ファイアーボールが得意の大学生ちゃん

にぃ

文字の大きさ
1 / 4

ファイアーボールが得意の大学生ちゃん Ⅰ

しおりを挟む
 大学生活にもようやく慣れ、一人暮らしも二年目に突入しようとしている。
 大学から近いアパート。家賃は若干安くあちこち家具は痛んでいるけれど、この部屋にも愛着が湧いてきた。
 順風満帆で静かな俺の一人暮らし生活は——

「——最古の煌めきより創出されし朱よ。赫灼たる煌めきを映し出す咒力の影よ。現世に蘇りし光となりて、今ここに放たれん! 穿て……ファイアーボール!!」

 先日より隣に住み始めた魔導士の女の子によって掻き乱されることになるのであった。






 言っておくけど俺は異世界の住人とかじゃないよ?
 東京に住む普通の大学生だよ?
 剣と魔法の世界はラノベの中だけの話だけだよ?

「またやってるよ……星見さん」

 星見夜空ほしみよぞらさん。
 先週から隣に住みだした女子大生。
 田舎から上京し、大学進学と共にアパート暮らしを始めたみたいなのだけど……

「——東京は魔力の粒子が乱れているみたい。私のファイアーボールは今日も不発かぁ」

 この人、いつも夕飯前の時間くらいに呪文詠唱を始めちゃうちょっと不思議ちゃんなのである。
 昨日も夕飯作成中に急に呪文が聞こえてきた時はフライパン落とすかと思っちゃったよ。
 いやね、わかるよ? 一人暮らしでテンション上がっちゃってついつい呪文詠唱しちゃったんでしょ?
 カメ〇メ波の練習みたいなものだよね。うん。わかる。とってもわかる。

 でも星見さん。
 このアパート、壁が薄いんよ。
 話し声とか独り言とか普通に聞こえるんよ。
 どうしよう。そのこと伝えてきた方がいいのかなぁ? でもまともに話したことないからなぁ。引っ越し挨拶に来てくれた時に一言会話しただけだし。

「(あっ、そうだ)」

 否が応でも壁の薄さを知ってもらえばいいんだ。
 例えば——

「よし、もう一回! 最古の煌めきより創出されし朱よ。赫灼たる煌めきを映し出す咒力の影よ。現世に蘇りし光となりて、今ここに放たれん! 穿て、ファイアーボール!」

 今だ!

「ぐ、ぐわあああああ! も、物凄い魔法だぁ! や、焼け死ぬぅぅ!」

 と、まぁ、こんな感じ。
 俺の迫真の演技がきっと星見さんにも届き、今さら顔真っ赤にしていることだろう。
 うんうん、良いことしたな。恥は一瞬だけだよ星見さん。俺も今日のことすぐ忘れるから。


    バタバタ……ドタドタ……っ!


 ん? 壁の向こうが急に騒がしく——


    ピンポーン! ピンポン、ピンポン!


 うぉう!? 急にピンポン連打!?
 壁薄いんだから他の部屋にチャイム音聞こちゃうっつーの!

「はいはいはい! どちらさ——ま?」

 慌ててドアを開けると、そこにはダボダボのピンクTシャツと同色のハーフパンツを履いたショートヘアの女の子が立っていた。
 この生活感丸出しの女子こそ、先ほど呪文を詠唱していた魔導士、星見夜空さんであった。

「あ、あのあのあの! お兄さん!」

「は、はい!?」

 急に『お兄さん』呼ばわりされて動揺してしまう。
 確かに1年だけお兄さんだけど……
 って、そんなことはどうでもいい。
 急に訪ねてきて、一体どうしたんだ?

「あの!!!」

「はい!?」
 
「——私のファイアーボール、来ていませんか!?」

「……はい?」

「間違えました! 私の魔法が壁を貫通してお兄さんに当たりませんでした!?」

「……あっ」

 そういうことか。
 俺がファイアボールを被弾したような声をあげたものだからこの子は心配してきてくれたのか。
 ここは心配かけないように小粋なジョークでもプレゼントしてあげるか。

「大丈夫。あの程度のファイアボール俺には通じないよ」

 意味不明な強者感を設け、彼女を安心させる。
 ……つもりだったのだけど、彼女が瞳を潤ませていることに気が付いた。

「し、心配です! 私のファイアーボールは毒効果があるのでこの後徐々にお兄さんの身体を蝕んでいくはずです!」

 付与効果強烈だな。
 火属性なのか毒属性なのかはっきりしろ。

「い、今すぐ治療させてください! すぐに秘伝の薬持ってきますので!」

 それだけ言い残すと、星見さんは自室に駆け込んでいった。
 俺はその様子を見送りながら少し冷静になっていた。

「(大学生にもなってあそこまでの中二病はちょっとやばいかもしれないな)」

 ちなみに俺にも中二病の時期は在った。当然在った。
 でもさすがに卒業して今は真人間になったつもりだ。
 だけど、もし俺が今でも中二病のままだったら……
 おれも彼女と同じようになっていたかもしれない。

「(なんだか他人事には思えなくなってきた)」

 元中二病として今も同じ病を患っている彼女を救ってあげたい。
 俺の悪乗りのせいで『自分は魔法が使えるんだ』って本気で思ってしまわぬよう少し現実をみせてやるか。

「お、お兄さん! お待たせしました! 毒で死んでいませんか!?」

 随分即効性の高い毒だなぁ。

「あー、星見さん? 実は俺ファイアーボールに被弾していないんだ」

「えっ!?」

「ていうか魔法なんか飛んできていない」

「えぇっ!?」

「更にいうと、この世にファイアーボールを飛ばせる人間などいない」

「えええっ!?」

 あからさまにショックを受けている。
 この子、本気で魔法を夢見る少女だったんだな。もう少女って年じゃないかもだけど。
 でも良かった。これでこの子は今日から現実に目を向けることができるんだ。

「つ、つまり……」

「うん」

「私の適性は……魔法ではなく……剣だった!?」

「なんでそうなる!?」

「剣に魔法を込めて戦う……魔法剣士だった!?」

「魔法要素残してきやがった! 違うからね!? 魔導士でも剣士でも魔法剣士でもないからね!?」

「じゃあ私はなんなのですか!?」

「あえて言うなら村人Aだよ! 戦場に出ない普通の女子大生だよ!」

「部屋で魔法詠唱を行う女子のどこが普通だというのですか!」

「自分で言うな!」

    ぐぅぅ~~

「それよりお兄さんの部屋からいい匂いしますね。これからお夕飯ですか?」

「急に村人Aっぽいセリフ言ってきたな!? そうだよ! これから夕飯だよ!」

「私も一緒に食べていいですか?」

「自由だな!? お前!?」

 もう何が何だか分からないまま、俺は自称魔導士且つ剣士且つ魔道剣士の村人Aを部屋に招きいれることにした。
 ちなみに今日の夕飯はカツカレー。
 彼女はとても幸せそうにお代わりを要求してきたのでカツをオマケしてカレーに乗せてあげた。

 たぶんそれがキッカケだと思うだけど……

 この後、なぜかめちゃくちゃ懐かれてしまったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...