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第十四章

14-12.説教

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「イムちゃんっ!」

 ミルが駆け出し、跳び上がってイムの体を両手で掴む。イムの小さな手から解き放たれた大蛇の首が地面に落ちるが、ミルは目もくれず、イムを胸に強く掻き抱く。

「グ、グルゥ……」

 イムが苦しそうにうめくが、ミルが力を弱めることはない。仁は少しだけイムを気の毒に思うものの、それだけミルに心配をかけたのだから自業自得だろうと考え、口を出すことはしなかった。

 ミルの腕の中から細い首を抜け出させたイムが救いを求めるように仁を見ていたが、仁は苦笑いと共に肩をすくめることで返答とした。



「イムちゃん。勝手にいなくなっちゃダメなの」

 ようやくミルの腕の中から解放されたイムを待ち受けていたのは、ミルからのお叱りの言葉だった。

「グ、グルッ!」
「可愛く鳴いてもダメなの。ミルもみんなも、とっても心配したの」
「グルゥ……」

 ミルの足元に降ろされたイムの長い首が、口が地面に付いてしまいそうなほど垂れ下がる。

 仁はイムが勝手な行動を取って心配をかけたことを叱ろうと思っていたが、その必要はないかと思い直す。嫌われ役は自分が引き受けようと考えていた仁だったが、イムを大切に思っているからこそ叱っているミルを嬉しく思う。

 これでイムがミルを嫌うなどということはありえないが、仁はもし二人の関係がぎくしゃくしてしまうようなら力になろうと心に決めた。

「まっ、大丈夫だろうけどね」

 仁は誰に言うでもなく呟きながら、小さな仲間達の足元に目を向ける。見覚えのある姿に魔眼を使用すると、やはり地獄毒蛇ヘルポイズンスネークだと判明した。

 死骸を見たところ、焼き焦げたような跡はなく、ひっかき傷や牙を突き立てたような傷跡が残っていた。仲間の命と森への被害を天秤にかけるつもりは毛頭ないため、緊急時の火炎の吐息ブレスの使用まで禁じているわけではないが、イムは炎を使わずに倒してきたようだった。

 いつもならミルが自分の役目だと率先して解体を始めるところだが、イムへの説教が続いているため、仁は大蛇の死骸をそのままアイテムリングに収納することにした。

「仁くん。これからどうする?」
「そうだね……」

 まだ日が昇るまで随分と時間があった。逃げたもう1匹の行方は気になるが、向こうから襲ってこないのであれば、わざわざこちらから探して討伐する必要はない。そもそも、気配を消し、暗い森の、しかも木の上を這って移動されたのでは、そうそう見つけられるものではなかった。

 仁は警戒を強めつつも今まで通りの行軍を続けるしかないかと考え、このままこの場所で夜を明かすことを提案する。逃げた蛇の魔物に自分たちの存在を知られてしまってはいるが、1匹がイムに倒されたことで再び襲撃するのには慎重になるだろうと仁は予想していた。

 地獄毒蛇ヘルポイズンスネークがどの程度の知能と思考力を有しているか不明だが、この森に獲物が仁たちしかいないわけではないのだ。2匹がつがいか何かで、仁たちに怨みを抱いた場合はその限りではないが、その場合は場所を変えたところで狙われることに変わりはない。

 仁の提案に対して玲奈たちに異論はないようで、仁は魔物の襲撃前まで夜番をしていた玲奈とミル、そしてイムには休んでもらうことした。と言っても、元々途中で玲奈たちと交代する予定となっていたため、誰からも不満の声が上がることはない。

「ロゼ、カティア。朝までよろしくね」

 仁が振り返りながら言うと、ロゼッタとカティアは当然のことだと了承の意を示した。

「後の問題は……テントか」

 二張りのテントの内、女性陣が使用していた方のテントが毒液で使い物にならなくなっていた。幸いなことに、魔物の革を使用したテントの屋根の頑張りによってそれぞれの所持品や寝袋などは無事だったが、その代償として屋根のほとんどが溶け落ちてしまっていた。今後は一張りのテントを2組で交互に使うしかない。

「ジン殿。何か問題がおありですか?」

 仁がテントの前でうなっていると、毒に触れないように気を付けながらテントから必要なものを取り出してきたロゼッタが不思議そうに首を傾げた。

「いや。今日はいいけど、明日から誰かが俺と一緒に寝ないといけないなって……」

 この場にリリーがいたら歓喜しそうな物言いだが、もちろん寝るとは言葉通りの意味で、それ以外の意味は含んでいない。

 テントを2張り用意するようになってから、今までミルが仁のテントに入り込んできたことは多々あったが、基本的に男女で使うテントを分けてきたのだ。

 戦力的な面から仁と玲奈が別々で夜番をすることが多いため、幸か不幸か仁と玲奈が一緒になることはなさそうだが、今日までの流れ的に仁はロゼッタとカティアと組むことが多いことが予想された。

「何か問題が?」
「いや、ロゼはまぁ今更かもしれないけど、カティアがさ。夜番の組み合わせをまた考えないとなぁ……」

 眉根を寄せる仁を、ロゼッタが何か思い付いたかのような顔で眺めていたが、仁は気付かない。

「ジン殿。明日のことはさて置き、今はしっかりと夜番を務めましょう」
「うん。そうだね……?」

 仁はなぜか嬉しそうにも見えるロゼッタに頷きを返した。

 ロゼッタが場を仕切り、玲奈やミル、イムをテントに押し込める。仁としてはイムがなぜ自分たちに黙って地獄毒蛇ヘルポイズンスネークを追ったのか気になったが、一晩置いてからでいいかと、トボトボと歩くイムの姿を見送った。

 単純に考えるのならミルの役に立ちたかったとか、炎を使わなくても戦えると示したかったとか、むしゃくしゃしていたとか、最後は冗談としてもいくつか理由は思い付くが、本当のところはイムに尋ねるしかない。

「ジン殿。火をいただけますか?」
「あ、うん」

 仁は毒に侵されてしまった焚火を焼却処分とし、アイテムリングから新たに取り出した木々を並べて点火する。朽ちたテントを片付けてから、仁はロゼッタとカティアと一緒に焚火を囲んだ。火花がバチバチとぜ、夜の闇に舞う。

「ジン殿。先ほどの魔物について教えていただけませんか?」

 先ほどまでと打って変わって真剣な表情となったロゼッタが仁に尋ねると、仁と向かい合う形でロゼッタの隣に腰を下ろしているカティアもうつむきがちだった顔を上げ、真摯な瞳を仁に向けた。

「うん。地獄毒蛇ヘルポイズンスネークは――」

 仁は自身の知る魔物の情報を二人に話して聞かせる。仁が戦ったことのある地獄毒蛇ヘルポイズンスネーク合成獣キメラの尻尾になっていたことを差し引いても、過去対峙した経験を伝えることは無駄なことではない。

 周囲を警戒しつつも仁の話に耳を傾けるロゼッタとカティアの瞳には、次に対峙した際には後れは取らないという決意の色が浮かんでいた。
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