カラスの鳴く夜に

木葉林檎

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出張編

1話

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‌ 
普通とは一体何なのだろうか…?

たまにふと、考えることがある。
私の今の生活はきっと周りから見れば普通ではないのだろうが…
私からすればその普通の生活をしている人達の方がよっぽと普通では無い…。

平凡に過ごして平凡に生涯を終えることが普通だと言うのならば
私の今の環境はどんな言葉で表現されるのだろうか…。


***

朝から鳴り響く目覚ましを止めて今日も仕事へ向かうために準備をする。

引っ越してきてからというもの
同じマンションに住んでる社長と一緒に出勤することが当たり前になっていた。

それに私が遅いと社長はわざわざ部屋まで迎えに来てくれる。
流石に申し訳ない気持ちになるので社長が部屋に訪れる前に
私はエレベーターの前で待つのが日課になった。

「おはようございますっ!」

「おはよう。」

朝からこうして会えることが
どれだけ幸せなことかを私は知っている。


車に乗り自然と2人きりの空間になるが
いつもずっと何か話してる訳では無い。
何も話さなくても一緒にいれるだけで、心地よいこの関係に私は嬉しく思う。

職場に到着すると
社長は慣れた手つきで事務所の鍵を開けた。

前の事務所では私が1番遅く出勤していたのだが
今は社長に扉を開けてもらって入るから
一番乗りが当たり前になってきている。

タイムカードを押したあと
私はそのまま事務所の掃除を始める。
社長は椅子に座って今日の予定を確認しつつ、顧客名簿を見ながら私に声を掛けてきた。


「梨乃、悪いが清水洋平しみず ようへいについてちょっと調べてくれないか?」

「清水洋平ですか…?
ちょっと待ってくださいね。」

持ってたモップとバケツを置いて私はすぐに言われた通りパソコンで調べる。

「えっと…そうですね。
返済日が2日過ぎてます。」

「何回目だ?」

「何の連絡も無しに利息さえも払いに来てないのは今回で3回目です。」

「じゃあ家に行くしかないな。
俺のメールに住所送っといて。」

「わかりました。」

住所を調べ社長の携帯に送る準備をしていると
事務所の扉が開き「おはようございまーす」と、元気な黒崎さんが出社してきた。

私は軽く挨拶だけ返してそのまま作業を続ける。

掃除が途中なのに気付いた黒崎さんは
モップを手に取り
代わりに掃除の続きをしてくれた。

「社長!携帯の方に住所を送りました。」

そう伝えて、私は慌てて黒崎さんに駆け寄った。

「ごめんなさい…!」

「あーいいよ、俺がする。
かわりにコーヒー作っててくれないか?」

私は言われた通り
コーヒーメーカーにコーヒー豆と水を入れてセットする。

「毎朝俺が掃除してたのに
最近梨乃が社長と出勤するから
なんかいつものルーティン取られた気がするんだよなー…。」

そう言いながら慣れた手つきで掃除をし始める。

「ふふ、でも前は黒崎さんに
もっと早く出勤して掃除しろって言われてましたけどね?」

「そうだったかー?忘れた。」

私は笑いながらマグカップにコーヒーを注いで社長と黒崎さんのデスクに置いた。

「おい、黒崎。
返済が遅れて連絡も繋がらない債務者がいるからお前も準備しててくれ。」


「誰っすか?」

「清水洋平です」

社長の代わりに私が返事を返す。


「清水の野郎またかよ…
あいつ3回目じゃないっすか?」

黒崎さんは誰がどれだけ借りているか
何回返済が遅れたとか、そういう事は殆ど調べなくても頭にインプットされていて尊敬する。


「梨乃、影山が来る前にメール送って伝えててくれ。」

普段の回収は2人1組で取りに行くのが決まりなのだが
直接、家にまで取りに行く場合は
逃げられた時にすぐに捕まえられるようになるべく4人で向かうようにしている。


「影山さんならそろそろ来るんじゃないですか?」
私は腕時計をチラッと見て答えた。

するとタイミングよく影山さんが「おはようございます」と、言って入ってくる。

「おっ、本当だ!すげーな梨乃、エスパーかよ!」
黒崎さんが笑いながらそう言ったあと影山さんにも清水のアパートに行く事を伝えた。

それから30分後。
社長が運転する車で私達は清水のアパートへ向かった。


まずは普通にインターホンを鳴らす。
そして次に私が名前を呼んでみた。
男よりもこんな時は女が声をかける方が出てくる可能性が高いからだ。

社長は静かに外にある電気メーターをじっと眺めている。

「電気止められてるな」
社長はそう言ったあと次にドアノブをゆっくり回した。
どうやら鍵は掛かってないようで扉は簡単に開く…
社長は何も言わずに1度扉を閉め

「おい、離れてろ。」と、私達を見て言った。

闇金などに手を出している人間は
鍵はもちろんのことチェーンも掛けていることが多い。
ただ鍵があいてるということは
開けた瞬間襲って来るか
もしくは…
逃げる必要がなくなった人間という事だ。

「俺が確認します。」
そう言って黒崎さんが1歩前に出て身構えた。
社長は静かに頷き
次の瞬間、勢いよく扉を開ける。
すると、みるみる黒崎さんの顔色が変わってく…

どうやら、逃げる必要がなくなった人間だったようで…
ぽつりと「社長、っす。」と黒崎さんは呟いた。

X…簡単に言うと
中の人…清水は亡くなっていたという事だ。

それを聞いた社長はため息をつき静かに扉を閉めた。

「車に戻るぞ。影山…警察呼べ。」

私達は警察が到着するまでの間に社長の車の中で待機した。

扉の先は大体は予想できる。
扉を開けて直ぐに死体があったということは…きっと首を吊って亡くなっていたんだろう。

第1発見者ということで警察署に連れていかれ取り調べをされる。

私や影山さんはすぐに解放され
そのあと遅れて黒崎さんも警察署から出てきた。

だけどこういう時は大抵、社長だけはいつも遅い。

きっと警察に目を付けられているからだろう…。

「先に戻って清水の実家など調べておきましょうか?」
私が時計を見てそう言うと

「それなら梨乃ちゃんは社長が来るの待っていてあげて?
黒崎さん、俺が先に帰って調べておきます。」

影山さんがそう言って車からおりて先に事務所へ戻っていく。


Xの後の大体の流れは殆ど決まっていて
借りた本人が亡くなったと言うのならば
生きてる身内に借金を払わせるだけだ。

「社長…大丈夫かな…?」

あまりにも遅くて私は1人呟いた。

「ん?大丈夫だろ。
余りにしつこい警察だと社長も弁護士呼ぶだろうし。」

「そう言えば……
黒崎さんも大丈夫ですか?」

「何が?」

「だって久しぶりでしょ…?直で見たの…。」

「ああー。まあな、でも俺はもう慣れてる。
初めの頃はすげぇ怖かったんだけどな。
人間ってそのうち見慣れてくると死体でもなんでも
またか、この後の事がめんどくせえなー…とかそういう風に思えるようになるんだよな。」

「そうですね、」

「でも梨乃は初めから
きゃー!とかうわー!とか悲鳴さえ上げなかったじゃねえか、それの方がビビったよ。」

「そうでしたっけ?忘れました。
でも怖いと思わなかったのは…
全くどうでも良い相手だったからだと思います。
もし身近な人だったら
私も間違いなく大きな声を上げてるだろうなって…。」

「…ハハッ、それは間違いねえな。」


私たちはそのあと、社長が戻ってくるまで特に話すことも無く静かに帰りを待っていた。


***



何時間ぐらい待っていたのだろう…。
社長が警察署から出てくるのが見えて
私は車の助手席から飛び出し社長の元へ駆け寄った。

「社長…!」

「おう、待たせたな。」

社長は後部座席をあけて
「黒崎、運転してくれ」

そう言って黒崎さんを運転席へと移動させた。

「梨乃、先に乗れ。」

私は言われた通りに後ろの席へと乗り込む。

すると黒崎さんが静かに話始めた。

「社長お疲れ様です。
さっき影山から電話があって清水の実家の住所を見つけたって言ってました。
電話したら葬式もその実家だと…」

「わかった。
じゃあ今日はこのまま清水の実家に行くぞ。」

「はいっ。」

私はそのやり取りを黙って聞いていた。

車が動き出すと社長が私の手をそっと握ってくる。

「取り調べ室…寒かったですか?」

社長の手はとても冷たかった。
私は温めるように社長の手を掴み息を吹きかける。

「こっち来て…」

運転している黒崎さんには聞こえないぐらいの声で社長がそう言ってきた。
私は手を握ったまま社長の傍に近付く。

「社長…?顔色悪いですね…。」

「疲れた…」

そりゃ無理もないだろう。
ずっと寒い中で関係ないことまで
長時間尋問されていたに違いないんだから…。
冷えた指先もなかなか温まらない。

社長は私の肩に頭を乗せて少し休む。

「夏も終わって秋からそろそろ冬になってきましたね…。
こんなに寒いと皆でお鍋でもしたいですね…?」

そこまで大きな声じゃなかったけれど
黒崎さんの耳に届いたようで、運転席から
「おっ、いいねー。
事務所にガスコンロ用意して鍋でもすっか?」と、話に乗っかってくる。

「もしするとしたら何鍋にします?」

「そりゃ、キムチ鍋一択だろ!
ねっ?社長!」

「しゃぶしゃぶが良い」

「しゃぶしゃぶって…
ポン酢の味しかしないじゃないっすか!」

「キムチ鍋だってキムチの味しかしねえだろ。」

「それがいいんじゃないっすか!」

2人のくだらない言い合いに私は思わず笑ってしまう。

「なに笑ってんだよ!
そんな梨乃は何鍋がいいか言ってみろよ!」

黒崎さんがバックミラー越しで私を見ながら眉間に皺を寄せている。

「ふふ、ごめんなさい…。
なんか二人の言い合い聞いてると
本当に幼馴染なんだなって思って、
私はなんの鍋でもいいんですけど
影山さんにどっちがいいか聞いてみたらどうですか?」

「いや、鍋なんだからやっぱりキムチ鍋だろ!」

「しゃぶしゃぶの方がいいに決まってんだろ。」

また2人がその話で口論し出すから
私は今日も平和だな、なんて思いながら
笑って2人のやり取りを聞いていたのだった。


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