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コホラは島の北へ向かった。自分が初めてこの土地に着いたとき、最初に降り立ったのも島の北側だったから。
コホラは凍土の丘の塔の魔法使い達が飛行しながら隊列を変えているのを見つけた。人数は百人ほど。
火山のふもとの塔の魔法使いが合計で三百人ほどである。凍土の丘の塔と規模はほぼ同じであるから、凍土の丘の塔は全体の三分の一もの人をこの行進に費やしたことになる。
コホラは地上の森の中に降りる。
コホラは凍土の丘の塔の魔法使い達がどれほどの覚悟でこの地に来ているのかが一瞬よぎったが相手を思い図る思考に陥る前に魔法を使った。
火山のふもとの塔と言われるだけあって塔の北側には火山がある。コホラはその火山のマグマを魔法で引きずり出すと凍土の丘の塔の魔法使い達の隊列を変えているところにぶつけた。
何かを新しく生成するより既にあるものを動かす方が魔力の消費は少ない。とはいえ、コホラの残りの魔力ではこれが精一杯であった。
効果は十分あったと言える。
不意を突かれた凍土の丘の塔の魔法使い達はあるいはそのままマグマに飲まれ、あるいは凍土での癖で氷の防御壁を作り水蒸気爆発を起こしていった。
コホラは敵の魔法使いがどのくらい残っているか観察した。地面には怪我人もいるだろうが、負傷せず空に残っているのは三十名ほど。
コホラは森に隠れて息を潜めた。後は逃げる程度の魔力しか残っていない。塔の他の魔法使いに任せるしかない。
火山のふもとの塔の人達はその頃、会議をしていた。『空降ろしの儀』の役目を担っている若手達以外の、お偉方が作戦を立てていた。
「おそらく塔の魔法防壁が解かれる『空降ろしの儀』を狙って敵は攻めてくるだろう。魔力液の精製室と塔頂部の魔力の受け皿は死守しなければならない」
「敵は凍土の丘の塔の魔法使い達だ。飛行術を駆使するだろう。下手に空中に出ず、塔の中から向かい打つが良かろう」
「『空』を穿つ役目のラエは大丈夫かね」
「『空』を穿つ大役だ。道具の『空穿つ槍』はそうそう作成できぬし、敵がわざわざ魔力の作り手となるラエを狙う可能性は少なかろう」
会議が終わり『空降ろしの儀』において役目のないものもいくさのため位置に着いていく。
やがて、『空降ろしの儀』が始まった。
塔の頂点は凹んだような形になっている。凹みの底には穴が開いていて魔力液の精製室へと繋がっている。『空』を刺して血を流れさせ、この塔頂部に『空』から流れる血を出来るだけたくさん落とすのがラエの役目である。
いつもの『空降ろしの儀』以上に塔頂部の警備はものものしい。凍土の丘の塔の魔法使い達を警戒しながら、『空』を誘い出すための煙が焚かれる。『空』が好む匂いなのだというそれに誘われて『空』が降りてくるのが見えた。
辺りは既に暗くなりつつある。『空』はその中でも一層黒く深く見えた。
『空』を近付けるために魔法防壁が解除される。途端に凍土の丘の塔の魔法使い達があちこちから向かってきた。
ラエ以外はそれと戦っている。
ラエは不思議な気持ちがした。別の世界にいるように自分だけは『空』を穿つために槍を持っている。
『空』の肌を切り裂く。槍は面白いくらい切れ味が良かった。『空』のおびただしいばかりの血が塔頂部に落ちていく。血塗れになりながらラエは『空』を切りつける。『空』の血は青黒い。
あまりにも大きな『空』は煙に恍惚していて痛みに気付かない。
凍土の丘の塔の魔法使いと仲間が戦っている。
ラエは自分だけ切り離されたような気分だった。
『空』を槍で切り裂くこと四回。おびただしい青黒い血が塔頂部に流れ落ちた。
ラエはこれで最後と『空』を深く穿った。『空穿つ槍』が魔力の限界に耐えきれず消える。
一際すさまじい血の流れ、これらの血は魔力液の精製室で魔力になっていくことだろうとラエは思った。既に魔力液が十分に作られているかもしれない、とも。
何故なら仲間の魔法の威力が増しているから。
凍土の丘の塔の魔法使い達が一掃されていく。
不意にラエは殺気を感じてそちらを見た。一人の敵の魔法使いがこちらに向かっている。ラエは魔力を使いきっている。
ラエは死を覚悟する。魔力がなければ勝ち目はない。
その時、目の前にコホラが現れた。ラエを庇ってコホラが敵の魔法使いに氷剣で貫かれる。
「コホラ!!」
気付いた仲間が敵を倒していく。何よりこちらの方が数が多いので魔力があればこちらが勝つのは目に見えているのである。
「っ……隠れ、てようと、思ったんだけど……」
コホラが途切れ途切れに言葉を紡ぐ。ラエがコホラを抱き抱えた。コホラに死んでほしくないとラエは思った。それすら、言っていいのかわからない。コホラが死んだらラエは一人だ。ラエはそう思った。どうにかして、コホラを生かしたい。生きていて欲しい。
「コホラ……」
ラエが泣きそうな顔でコホラを見た。コホラが刺された腹部を触る。それから不思議そうな顔をした。
「……、そういえば、お前、前に俺に『死んでほしくない』って言ったっけ?」
「……え」
「腹の傷がなくなってる」
コホラが腹をさらす。魔法誓約によってコホラは生かされたのだと知った。
「俺はコホラに『死んでほしくない』っていつ言ったかな」
「首絞めプレイ最後にした時だな」
コホラが淡く笑う。ラエもコホラの軽口に短く笑った。
火山のふもとの塔は凍土の丘の塔から仕掛けられた戦争に勝つことができたが、魔力も全体の二割は喪失した。凍土の丘の塔はほぼ壊滅的だっただろう。どちらの塔も次にどこかに狙われたらただでは済まないであろう状況ではあった。
しかし、それとこれとは関係ない。
「コホラ、議会から魔法誓約を解いてもらう許可がおりたよ」
ラエがコホラに言う。コホラが微笑んだ。魔法誓約の魔法陣が書かれた書をラエがビリビリと破っていく。全て破ると魔法誓約は解かれた。破った魔法誓約の書が散り散りになっていく。ラエがコホラを抱き締める。コホラがラエの背中に手を添えるように抱き返して言う。
「ラエ、ありがとな」
「コホラ、好きだ。恋人になってほしい」
ラエが耐えきれず告白した。コホラが笑いながら言う。
「俺その前にザトウクジラ見にいきたい。歌うこと見たい」
コホラは凍土の丘の塔の魔法使い達が飛行しながら隊列を変えているのを見つけた。人数は百人ほど。
火山のふもとの塔の魔法使いが合計で三百人ほどである。凍土の丘の塔と規模はほぼ同じであるから、凍土の丘の塔は全体の三分の一もの人をこの行進に費やしたことになる。
コホラは地上の森の中に降りる。
コホラは凍土の丘の塔の魔法使い達がどれほどの覚悟でこの地に来ているのかが一瞬よぎったが相手を思い図る思考に陥る前に魔法を使った。
火山のふもとの塔と言われるだけあって塔の北側には火山がある。コホラはその火山のマグマを魔法で引きずり出すと凍土の丘の塔の魔法使い達の隊列を変えているところにぶつけた。
何かを新しく生成するより既にあるものを動かす方が魔力の消費は少ない。とはいえ、コホラの残りの魔力ではこれが精一杯であった。
効果は十分あったと言える。
不意を突かれた凍土の丘の塔の魔法使い達はあるいはそのままマグマに飲まれ、あるいは凍土での癖で氷の防御壁を作り水蒸気爆発を起こしていった。
コホラは敵の魔法使いがどのくらい残っているか観察した。地面には怪我人もいるだろうが、負傷せず空に残っているのは三十名ほど。
コホラは森に隠れて息を潜めた。後は逃げる程度の魔力しか残っていない。塔の他の魔法使いに任せるしかない。
火山のふもとの塔の人達はその頃、会議をしていた。『空降ろしの儀』の役目を担っている若手達以外の、お偉方が作戦を立てていた。
「おそらく塔の魔法防壁が解かれる『空降ろしの儀』を狙って敵は攻めてくるだろう。魔力液の精製室と塔頂部の魔力の受け皿は死守しなければならない」
「敵は凍土の丘の塔の魔法使い達だ。飛行術を駆使するだろう。下手に空中に出ず、塔の中から向かい打つが良かろう」
「『空』を穿つ役目のラエは大丈夫かね」
「『空』を穿つ大役だ。道具の『空穿つ槍』はそうそう作成できぬし、敵がわざわざ魔力の作り手となるラエを狙う可能性は少なかろう」
会議が終わり『空降ろしの儀』において役目のないものもいくさのため位置に着いていく。
やがて、『空降ろしの儀』が始まった。
塔の頂点は凹んだような形になっている。凹みの底には穴が開いていて魔力液の精製室へと繋がっている。『空』を刺して血を流れさせ、この塔頂部に『空』から流れる血を出来るだけたくさん落とすのがラエの役目である。
いつもの『空降ろしの儀』以上に塔頂部の警備はものものしい。凍土の丘の塔の魔法使い達を警戒しながら、『空』を誘い出すための煙が焚かれる。『空』が好む匂いなのだというそれに誘われて『空』が降りてくるのが見えた。
辺りは既に暗くなりつつある。『空』はその中でも一層黒く深く見えた。
『空』を近付けるために魔法防壁が解除される。途端に凍土の丘の塔の魔法使い達があちこちから向かってきた。
ラエ以外はそれと戦っている。
ラエは不思議な気持ちがした。別の世界にいるように自分だけは『空』を穿つために槍を持っている。
『空』の肌を切り裂く。槍は面白いくらい切れ味が良かった。『空』のおびただしいばかりの血が塔頂部に落ちていく。血塗れになりながらラエは『空』を切りつける。『空』の血は青黒い。
あまりにも大きな『空』は煙に恍惚していて痛みに気付かない。
凍土の丘の塔の魔法使いと仲間が戦っている。
ラエは自分だけ切り離されたような気分だった。
『空』を槍で切り裂くこと四回。おびただしい青黒い血が塔頂部に流れ落ちた。
ラエはこれで最後と『空』を深く穿った。『空穿つ槍』が魔力の限界に耐えきれず消える。
一際すさまじい血の流れ、これらの血は魔力液の精製室で魔力になっていくことだろうとラエは思った。既に魔力液が十分に作られているかもしれない、とも。
何故なら仲間の魔法の威力が増しているから。
凍土の丘の塔の魔法使い達が一掃されていく。
不意にラエは殺気を感じてそちらを見た。一人の敵の魔法使いがこちらに向かっている。ラエは魔力を使いきっている。
ラエは死を覚悟する。魔力がなければ勝ち目はない。
その時、目の前にコホラが現れた。ラエを庇ってコホラが敵の魔法使いに氷剣で貫かれる。
「コホラ!!」
気付いた仲間が敵を倒していく。何よりこちらの方が数が多いので魔力があればこちらが勝つのは目に見えているのである。
「っ……隠れ、てようと、思ったんだけど……」
コホラが途切れ途切れに言葉を紡ぐ。ラエがコホラを抱き抱えた。コホラに死んでほしくないとラエは思った。それすら、言っていいのかわからない。コホラが死んだらラエは一人だ。ラエはそう思った。どうにかして、コホラを生かしたい。生きていて欲しい。
「コホラ……」
ラエが泣きそうな顔でコホラを見た。コホラが刺された腹部を触る。それから不思議そうな顔をした。
「……、そういえば、お前、前に俺に『死んでほしくない』って言ったっけ?」
「……え」
「腹の傷がなくなってる」
コホラが腹をさらす。魔法誓約によってコホラは生かされたのだと知った。
「俺はコホラに『死んでほしくない』っていつ言ったかな」
「首絞めプレイ最後にした時だな」
コホラが淡く笑う。ラエもコホラの軽口に短く笑った。
火山のふもとの塔は凍土の丘の塔から仕掛けられた戦争に勝つことができたが、魔力も全体の二割は喪失した。凍土の丘の塔はほぼ壊滅的だっただろう。どちらの塔も次にどこかに狙われたらただでは済まないであろう状況ではあった。
しかし、それとこれとは関係ない。
「コホラ、議会から魔法誓約を解いてもらう許可がおりたよ」
ラエがコホラに言う。コホラが微笑んだ。魔法誓約の魔法陣が書かれた書をラエがビリビリと破っていく。全て破ると魔法誓約は解かれた。破った魔法誓約の書が散り散りになっていく。ラエがコホラを抱き締める。コホラがラエの背中に手を添えるように抱き返して言う。
「ラエ、ありがとな」
「コホラ、好きだ。恋人になってほしい」
ラエが耐えきれず告白した。コホラが笑いながら言う。
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