聖女ですが運命の相手は魔王のようです

臣桜

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もう一度、ここから

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 この人を、ここまでちゃんと触ったのは初めてかもしれない。

 抱き締めた感触は人と同じで、鍛えられた筋肉があり、呼吸と共に胸部が上下する。

 そして胸の奥では鼓動が高鳴っていた。

 彼は嗚咽し、震えた息を吐く。

「〝君〟に会いたかったんだ……! 〝君〟と恋がしたかった! ずっと待ってたんだ!」

 魂に訴えかけるような悲痛な叫びを聞き、私は泣き笑いの表情で静かに涙を流す。

 三百年、この人はどんな悲しみを抱えて孤独に生きてきたのだろう。

 その途方もない時間、あまたの生命が生まれては消滅しているのに、バルキスは川の中で砂金の一粒を見つけるように私のもとへやって来た。

 今なら、あのはた迷惑な登場の仕方も納得できる。

 地上に生まれた私を見つけた彼は、すぐにでも声を掛けたかったけれど、きちんと恋愛ができる年齢になるまで待とうと思ったんだろう。

 そして十八年私を見守りながら待ち、とうとうその時になって最も印象に残る登場をしてしまった。

 ……ロマンチックだったかと言われると、頷けないけれど。

 けれど、それらも含めてすべての行動にバルキスの想いが籠もっている。

「ずっと待っていてくれたのね」

 私は涙を流して笑うと、彼の黒髪を優しく撫でた。

「あの時の続きをしましょう」

「ああ。もう一度、ここから」

 バルキスは私を見て愛しげに赤い目を細め、笑う。

 燦々と降り注ぐ朝陽が私たちの影を長く伸ばし、一日の始まりと共に私たちの時間が再び動き始める。

 ――と、騒がしい足音が聞こえたかと思うと、ネグリジェ姿のガーネット様と騎士、魔術師たちがドドッと屋上になだれ込んできた。

 彼女たちが呆気にとられるなか、私たちは見られているのも構わずキスをした。



**



「……で、どうするつもりだ?」

 私の向かいに座ったガーネット様は、赤い宝石のついたロッドで私たちを指す。

 私の隣にはバルキスが座り、私の肩を組んで猫のように懐いている。

 体が大きいので、猫と言うより虎だけれど。

「バルキスときちんと向き合ってみようと思います」

「ふーん。まぁ、そいつがランディシア王国に危害を加えず、アリシアが嫌でないのなら、あたしは何も言う事はない」

 そう言って、ガーネット様はロッドの先端で自分の肩をトントンと叩く。

 そんな彼女に、バルキスは脚を組みふんぞり返って言う。

「俺がこの国を害するなどあり得ない。そもそも、魔王が人間の国一つにこだわる訳がないだろう」

「それはそれで、ムカつく答えだな」

 ガーネット様は呆れたように言い、バルキスは私を見てにっこり笑う。

「アリシアになら、どれだけでもこだわるが」

「はいはい」

「思い出しても冷たい」

 ガクリと項垂れたバルキスがいじけたので、私は彼の頭を撫でてあげた。

 思いだしても私の性格は変わらないし、バルキスの態度も変わらない。

 今世での私たちはこうなのだろうな、と思いながら、私は午後のひとときを楽しんだ。



**



 あのあと、駆けつけた騎士によって、繭の中にいた者たちは救護された。

 エネルギーを多少吸い取られていたものの吸血はされていないらしく、彼らは半日ほどで目覚めたあと、しっかり栄養をとって睡眠もとり、いつも通り過ごせている。

 そしてエリックが目覚めたと聞いて、私はハッキリ言わなければならないと思い、彼のもとを訪問した。





 エリックはタウンハウスで療養しているらしく、私は一応王都で有名なパティスリーのお菓子を買い、彼を見舞った。

 寝室に入ると、寝間着の上にガウンを羽織った彼は「アリシア様」と弱々しく微笑む。

 室内にあるソファに座った私は、向かいに腰かけた彼に話す。

「お見舞いのお花とお菓子は、執事に渡しておきました」

「お気遣いありがとうございます。こんな姿でお恥ずかしいです」

 そう言ったあと、彼はキッと表情を引き締めて言った。

「先日は失態をお見せして申し訳ございません。今度こそあの吸血鬼を仕留めてみせます」

 エリックは胸に手を当て、慇懃にお辞儀をする。

「誰がそんなことを頼みました?」

「え?」

 彼は私の言葉を聞き、目を丸くして顔を上げた。
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