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友人2
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「ブリュイエール家の醜聞となりますので、どうかご内密にお願いします」
「え、ええ。わたくしは友人との秘密は守ります。安心なさって」
動揺したようだが、クリステルはシャンパンを一口飲んで気持ちを落ち着けた。
「私はせめてちゃんと謝りたいと思って、あの子……〝アン〟を連れてクリステル様にお会いしたのですが……」
「そう。……そう、……でしたのね」
十年以上前のことを思い出し、ようやくクリステルは納得してくれたようだ。何度も頷き、目には「仕方がない」と子供時代の苦い思い出を呑み込む色がある。
「わたくしはあの時、少なからずショックでしたのよ。ココと仲良くなれたと浮かれて、お気に入りのお人形から一人、あなたに似た子を譲りました。あの頃のわたくしにとって、沢山のお人形は妹のようなものでした。その一人がボロボロになって現れたのですから、とんでもない悪意をぶつけられたのかと思いましたわ」
ふふ、と笑う横顔は、犯人がデジレだった驚きをまだ引きずっている。
「ですが仕方がありませんわね。あの時デジレ様が娘のお人形を切り裂いたと聞いても、きっとわたくしは信じなかったと思います。確かにあの時のココは、本当に申し訳なさそうな顔をして心から詫びていたのに……」
「どうしてあなたを信じなかったのかしら」と、クリステルは唇を歪ませる。
「それであなたはあの時、『もう私に関わらないでください』と言いましたのね。あの頃のわたくしはとてもショックで……。でも、ブリュイエール家にそんな事情があるなんて知りませんでした」
コレットが上手にコミュニケーションをとれなかったことで、クリステルにも多大な誤解を与えていたようだ。
「申し訳ございませんでした」と深々と頭を下げ、クリステルは「よくてよ」と許してくれる。だが二人とも、自分たちの関係がこうなってしまったのは、ひとえにデジレの虐待が原因なのだとひっそり心で恨んでいた。
「事故に遭った直後は、本当に体が動かせず、誰にも連絡ができない状態でした。ジスラン様がそれこそ親身になってお世話をしてくださいました。私はそのご恩に報いようと思って、あの方にすべてを捧げるつもりでした。ジスラン様も私の記憶が戻り家の問題が片付くまでは、私を愛人として側に置いてくださいました。何も分からない状態で婚約者だと言っても、混乱させるだけだから……と」
クリステルの気持ちを分かっていて、コレットはきっぱりと言い放つ。
「……わたくし、社交界に出る頃にはすぐ『ジスラン様が好き』とあなたに言っていましたわよね?」
誤解を丁寧に解こうとしていきつつも、恋慕の気持ちだけは上手にほぐせないかもしれないと、コレットは内心溜め息をつく。だが今のコレットにとって一番大切なのは、ジスランとの生活だ。それを誰にも譲るつもりはない。
「確かに私は先にクリステル様の気持ちを知っていました。私自身誰にも興味を示せなかったところを、たまたまジスラン様にお声を掛けて頂きました。それは誰にも責められない偶然だと思うのです」
胸が酷く痛む。自らクリステルの敵にまわることなどしたくない。
幼い頃から少し高飛車ながらも自分に親切にしてくれたクリステルを、コレットは好ましく思っていた。
当時から父は相変わらずで、コレットにほぼ自由はない。父とオーブリー伯が会う時だけ、コレットは年相応の娘になれていたと思う。そういう意味では、クリステルもまた恩人なのだ。でも――。
「……本当にすみません。私のようなつまらない子に優しくしてくださったクリステル様を、裏切るつもりなどなかったのです。ですが私はもう……」
思い詰めたコレットの目に、涙が浮かび上がる。
泣いて相手を困らせるなど、卑怯者のすることだ。
そう思って化粧が崩れないよう目元を拭い、ここであってなかったかもしれない友情が終わってもいいと、コレットは立ち上がった。
クリステルの目の前に跪き、真っ直ぐ彼女を見つめる。
「心からお詫び申し上げます。ですが、私はどうしてもジスラン様を誰にも譲るつもりはありません。あの方がいなければ、私はいまも父に虐待されたままでした。あの方は、私のすべてなのです」
――あぁ。
――自らの過去を曝け出し、哀れを装ってまでジスランを択ろうなど、なんて醜い。
――それでも私は……。
「申し訳ございません」
深々と頭を下げたコレットを、クリステルは少し力の抜けた目で見つめていた。
そんなクリステルのつま先をじっと見つめ、どれほど経っただろう。
「……よろしくてよ」
ポン、と肩に手が載せられ、コレットは「え?」と顔を上げる。
「あんなに大人しかったあなたが、ここまでして一人の男性に執着するなんて驚きですわよね。もう、私のあとをついて歩いていた小さなココではありませんのね。いつの間にあなたは……、一人の立派な、恋するレディに成長していた……」
肩に置かれていた手が、コレットの頭を撫でた。
姉が妹にするようにいい子、いい子と。
「う……っ、ク、……リステル様っ」
ジスランや家族のこと以外で泣くなんて、きっと初めてだ。
それにこれは、今まで散々流した絶望の涙とも、快楽の涙とも違う。友人から労りを受け、感謝と謝罪のこもった、まったく別のものだ。
「幸せにおなりなさい、ココ。その代わり」
「……その代わり?」
涙に潤んだアメジストの目が、クリステルを見つめる。
視線の先にいる堂々たる美女は、柔らかく笑ってみせた。
「また昔のように私をクリスと呼んでくださらない? わたくしも女兄弟がおりませんから、ココのように愛らしい妹分がいないと寂しいですわ」
「クリス様……っ」
とうとう両目から涙を溢れさせたコレットは、疎遠になっていたクリステルの膝で、妹のように泣くのだった。
**
「え、ええ。わたくしは友人との秘密は守ります。安心なさって」
動揺したようだが、クリステルはシャンパンを一口飲んで気持ちを落ち着けた。
「私はせめてちゃんと謝りたいと思って、あの子……〝アン〟を連れてクリステル様にお会いしたのですが……」
「そう。……そう、……でしたのね」
十年以上前のことを思い出し、ようやくクリステルは納得してくれたようだ。何度も頷き、目には「仕方がない」と子供時代の苦い思い出を呑み込む色がある。
「わたくしはあの時、少なからずショックでしたのよ。ココと仲良くなれたと浮かれて、お気に入りのお人形から一人、あなたに似た子を譲りました。あの頃のわたくしにとって、沢山のお人形は妹のようなものでした。その一人がボロボロになって現れたのですから、とんでもない悪意をぶつけられたのかと思いましたわ」
ふふ、と笑う横顔は、犯人がデジレだった驚きをまだ引きずっている。
「ですが仕方がありませんわね。あの時デジレ様が娘のお人形を切り裂いたと聞いても、きっとわたくしは信じなかったと思います。確かにあの時のココは、本当に申し訳なさそうな顔をして心から詫びていたのに……」
「どうしてあなたを信じなかったのかしら」と、クリステルは唇を歪ませる。
「それであなたはあの時、『もう私に関わらないでください』と言いましたのね。あの頃のわたくしはとてもショックで……。でも、ブリュイエール家にそんな事情があるなんて知りませんでした」
コレットが上手にコミュニケーションをとれなかったことで、クリステルにも多大な誤解を与えていたようだ。
「申し訳ございませんでした」と深々と頭を下げ、クリステルは「よくてよ」と許してくれる。だが二人とも、自分たちの関係がこうなってしまったのは、ひとえにデジレの虐待が原因なのだとひっそり心で恨んでいた。
「事故に遭った直後は、本当に体が動かせず、誰にも連絡ができない状態でした。ジスラン様がそれこそ親身になってお世話をしてくださいました。私はそのご恩に報いようと思って、あの方にすべてを捧げるつもりでした。ジスラン様も私の記憶が戻り家の問題が片付くまでは、私を愛人として側に置いてくださいました。何も分からない状態で婚約者だと言っても、混乱させるだけだから……と」
クリステルの気持ちを分かっていて、コレットはきっぱりと言い放つ。
「……わたくし、社交界に出る頃にはすぐ『ジスラン様が好き』とあなたに言っていましたわよね?」
誤解を丁寧に解こうとしていきつつも、恋慕の気持ちだけは上手にほぐせないかもしれないと、コレットは内心溜め息をつく。だが今のコレットにとって一番大切なのは、ジスランとの生活だ。それを誰にも譲るつもりはない。
「確かに私は先にクリステル様の気持ちを知っていました。私自身誰にも興味を示せなかったところを、たまたまジスラン様にお声を掛けて頂きました。それは誰にも責められない偶然だと思うのです」
胸が酷く痛む。自らクリステルの敵にまわることなどしたくない。
幼い頃から少し高飛車ながらも自分に親切にしてくれたクリステルを、コレットは好ましく思っていた。
当時から父は相変わらずで、コレットにほぼ自由はない。父とオーブリー伯が会う時だけ、コレットは年相応の娘になれていたと思う。そういう意味では、クリステルもまた恩人なのだ。でも――。
「……本当にすみません。私のようなつまらない子に優しくしてくださったクリステル様を、裏切るつもりなどなかったのです。ですが私はもう……」
思い詰めたコレットの目に、涙が浮かび上がる。
泣いて相手を困らせるなど、卑怯者のすることだ。
そう思って化粧が崩れないよう目元を拭い、ここであってなかったかもしれない友情が終わってもいいと、コレットは立ち上がった。
クリステルの目の前に跪き、真っ直ぐ彼女を見つめる。
「心からお詫び申し上げます。ですが、私はどうしてもジスラン様を誰にも譲るつもりはありません。あの方がいなければ、私はいまも父に虐待されたままでした。あの方は、私のすべてなのです」
――あぁ。
――自らの過去を曝け出し、哀れを装ってまでジスランを択ろうなど、なんて醜い。
――それでも私は……。
「申し訳ございません」
深々と頭を下げたコレットを、クリステルは少し力の抜けた目で見つめていた。
そんなクリステルのつま先をじっと見つめ、どれほど経っただろう。
「……よろしくてよ」
ポン、と肩に手が載せられ、コレットは「え?」と顔を上げる。
「あんなに大人しかったあなたが、ここまでして一人の男性に執着するなんて驚きですわよね。もう、私のあとをついて歩いていた小さなココではありませんのね。いつの間にあなたは……、一人の立派な、恋するレディに成長していた……」
肩に置かれていた手が、コレットの頭を撫でた。
姉が妹にするようにいい子、いい子と。
「う……っ、ク、……リステル様っ」
ジスランや家族のこと以外で泣くなんて、きっと初めてだ。
それにこれは、今まで散々流した絶望の涙とも、快楽の涙とも違う。友人から労りを受け、感謝と謝罪のこもった、まったく別のものだ。
「幸せにおなりなさい、ココ。その代わり」
「……その代わり?」
涙に潤んだアメジストの目が、クリステルを見つめる。
視線の先にいる堂々たる美女は、柔らかく笑ってみせた。
「また昔のように私をクリスと呼んでくださらない? わたくしも女兄弟がおりませんから、ココのように愛らしい妹分がいないと寂しいですわ」
「クリス様……っ」
とうとう両目から涙を溢れさせたコレットは、疎遠になっていたクリステルの膝で、妹のように泣くのだった。
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