歌わぬ鯨

高山奥地

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ラエが初めてコホラと会ったのはラエが十一歳の時。前の塔長に呼ばれ、連れてこられた応接間で魔法戦をした。

コホラは綺麗な金色の髪をしていて、一目でこの辺りの人ではないと分かった。まるで配達人みたいな目鼻立ちだ、と思ったのをラエは覚えている。

「魔法戦の規約はこれ」

コホラの頭を撫でながら塔長が言った。頭に直接規約を入れているのだと分かった。知らない情報が頭にいきなり入る感覚がラエは苦手だったのでゾワゾワしながらそれを眺めていた。

「では、始めなさい」

魔法戦用の魔法陣の布が敷かれて魔力液の瓶が渡されて、塔長の声がした。

魔法空間に降り立つと同時にコホラは翼を広げ、飛びかかってきた。寸前でラエが防御壁を作った。土の防御壁をコホラの氷刀が切り裂き、ラエは後退しつつコホラの来る方向に防御壁を配置した。

コホラの行く真正面に防御壁を作るがコホラは凄まじい飛行技術でそれを次々にかわしていった。

魔法空間を逃げ惑いながらラエはコホラを退ける策を探した。

「いい勝負をする」

塔長が話すのが聞こえた。塔長の側にいた人が言葉を返していた。

「あのラエが防戦一方じゃないか。彼強いな」

コホラがラエの防御壁を避けながらラエを追いかけてきた。

ラエはコホラの翼を攻撃すべく石針を差し向けた。いくつも石針を出して攻撃するがコホラに当たらず、絶妙な角度、距離でコホラは石針を避けてラエに近付いてきた。

いくら石針でコホラを追尾してもコホラは逃げ切ってしまっていた。そのままラエに近付いて行くコホラ。

唐突にコホラの魔力液の瓶の中身が爆発した。

魔法空間から現実に引き戻され、ラエはコホラが魔力を扱い慣れていないのだと知った。魔力液の瓶の中身が爆発するのはストレスがかかっているときである。初めての環境で、初めての魔法戦は相当にストレスだったのだろうと分かった。

ラエは自分の魔力の消費量を確認した。九割五分も消費されるのはなかなかないことだった。特に同年代と魔法戦をしてここまで追い詰められることはほとんどない。

「塔長!彼すごいです!」

興奮気味に塔長に伝えると塔長は笑ってラエを撫でた。それからコホラに言った。

「素晴らしい魔法戦だったね。君は合格だ」

そしてラエは応接間から外に出された。

ラエはそれから度々コホラと魔法戦をするようになった。

「君、名前は?」

「コーリャ」

「コオ……?」

「リャ」

「ラ?」

「あー、うん。それでいいよ」

「じゃあコホラって呼ぶ」

「コホラ?なんで?」

「コホラは『ザトウクジラ』って意味だよ」

魔法使いなら誰でも知ってる共通の古代語を交えてラエは教えた。コホラはザトウクジラを見たことがないと言った。

「じゃあ今度、海に見に行こう。ザトウクジラは歌を歌うよ」

結局、まだザトウクジラを見に行ったことはない。その時の塔長にコホラを塔の外に出さないよう言われたからだ。

ずっと違和感はあった。ラエはコホラとその周囲の違和感に気付かないようにしていた。コホラがそこに触れてもらいたくなさそうだったからだ。

だからその違和感が何なのか、ラエは敢えて言語化していない。

また、ラエはコホラの初めてが欲しかったとは考えない。そんなのは傲慢だと思うからだ。ラエの初めての人はコホラだったけれど、人はたった一人の人のために生まれてくるわけではない。様々な人と関わる中で人は磨かれるものだから。

そう思ってラエはコホラの最初の男になれなかったことに対する嫉妬を抑えていた。

ラエは魔法戦を体験するまでは平凡な魔法使いだった。火山のふもとの塔に近い村から無差別に選出された魔法使い見習いの一人。魔法戦を体験してラエの世界は変わった。

畏怖と尊敬、そして羨望。

初めて向けられる感情に戸惑い、それでも魔法戦の魅力にとりつかれていった。

いくらでも強くなれる。いくらでも高く飛べる。

コホラと何度も魔法戦をする中で自分がどんどん成長していくのを感じた。

互いに魔法戦が好きだから飽きもせず何度も魔法戦をやってきた。他の人が遠巻きに送る様々な感情よりも、コホラとの魔法戦の方がラエには色鮮やかだった。コホラは対等でいてくれる。魔法戦に飽きたりしない。

ラエにはコホラがお気に入りだった。まさか身体まで繋げることになるとは思っていなかったが、繋がってしまえばそれは自然なことに思えた。そうなってしまえばコホラを好きになることさえ、当たり前のことだった。

だから嫉妬してしまうのも当たり前ではある。ただ、恋人以外からの嫉妬はひたすら面倒くさいものでしかないだろう。恋人からの嫉妬だって面倒な時があるらしいから。

だからラエはコホラへの嫉妬心をずっと抑えようとし続けている。
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