ファイアーボールが得意の大学生ちゃん

にぃ

文字の大きさ
2 / 4

闇の書物が大好物の大学生ちゃん Ⅱ

しおりを挟む
「——天鼓の霹靂。天空に昇りし氷塊の粒子よ。今こそ我が御霊に宿りしまたえ。穿て! サンダーボール!」

    ピンポーン

「お兄さん。私のサンダーボール来ませんでした?」

「うちに来る度いちいち呪文を唱えなくていいから」






 隣の部屋の住民、星見夜空ほしみよぞらさんとの邂逅から早1ヶ月。
 この子は夕食時になると毎日来るようになっていた。
 つまりの所、夕飯に在りつこうと俺の部屋にやってくるようになったのだ。
 俺もこの子が来ることを常に想定するようになり、毎日二人分夕食を作ることが習慣となっていた。

「ほら。夕飯できるから皿並べろ」

「はーい! ん~! 今日もいい香り。お兄さんは料理の天才ですね」

「はいはい。お世辞でも嬉しいよ」

「ちなみに私は魔法の天才です」

「今日はサンダーボールだったな。一体いくつの属性の魔法を操れるんだ? お前」

「えへへ。天才だから全属性です♪」

 こんな感じで意味不明な話題で盛り上がれるので楽しいっちゃ楽しい。
 1ヶ月前はコイツの中二病を何とかしてやろうと考えたこともあったが3日で挫折した。
 コイツの中二魂は根っからのもので俺がどんなに現実を見せようとしてもまるで聞いちゃくれないのだ。
 なので適当にコイツの話に合わせて俺も楽しむ方向に落ち着いた。

「お兄さんお兄さん」

 星見さんが見上げるようにしながら俺の袖をグイグイ引っ張る。
 年の近い妹が出来たような感覚は少し嬉しいが、さすがにちょっと気恥ずかしいな。

「なぁ星見さん。その『お兄さん』っての止めないか? 一応俺の名前は黒田翼くろだつばさな。黒田でも翼でも呼び方どちらでもいいから」

「んー……」

 星見さんは首を傾けながら悩ましそうに考えている。
 やがて、悪戯っぽい笑みを浮かべつつ本当に邪悪な言葉を俺に投げてくる。

「『黒翼デストロイルシファー』と呼んじゃいますね」

 その場で思いっきりずっこけそうになる。

「うぉぉぉぉぉぉぉい!? ど、どどどど、どうしてその名をお前が知っている!?」

 黒翼《デストロイ》ルシファー。
 それは俺のもう一つの名。
 ……高校時代、中二病真っ盛りだった時にそう自称していただけなんだけど。

「つい書いちゃいますよね『黒の書』。高校時代のお兄さんは中々のプリーストだった模様で」

「うわぁぁぁぁぁっ! 俺の中二日記! 実家に置いておくと家族に見つかると思ってこっちに持ってきてたんだったぁぁぁっ!」

「こういう闇の書物、大好物です。お兄さんのベッドの下を漁っていたら出てきました」

「勝手に男のベッドの下を漁るなぁ!」

「大丈夫ですよ。私が興味を示したのは黒の書だけでしたから。女体の裸が記された書物には触れていませんよ」

「うわぁぁぁぁぁぁん!!」

 俺の全てが詰まっていたベッドの下の空間はあっさりと彼女に侵略されていた。
 もうお婿にいけない。ぐっすん。

「星見さん! それ返して! 燃やすから! 今すぐここで燃やすから!」

「えー、いいじゃないですか。勿体ない」

「星見さん! その本に対してファイアーボールだ!」

「ポケ〇ンみたいに命令されてもしませんよーだ……ふむふむ、お兄さんは召喚魔法が得意だったみたいですね」

「読み始めるなぁっ! か、返せ!」

 星見さんに覆いかぶさるように手を伸ばし、黒の書見られたくない過去を奪い返そうとする。
 所々身体が触れ合うが今は女の子の身体の柔らかさを堪能している場合ではない。
 一刻も早く、彼女の手から黒の書を奪い返さないといけない。

 俺は星見さんの右手をベッドに押し付け、全体重を掛けて彼女の動きを封じ込める。
 そしてついに彼女から黒の書を奪い取った。
 よし、後はこの本を燃やすだけ——

「お、お兄さん、その、こ、この体勢は、んと、て、照れるなぁ、なんて」

「……へっ?」

 言われ、自分達の状況を客観的に分析する。
 ベッドに押し付けられた星見さん。その上に思いっきり乗っかっている俺。
 更に彼女の細い腕を強引に押さえつけている俺。
 完全に女の子を襲っている男の図がそこにあった。

「ど、どうぞ」

 なぜか目を閉じ、唇を尖らす星見さん。

「うわわわわっ! ご、ごごごごご、ごめん!!」

 慌てて跳び退いて彼女から距離を置く。
 星見さんはゆっくり目をあけて不思議そうにこちらを見つめ返していた。

「あれ? 襲わないのですか?」

「襲わないよ!?」

 さすがにそこまで節操無しじゃない。
 ましてや妹みたいに慕ってくれる女の子に対していきなり野獣になるなんて失礼な真似したくなかった。
 俺は模範的なお兄さんで居たいのだ。

「お兄さんって硬派なんですね。そういう所も私は良いと思いますよ」

 良かった。俺の対応間違えてなかった。
 一時の感情に流されて取り返しのつかないことをしてしまうところだったぜ。

「……まぁ、私的にはルシファーの眷属になることはやぶさかではないですので。血が欲しくなったらいつでも仰ってくださいね」

黒翼デストロイルシファーは別に吸血鬼一族って設定じゃないからね」

 ごまかし合うように照れ笑いする俺と星見さん。
 この後、思い出したように慌てて夕飯の準備を行い、ルシファー特製シチューをごちそうしてあげるのであった。






 ……お兄さん。
 ……黒翼ルシファーさん。

 私は家に帰った後、真っ暗な部屋で悶々と先ほどの出来事を思い出していた。

 私が見つけた黒の書を取り替えそうとして、たぶん無意識だと思うけどお兄さんは私に距離を詰めてきた。
 手を拘束されて、ベッドに押し倒されて、一瞬だけど視線が交じり合って……
 このまま襲われてしまうかもと思った時、全然恐怖なんてなかった。
 むしろ私は自分からキスを求めていたような……?

 まぁ、その、なんというか……
 物凄く——
 ドキドキしてしまった。






 私に関わろうとする人は自然とあちらの方から距離を取っていく。
 魔法が好きで、今でも本気で魔法が打てるって信じている夢見がちな私は、未だその夢から覚め切れないまま大人になってしまった。
 大学生にもなって何をやっているんだ、とは別に思わない。
 私は私の信じる道を進んでいるだけなのだから。

 でも年を重ねるごとに友達は少なくなっていった。
 そして中学生の頃辺りから私はずっと一人きりになっていた。
 そろそろ夢から覚めないといけないのかなと思い始めたある日。
 私はお兄さんに出会ったのだ。

 お兄さんも最初は私を現実に戻そうとしていたけれど、すぐに挫折したみたいだった。
 だからきっとお兄さんも私から離れていくのだと思っていたけれど——

『よう。今日は遅かったな。とっくに夕飯できているぞ。食っていくだろ?』

 まるで家族のように私を受け入れてくれた。
 離れていくどころか、私を招き入れてくれる人。
 初めてだった。
 夢見がちなままの私を認めてくれて、そんな私に話まで合わせてくれて……
 気が付けば私は毎日お兄さんの部屋にお邪魔するようになっていた。






 ある日、お兄さんがトイレに行っている隙にベッドの下を漁ってみた。
 そして黒の書を見つけた時、私は喜びで震えあがった。

 ——ああ、この人も私と同じだったんだ。

 その事実は今の私にはとてつもなく救いになって……
 そしてお兄さんのことをもっともっと知りたいと思うようになったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...