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短編用
2 お待ちしておりました!
しおりを挟む私は一歩を踏みしめるように、王子達の前へと歩きました。
ホール内はクスクスと嘲笑う声や、ヒソヒソと耳打ちし合う声もありますが、音楽も止まってしまって、歩くヒールの音さえ響きそうでとても緊張いたしました。
「クレア・ティレット、お呼びにより御前へ参りました」
バッグを持っていてもカーテシーくらいは出来ますが……。
言わなくてもわかるだろうとでも思っていらっしゃるのでしょうか?王族を前にそのような事はできませんのよ。早く顔を上げる許可をいただけないかしら。
「チッ。…良い。楽にせよ」
あらあら、今舌打ちが聞こえたような気がします。皆さんまでは聞こえていないようですが、なんてお行儀が悪いのでしょう。
内心そう思いながらも、私は顔を上げ王子を見つめました。
王子は煩わしそうに私を見下ろしていますが、低い位置にいる私からはどうにも縋るような視線になってしまいます。
「第一王子であるナサニエル・マクローリンと、クレア・ティレット伯爵令嬢の婚約をこの場で破棄する!」
王子は、静まり返ったホールに声高に告げられました。
しかし、これでは足りないのです。
「ナサニエル王子。発言の許可をいただきたく思います」
私は再度頭を垂れて、王子に願い出ました。
「許可する。なんだ」
抑揚の無い声で許可をいただきました。
この気持ちのまま、早口になってはいけません。落ち着いて軽く息を吸い込み、ゆっくり吐きながら姿勢を戻して王子と向き合いました。
「陛下は承諾されているのでしょうか?」
「陛下は関係ない。私自身の婚約だ」
「そう言われましても、これは王家と伯爵家で決められた婚約です。陛下の承諾が無い限り破棄するわけにはまいりません」
正当な理由を述べましたが、王子は口の端を持ち上げ、それはもう愉快だと言わんばかりにふっと笑みを零し、続けました。
「私は今、陛下よりこの国を任されている!この婚約破棄は陛下からの言葉と言って相違ない!」
数日前より陛下と王妃は他国へ赴いていらっしゃいますものね。
陛下から全権を任されたという言葉を信じるならば、あともう少しの辛抱です。
「では、こちらに署名をお願い致します」
「なんだ、それは」
「婚約を白紙に戻す、という書類にございます」
私はパーティーバッグから書類と万年筆を取り出し、階段の下へ行くとバッグを床へ置き、王子へと捧げるように掲げました。
頭を下げているので見えませんが、王子は取り上げる勢いで書類を奪い、内容を確認しているのか、数秒の後に万年筆が走る音が聞こえてきました。
「受け取れ」
王子が短くそう言い、私は顔を上げて書類と万年筆を受け取り、床から拾い上げたバッグに万年筆を仕舞い、新しく記された王子の署名を指でなぞりました。
「そんな未練がましい顔しないで下さる?私の方が悲しくなってしまいますわ」
蔑んだ声色で、悲しくなると言う言葉とは裏腹にころころと笑うヴィクトリア嬢。
ですが、今の私には先程ホール内であった囁きと等しく、聞こえていても気にならないものでありました。
何故なら、その署名が有効であるのか確認していたのですから。
「おい。要件は済んだ。さっさと視界から……」
少しばかり怒気を含んだ王子の言葉を遮ってしまったのは、私のせいだと王子の顔を見てわかりました。
目を見開いていて、どうやら驚かせてしまったようです。
それでも…、それでも涙が止まりませんでした。
「ありがとうございます。ナサニエル王子」
「…なにを……」
私は精一杯の笑顔と感謝を王子に向けましたが、王子は困惑しているようです。無理はありませんね。
魔法が込められた万年筆、それで書かれた署名が有効と判断されたので、もうすぐ婚約時に契約したものが無効となってしまうはずです。
私は踵を返し、急いでホールから出ようと急ぎ足で向かいました。ですが、退出の挨拶をしていなかったと、王子へ向き直った時、書類が光り始めました。
どうやら時間切れのようです。
念の為と確認していたのが原因だと思いますが、大切な書類ですもの。確かめるのは仕方のないことだと思います。
面倒な事になるかと思いますが、必要な事だったと割り切って諦めましょう。
応援ありがとうございます!
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