる。
ぷにぷにっとした弾力が帰ってきた。
何百年生きても肌のはりはそのままのようだ。
さすが長命種族。
「おーい。」
肩を揺すってみる。
女の人のいい匂いだ。自分では気にしていなかったけど、たしなみ程度につけていた薫物は、とても良い効果を発揮していたらしい。
俺の体の瞼が上がっていく。
⋯⋯これは、違う。ウズメとはとても似つかない。
圧倒的強者、圧倒的捕食者特有のビリビリとした緊張感が、ウズメの肌に感じられる。
「お前は、誰だ⋯⋯?」
震える声で誰何する。
「ほう。妾を誰と心得る?知らぬお主なんぞ、食いちぎっておしまいにしてやっても良いのだぞ?」
面白げな声質だが、そこから感じる圧力は、俺の口を封じるに十分な力を秘めていた。
「しかし、あやつはどこに行ったのだ? 今更体を返されても困るのだが。お主、知らぬか?」
「ひょっとして、俺のことか?」
「お主、夜か?」
「ああ。」
「なるほど。そこな女の術で、肉体と精神が分かれたという訳か。」
強い光の灯った瞳が、俺を正面から見据える。
「して、お主が、妾の体に宿った意思だな?」
つまりこの人は、俺が乗っ取る前の、夜の体の意識だ。
「はい。この度は非常に申し訳なく⋯⋯!」
俺は土下座した。
人の人生を勝手に奪って俺の目的のためだけに消費してきた。
許されるはずがない。
さらには、この人は、情状酌量など認める人ではない。
そんな甘さなど微塵も感じられない。
冷酷無比な視線が、それを無慈悲に告げていた。
思えば、天照様のお告げは、このことを指していたのだろう。
「そうか、お主が、か。」
言葉の調子が、なぜか柔らかくなった。
「頭を上げよ。」
命じられて、起こす。
絶対的な権力者特有の威厳に逆らえなかった。
そんな俺の目の前に、いつの間にか真っ赤な唇があって、気が付いた時には貪られるように口を吸われていた。
「えっ。」
「ん。じゅる、じゅる。ちゅっ。ぅ……。んっ。ぁっ。」
今まで経験したことのないような舌を用いたディープキス。
俺は、その感触に蕩かされた。
「これが、お主への、妾の気持ちだ。」
怜悧な美貌が、羞恥で赤く染まっている。
そのことを認識して、ようやく止まっていた思考が動き出す。
「俺を憎んでいるんじゃ⋯⋯?」
「憎む?何を言っているのかわからんぞ。妾は、お主のことは嫌いではないが?」
「??????????」
俺は、頭に10個くらい疑問符を浮かべた。
「説明した方がいいか。もともと、妾には何の目的もなかった。何年も何年もただ生き続ける日々。ある日、退魔術師と相打ちになり、意識を失った時は、もうこれで終わっていいと思っておった。だが、その体にお主が入ってきた。お主の記憶が、妾の中に入ってきた。信じられない記憶だった。」
「もしかして、俺の無くした記憶は。」
「ああ、妾が持っている。しかし、思い出さない方が幸せかもしれないぞ?」
「⋯⋯わかった。」
「話を続けるとしよう。妾の体に入ったお主は、妾には決してなし得なかったことを始めた。最高の小説を作る。新鮮だった、希望になった、嬉しかった。この体に生まれて、初めて、望みというものを得た。お主を見守るのが、楽しかった。つまりはお主のことが気に入った。」
凛々しい視線が、こちらを射抜く。
「済まない。お主の記憶を奪ってしまったことを謝罪する。お主が小説を書くためにどれほどの努力をしてきたか、妾は嫌という程わかっておる。この記憶があれば、お主の夢は、容易に達成できるだろう。」
「だが、それを妾が奪ってしまった。だが、それでも、お主は諦めずに、ただ愚直に、夢を目指そうとした。それが、とても眩しかった。」
上位者からの賞賛の言葉がこそばゆい。
俺は、その感情を誤魔化すように、話を転がした。
「えーっと、あなたのことはなんて呼べばいいのかな。」
「妾に名はない。好きに呼べ。いや、お主のつける名ならそれを妾の名としよう。」
「⋯⋯じゃあ真夜で。」
「真なる夜か。良い名だ。気に入った。」
どことなく真夜の機嫌は良さそうに見える。
喜んでもらえるならよかった。
「この機会だ。妾の気持ちを伝えておこう。」
彼女は、一拍おいた。
「だーいすき。」
とても幼くて純粋で、透明な言葉だった。
彼女の顔は火の出るような赤に染まっている。
それほど言うのが恥ずかしかったということだろう。
そして俺は、どう受け止めていいのかわからず混乱していた。
えっと、元の体の人格が、俺のことを深層意識下で見ていて、そして、俺のことが好きになって、今告白されている。
そう言うこと?
どう言うこと?
あまりにも常識離れした状況に、ついていけていない。
「この状態は長くは持たん。だからお主、妾にいつか最高の小説を見せると約束してくれ。それだけで良い。」
「⋯⋯。それだけは約束する。」
「ああ、それで、妾も満足だ。ありがとう。いつかまた、正面から会いたい。」
彼女の目尻がへにゃりと下がり、とても柔らかい笑顔が作られる。
凛々しい怜悧な美貌からは考えられない可愛らしい様子に、胸がどきりと痛んだ。
俺の意識が再び暗転する。
目を開けると、すぐ前に、ウズメの紅潮した顔があった。
自分の体に戻ってきたらしい。
「うーん。途中からウズメちゃんの意識はなかったんだけど、夜はどうだった?」
「ありがとうウズメ、とてもいい経験ができたよ。」
「いい笑顔ね。うん。よかった! 今夜は泊まっていくでしょ?」
「許されるなら。」
「ウズメちゃんと夜の仲じゃん。当然いいに決まってるでしょ!」
「お世話になります。」
彼女⋯⋯真夜のことを、じっくり考える時間が欲しい。
さっきの邂逅は一瞬で、ろくに話もできなかった。
色々始めての情報ばかりで混乱して、自分の気持ちを整理できなかった。
まず、彼女への気持ちを整理するのが第一だ。
そしたら、もう一度会いたい。
俺のことを好きだと言ってくれたあの人に。
なら、あの怜悧な美人は俺か。
あんまりまじまじと自分の顔を見たことがなかったから気がつかなかったけど、とても好みの女だ。倒錯的な興奮を感じて、俺はかぶりを振った。
俺がウズメになったということは、俺の体に入っているのはウズメである可能性が高い。彼女の儀式のせいでこんなことになったんだろうし、彼女を起こすのが先決か。
ちょいちょいと自分の体の頬をつついてみる。
ぷにぷにっとした弾力が帰ってきた。
何百年生きても肌のはりはそのままのようだ。
さすが長命種族。
「おーい。」
肩を揺すってみる。
女の人のいい匂いだ。自分では気にしていなかったけど、たしなみ程度につけていた薫物は、とても良い効果を発揮していたらしい。
俺の体の瞼が上がっていく。
⋯⋯これは、違う。ウズメとはとても似つかない。
圧倒的強者、圧倒的捕食者特有のビリビリとした緊張感が、ウズメの肌に感じられる。
「お前は、誰だ⋯⋯?」
震える声で誰何する。
「ほう。妾を誰と心得る?知らぬお主なんぞ、食いちぎっておしまいにしてやっても良いのだぞ?」
面白げな声質だが、そこから感じる圧力は、俺の口を封じるに十分な力を秘めていた。
「しかし、あやつはどこに行ったのだ? 今更体を返されても困るのだが。お主、知らぬか?」
「ひょっとして、俺のことか?」
「お主、夜か?」
「ああ。」
「なるほど。そこな女の術で、肉体と精神が分かれたという訳か。」
強い光の灯った瞳が、俺を正面から見据える。
「して、お主が、妾の体に宿った意思だな?」
つまりこの人は、俺が乗っ取る前の、夜の体の意識だ。
「はい。この度は非常に申し訳なく⋯⋯!」
俺は土下座した。
人の人生を勝手に奪って俺の目的のためだけに消費してきた。
許されるはずがない。
さらには、この人は、情状酌量など認める人ではない。
そんな甘さなど微塵も感じられない。
冷酷無比な視線が、それを無慈悲に告げていた。
思えば、天照様のお告げは、このことを指していたのだろう。
「そうか、お主が、か。」
言葉の調子が、なぜか柔らかくなった。
「頭を上げよ。」
命じられて、起こす。
絶対的な権力者特有の威厳に逆らえなかった。
そんな俺の目の前に、いつの間にか真っ赤な唇があって、気が付いた時には貪られるように口を吸われていた。
「えっ。」
「ん。じゅる、じゅる。ちゅっ。ぅ……。んっ。ぁっ。」
今まで経験したことのないような舌を用いたディープキス。
俺は、その感触に蕩かされた。
「これが、お主への、妾の気持ちだ。」
怜悧な美貌が、羞恥で赤く染まっている。
そのことを認識して、ようやく止まっていた思考が動き出す。
「俺を憎んでいるんじゃ⋯⋯?」
「憎む?何を言っているのかわからんぞ。妾は、お主のことは嫌いではないが?」
「??????????」
俺は、頭に10個くらい疑問符を浮かべた。
「説明した方がいいか。もともと、妾には何の目的もなかった。何年も何年もただ生き続ける日々。ある日、退魔術師と相打ちになり、意識を失った時は、もうこれで終わっていいと思っておった。だが、その体にお主が入ってきた。お主の記憶が、妾の中に入ってきた。信じられない記憶だった。」
「もしかして、俺の無くした記憶は。」
「ああ、妾が持っている。しかし、思い出さない方が幸せかもしれないぞ?」
「⋯⋯わかった。」
「話を続けるとしよう。妾の体に入ったお主は、妾には決してなし得なかったことを始めた。最高の小説を作る。新鮮だった、希望になった、嬉しかった。この体に生まれて、初めて、望みというものを得た。お主を見守るのが、楽しかった。つまりはお主のことが気に入った。」
凛々しい視線が、こちらを射抜く。
「済まない。お主の記憶を奪ってしまったことを謝罪する。お主が小説を書くためにどれほどの努力をしてきたか、妾は嫌という程わかっておる。この記憶があれば、お主の夢は、容易に達成できるだろう。」
「だが、それを妾が奪ってしまった。だが、それでも、お主は諦めずに、ただ愚直に、夢を目指そうとした。それが、とても眩しかった。」
上位者からの賞賛の言葉がこそばゆい。
俺は、その感情を誤魔化すように、話を転がした。
「えーっと、あなたのことはなんて呼べばいいのかな。」
「妾に名はない。好きに呼べ。いや、お主のつける名ならそれを妾の名としよう。」
「⋯⋯じゃあ真夜で。」
「真なる夜か。良い名だ。気に入った。」
どことなく真夜の機嫌は良さそうに見える。
喜んでもらえるならよかった。
「この機会だ。妾の気持ちを伝えておこう。」
彼女は、一拍おいた。
「だーいすき。」
とても幼くて純粋で、透明な言葉だった。
彼女の顔は火の出るような赤に染まっている。
それほど言うのが恥ずかしかったということだろう。
そして俺は、どう受け止めていいのかわからず混乱していた。
えっと、元の体の人格が、俺のことを深層意識下で見ていて、そして、俺のことが好きになって、今告白されている。
そう言うこと?
どう言うこと?
あまりにも常識離れした状況に、ついていけていない。
「この状態は長くは持たん。だからお主、妾にいつか最高の小説を見せると約束してくれ。それだけで良い。」
「⋯⋯。それだけは約束する。」
「ああ、それで、妾も満足だ。ありがとう。いつかまた、正面から会いたい。」
彼女の目尻がへにゃりと下がり、とても柔らかい笑顔が作られる。
凛々しい怜悧な美貌からは考えられない可愛らしい様子に、胸がどきりと痛んだ。
俺の意識が再び暗転する。
目を開けると、すぐ前に、ウズメの紅潮した顔があった。
自分の体に戻ってきたらしい。
「うーん。途中からウズメちゃんの意識はなかったんだけど、夜はどうだった?」
「ありがとうウズメ、とてもいい経験ができたよ。」
「いい笑顔ね。うん。よかった! 今夜は泊まっていくでしょ?」
「許されるなら。」
「ウズメちゃんと夜の仲じゃん。当然いいに決まってるでしょ!」
「お世話になります。」
彼女⋯⋯真夜のことを、じっくり考える時間が欲しい。
さっきの邂逅は一瞬で、ろくに話もできなかった。
色々始めての情報ばかりで混乱して、自分の気持ちを整理できなかった。
まず、彼女への気持ちを整理するのが第一だ。
そしたら、もう一度会いたい。
俺のことを好きだと言ってくれたあの人に。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
70
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる