[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第3章

20節 雷を斬る

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「……う……げほっ……!」

 ――胸と背中に激痛が走る。
 気づけばわたしは背後の木にもたれかかる形で、地面に座り込んでいた。
 全身を虚脱感が襲って上手く身体を動かせない。直前に何があったかもあやふやだったが、わずかな間を置いて現状を思い出す。

「(そっか……わたし、雷の魔将に……)」

 姿が消えたと思ったら、いつの間にか目の前にいた。名前の通り雷になったかのような速さに反応できず、一撃を貰い、気付けばこの有様だ。

「やはり生きておられましたか。わずかに手応えが軽い気がしていました」

 手応えが、軽い……? 全く反応できなかったと思ってたけど……無意識に、体が反応して避けてくれていたんだろうか。

「さて、どうしたものでしょう。ここは、早々に貴女様にとどめを刺すべきでしょうか? それとも――……もう一人のお嬢様を、もてなすのが良いでしょうか?」

 朧気おぼろげな意識。かすんだ視界。そこへさらに、耳に届いたルニアの言葉に、血の気が引く。

「(――そうだ、リュイスちゃんは……!?)」

 視線だけで、彼女を探す。
 わたしが倒れてしまえば、魔将の矛先はリュイスちゃんに向くかもしれない。いや、変わらずわたしのほうに向いていたとしても、彼女はわたしを護ろうと拳を握るだろう。そんなのダメだ。

「リュイス、ちゃ……逃げ、て……」

 だから逃げるよう促す。が、あまり大きな声は出てくれなかった。彼女に届いたかは分からない。ただ――
 ただ、届いていたとしても、ここで逃げるような子じゃないのも、薄々気づいていた。

 彼女は、ちらりとこちらに視線を向け、わずかに笑顔を見せてから、前を向く。いつもの構えを取り、両手に神の盾を顕現させ、雷の魔将との戦いに赴く。
 その背中が、直前の笑顔が、雄弁に物語っていた。わたしがすぐに態勢を整えて復帰すると、信じている。その時間を稼ぐと、彼女は言っているのだ。

「(……何してるの、わたし!)」

 こんなところで死にかけてる場合じゃない。彼女の信頼に応えなきゃいけない。――いや、応えたい。

「……《獣の檻の守り人。欠片を喰らうあぎと黒白こくびゃく全て噛み砕き、等しく血肉に変えるもの……》」

 静かに、呼吸を整えながら呟く。左手の黒い篭手を解放させる鍵、そのための詠唱を。

「起きて……〈クルィーク〉」

 その名を呼ぶと共に、心臓がドクンと脈打つ。抑え込まれていたアスティマの悪しき魔力――穢れが、血液に混じり行き渡り、左半身を変異させていく。
 両目共に黒だった瞳は左目だけが赤く染まり、淡く輝く。前髪の何房かも瞳と同様の色に染まった。
 左肘から先が異音を上げて肥大化する。それに合わせて〈クルィーク〉も形を変え、腕を呑み込むように一体化し、硬質で禍々しい巨大な鉤爪と化す。

「すぅー……ふぅー……」

 半魔であるわたしの姿。人前では決して見せられない本当の姿を晒しながら、わたしは地べたに座ったまま、静かに呼吸を整えていく。
 人より頑丈で再生力も高い半魔の身体。そこへさらに、余剰分の穢れを〈クルィーク〉の能力の一つ、『魔力の吸収』によって食べてもらい、もう一つの能力、『魔力の操作』で治癒力に変換する。

「すぅー……ふぅー……」

 そして呼吸によって全身に『気』を巡らせ、心身を活性化させてゆく。変換された治癒力が呼吸を通して、少しずつ身体にみなぎってゆく。

 わたしがそうして身を休めている間にも、リュイスちゃんとルニアの戦いは推移していた。
 彼女は、魔将が雷と化して放った攻撃を、わたしがかわせなかった一撃を見事にかわし、反撃までしていた。おそらくそれは〈流視〉による成果なのだろうけど……

「(……すごいなぁ、リュイスちゃんは)」

 力の差は歴然。通常なら逃げ出しても仕方ないところを、彼女は他者を、わたしを護るために恐怖を堪え、戦ってくれている。それは、自身の命を第一にし、時には逃げることさえいとわないわたしには、真似できない強さだ。

 そんなわたしでも、ここは引けない。今、あの魔将を抑えてくれているリュイスちゃんを、わたしだって放っておけない。彼女を死なせるわけにはいかない。死なせたくない。

 すぐ近くに落ちていた〈弧閃〉を拾い、右手で握る。
 剣は握れる。なら、まだ戦える。

「ふ……ん……!」

 満足に動かない身体を叱咤しったし、その場で立ち上がる。足は少しふらついたが、なんとかバランスを保ち、顔を上げ、前を向く。
 視線の先では、リュイスちゃんと魔将が互いに距離を空けて睨み合っている状態だった。彼女は本当に、わたしが動けるようになるまで時間を稼いでくれたのだ。

「――ありがと、リュイスちゃん」

 二人の間に割って入るように、わたしは声を上げた。

「後は、任せて」

「アレニエさん……」

 リュイスちゃんがこちらに振り向き、嬉しそうな顔を見せる。その身体は疲労と緊張が限界に達していたのか、かすかに震えていた。

「その姿に、魔力……貴女様は、半魔だったのですね」

 対する魔将は、相変わらず冷静な声でこちらに問いかける。その声色には、わたしの正体に対する驚きも、リュイスちゃんに殴られた負傷の色も、あまり感じられない。

「まぁ、ね。あなたみたいな魔族からすれば、軽蔑の対象なんだろうけど」

 実際、昔かーさんを追ってきた魔族たちなんかは、悪しざまに罵ってきたのだけど……

「まさか。そのような真似は致しません」

 こちらの言葉を一笑に付すルニアに、わたしはほんの少し怪訝な顔を向ける。

「……イフもそうだったけど、変わった魔族だね」

「お褒めにあずかり光栄です」

「褒めてるわけじゃ……いや、褒めてるのかな?」

 どうもこのひと、最初から腰が低いんだよね。ずっと妙な丁寧語だし。魔族にしてはかなり珍しい部類だと思う。

「さて。立ち上がったということは、再び貴女様が戦う意思表示と見てよろしいでしょうか」

「よろしいよ」

「そしてその姿が、貴方様にとっての本気ということでしょうか」

「そうだね。そう言っていいと思う」

「ではでは、今度こそ存分に見せていただきましょう。イフ様、カーミエ様を退けたという、貴女様の全力を――」

 パリっ――

 その言葉と共に、再び魔将が雷と同化して、姿を消す。

「リュイスちゃん! 警戒しながら下がってて!」

「は、はい!」

 彼女に警告を飛ばしながら、わたし自身も、周囲を飛び回る雷光から意識を切らさないよう警戒する。
 さっきは虚を突かれてかわすこともできなかった。今は、相手の手口を理解している。今度は、対応してみせる!

「すぅー……ふぅー……」

 呼吸を整え『気』を練りながら、意識を平静に保つ。

 目では追いきれない。音で捉えるのも難しい。かろうじて、巨大な魔力が動く痕跡を、魔覚で感じ取ることはできる。
 一つ一つでは完全に捉えられずとも、全身の感覚を総合して研ぎ澄ませれば、なんとなくの気配として掴むことができる。それらはこれまでの経験と混ざり合い直感となり、相手の動きの流れを肌で感じ取ってくれる。感覚と経験による疑似的な未来予測。リュイスちゃんの〈流視〉ほどじゃないけれど、動きの先を読むことはわたしにもできる。

「ふっ――!」

 全身で感じ取った相手の気配に、自然と身体が動いた。
 背後に振り向きながら一歩前進し、全身の力を『気』に変換。右手に握る〈弧閃〉まで伝え、鋭く、無駄なく、剣を振るう。とーさんに教わった基本にして深奥の剣。その剣に断てぬもの無く――
 愛剣に伝えられた『気』は輝く刃を形成し、その場に不自然な残光を残しながら……背後から迫っていた雷を、切り裂いた。

「え――?」

 と、呟く声は、今まさに目の前に現れた、魔将のものだ。表情に乏しいその顔が、わずかに驚きに歪んでいた。

「……まさか……まさか、雷と同化したわたくしを……〝雷自体〟を、斬ったのですか……?」

 そう呟くルニアの身体は、先刻とはわずかに見た目に違いが出ていた。右腕だけが、根元から欠けているのだ。少しして――

 ――トサっ

 と、斬り飛ばされた右腕、たおやかな女性らしい細腕が、地面に落下する。

「あ……私の、腕……?」

 そして――

 ブシュ……!

 斬られていたことを忘れていたかのように、今になって傷口から血が噴き出す。

「……あ……あ……ああああああ!?」

 遅れて痛みがやってきたのか、ルニアが左手で傷口を押さえながら叫ぶ。腕を根元から斬り飛ばされたのだから相当な痛みだろう。人間ならショック死していてもおかしくないかもしれない。ここまでやって初めて、彼女が取り乱すところを見た気がする……と。

「……痛い……!」

 そう叫びながらも雷の魔将は……これまでに比べたら見たこともないような満面の笑みで、恍惚こうこつとした表情を浮かべていた。……なんで?

「私の、腕……こんな……こんな鋭い痛み、初めてで……あぁ……私、恥ずかしながら興奮しております……!」

「えぇ……」

 思わず戦いも忘れてちょっと引いてしまう。
 痛みで興奮するって……もしかして、被虐趣味のひと? そういえば、リュイスちゃんに殴られた後にもちょっと笑ってたりした気はするけど……あれ、そういう意味だったの?

「あぁ、あぁ……なんという素晴らしい出会いなのでしょう。私に痛みを与えられる方と、一日に二人も巡り合えるとは……! しかも……この、斬られたことに気づけないほどの傷の鋭さ……それに、そこから一斉に走る、焼け付くような痛み……これは通常の傷の痛みだけではなく、集約されたアスタリアの生命力によるものでしょうか……? あぁ、とにかく、本当に素晴らしいです、お嬢様……!」

「いや、あの、はい」

 どうしよう。こういう時なんて言ったものだろう。わたし分かんない。

「さぁ、もっと……もっとその痛みを味合わせてください……! この端女はしために、貴女様の鋭い刃を、もっと……――!」

 そこで、不意に違和感を――嫌な予感を覚えた。何かは分からないけど、全身が警戒している。反射的に後退する。すると――

「――ずいぶん楽しそうじゃねぇか、陰気女」

 ドシュ――!

「……え?」

 何が起こったかすぐには分からず、間抜けな呟きが口から漏れてしまう。
 目の前で、興奮しながらこちらに詰め寄ろうとしていた雷の魔将、ルニア。その彼女の胸の中心から……何かの冗談のように、何者かの細い腕が、唐突に生えていた。
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