伝統民芸彼女

臣桜

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曾祖母の死と出会い3

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「ふふ、ちゃんと握ってみてもええんよ」
「し、失礼します」
 きっちりと着物を着つけているのに、なぜか大人の女の人の色気がプンプンとしている藤紫に圧倒され、俺はいつの間にか敬語になっていた。
 貴婦人が手の甲にキスを求めているような形で手を差し出している藤紫の手を、今度は下から右手で支える。左手で上から挟むようにしてその肌の感触を確かめていると、また槐の蔑んだ声がした。
「やらしい」
 シンとしたひい婆ちゃんの部屋に槐の声がやけに大きく聞こえ、俺は急激に恥ずかしくなってきた。
 思えばこの手の握り方って、なんか変態おやじが女の子にお触りするような感じじゃないか?
「ええやないの、槐はん。拓也はんかて、わてらの事ちゃあんと知る権利はあるんやえ? こっちの事なんにも知らせんと、一方的に理解しろっちゅうのは可哀想な話や」
「そうだな。藤紫の言ってる事は一理ある。でも拓也の触り方は気持ち悪い」
 一切の愛嬌というもののない槐の言葉は、繊細な俺の心にザックリと届く。
 これ以上藤紫の手を触っていたら、何を言われるか分からないから、俺はここがタイミングだとばかりに藤紫の手を離した。
「あ、ありがとうございました。……ん、あれ?」
 藤紫の手を離して礼を言ってから、俺は一つ疑問に思って首を傾げた。
「今度はなぁに? 拓也はん」
「さっき藤紫さんは押入れから透けて出てきましたよね? でも俺は今、手に触った……?」
「拓也はんは特別や。わてらはな、幽霊さんみたいに壁とかそういうもんはすり抜けられんの。拓也はん以外の人もそぉ。けど、拓也はんはわてらの主やさかい、その時がきたらちゃんと使えるように触れるのや」
「……あるじ?」
 さっきから後継者だったり、主だったり。
 所でそれよりも気になるのは、離れた場所で正座をしてじっとこちらを見ている槐の視線だ。何も言われずとも、この短時間の付き合いで「早く覚えろ、このノロマ」と言いたいのが分かる。
 そんな俺の内心を悟ったのか、槐は距離を取ったまま口を開いた。
「絹はたまに、変な事してなかったか?」
「え? ひい婆ちゃんが? えっと……」
 思い出すひい婆ちゃんの思い出は、作ってくれたおはぎが美味しくて、いつもにこにこしてて、畑や庭の世話をしながらも家族の世話と一緒に、近所の人たちのお悩み相談までしていた感じだ。時々「ちょっと〇〇さんとこ行ってくるわ」と言って、九十代とは思えないフットワークの軽さで、爺ちゃんがプレゼントした三輪車に乗ってあちこち行っていた。
 それだけの……、普通のひい婆ちゃんだったと思うんだが。
「優しくて……、世話好きぐらいしか思い当たらないんだけど」
「その世話好きの中に、ご近所さんを慰める事もあったんやえ」
 藤紫が説明をしてくれるが、俺はひい婆ちゃんが茶飲み友達と一緒に余生の生き方や、墓の話をして笑ってる図しか想像できない。
「なんだ、拓也の頭はスカスカだな。レンコンか。その相談があった時、その近くで不幸あったの聞かなかったのか?」
 レンコンですか。
「確かに……、近所の年齢層は高いから不幸の一つや二つは今まであったけど……」
「絹は、穢れを祓うお役目も担っていたんだ」
「けがれ? おやくめ?」
 槐の言葉をオウム返しに言う俺を、今度はアホの子を見るような目で見てくる槐さん。
 と、そこへ竹を縦に割ったような、スパーンとした声が耳に届いた。
「はっは! 拓也は阿呆じゃのう! 絹は槐や藤紫の協力を得て、最後にはわしと協力して穢れを祓っておったのじゃ!」
「だれですか!」
 阿呆から始まり、訳の分からない説明をしながらやはり襖をすり抜けてきたのは、銀髪の女性だった。どうでもいいけどこの人たちデリカシーがない!
 結構背が高くて、サラッサラの銀の滝みたいな髪を後頭部の高い位置で結ってる。スッキリとした顔つきの美人で、だけれどその片目には眼帯をしていた。
 白い着物には銀色の龍が描かれている。
 この一瞬でこの新しい人が嫌味のない感じの人だとは悟ったが、次から次に訳分からん事が増えて、俺は言われた通り阿呆みたいに口を半開きにしているのだった。
「わしはギンじゃ」
「ギ、ギンさん」
「ギンで良い」
「は、はぁ。それではギン」
「なんじゃ」
 この殿様口調の人相手だと、こっちも口調が畏まらずにいられないんだが。
「あなたも九十九神っていう奴なんですか?」
「おう、わしはこの屋敷の床の間にある日本刀の九十九神じゃ」
「あぁ~」
 その正体に思わず俺は納得して、何度も頷いていた。
 この何て言うか、武士っぽい印象や口調、性格。日本刀って言われてしっくりくる気がする。
「槐、ちなみに他にもいるの? どうせならこんな心臓に悪い登場の仕方しないで、一気に挨拶してくれた方が……」
「このたくらんけ」
 ズバッと開口一番これである。だが少し慣れてきた。
「ほとんどの仲間は、絹が旅立ったのと同時に眠りに就いた。後継者の拓也が自然に目覚めたのと同時に姿を見せる事のできる槐たちは、割と力の強い存在なんだべ」
 ほとんど……とかそういう言い方をするっていう事は、他にもこの家には九十九神が大勢眠っているのかもしれない。
 そう思うと、どこか楽しみなようでいて、どこか不気味な気持ちがした。
 俺たち普通の人間が自覚していないだけで、世の中には『見えない何か』が沢山ある……のかもしれない。
「で、ひい婆ちゃんはそのケガレ? を払う仕事をしてたの?」
「仕事じゃねぇ。『あれ』は報酬をもらってする種類のもんじゃねぇし」
「拓也はん、例えば拓也はんのお友達のご家族が亡くならはって、それを慰めるのにお金もらうやろか?」
「そ、そんな事しないよ!」
「それと同じや」
 うん、今の藤紫の例えはちょっと分かった気がする。
「ひい婆ちゃんはそういう事をしてたの?」
「そうじゃな。穢れは自然に薄くなる奴なら放っておいて構わないんじゃが、人の負の気を喰ろうて巨大化し、悪さをする奴がおる。絹はそれを祓っておったのじゃ」
「へぇぇ、スーパー婆ちゃんじゃん」
 思わずそんな感嘆の声をもらしてから槐の存在を思い出し、ハッとして彼女を見れば案の定冷たい視線をよこしていた。
「……てさ、もしかして後継者って俺がそのケガレを祓うっていうの、やる訳?」
 ふと思いついた事を口にすると、目の前の三人は合わせてコックリと頷いてみせた。
 マジですか。
「無理! 無理だって! 俺そんな超能力ないって! 安倍晴明とか陰陽師とか、ああいう奴だろ? 俺違うって、ただの男子高校生です!」
 慌てて両手をブンブンと体の前で振って拒絶を訴えていると、足音に続いてスタンと襖が開き、そこに呆れた顔の七海――姉が立っていた。
「拓也、あんたなに独りごと言ってんの? こっわ。ご飯だよ」
 急に現れた七海の登場にも槐たちは動揺せず、逆に俺が動揺する隙を与えずに七海はまた廊下を歩いて行った。
「……本当に見えないんだね」
 固まっていた俺が止めていた息を吐き出すのと同時に言うと、槐は冷静なまま答える。
「槐たちが嘘をつく必要があるか? 昼食行ってきたらどうだ」
「……行ってきます」
「たんと食べてきよし」
「拓也は男じゃからの、モリモリ食べて筋骨隆々になれ」
 カッカッカと笑うギンを後に、俺は何だかドッと疲れて居間の方へ向かった。
 ひい婆ちゃんを偲んでいたはずなのに、どうしてこうなったんだ……。

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