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ダリアと山羊
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「そこまで心の平穏を守り続けた俺は、事を急ぐ必要もないと判断した。何より、この世でたった一人の肉親となったクローディアの側にいたい。その思いは、祖国への思いよりずっと強くなった。先ほども言ったが、エチルデはもうすでに滅んでいる。だがクローディアはすぐ側で日々成長し、生きている。どちらを取るかは明白だ」
兄の愛情を感じ、クローディアは目頭が熱くなりかけるのをグッと堪える。
「いつしか、俺が最も大切にするものは妹の意思となった。バフェット伯から縁談がきた時も、色々思うものはあったが、すべてクローディアの言う通りにしようと思った。やがて懐かしい、エルガー山脈の麓で二年暮らすようになり、少しずつ妹と共にエチルデの土を踏む事も考え始めた。だがそれも、クローディアが望まなけれそれでいいと思っていた。やがて伯は死に、クローディアは自らの意思で謎を解こうと大胆な策を実行し始めた」
クスッと笑われ、クローディアも苦笑いするしかない。
「その過程で、どんどん真実に近付くのを、俺はもう運命としか思わなくなった。だから何があっても途中で口出しをせず、ただクローディアを支え続けた。そして……、今ここに立っている」
ランティスはペンダントの先端を摘まみ、クローディアに向けて見せてくる。
クローディアもまた、自身のペンダントを摘まんで兄の物の前にかざした。
そして、目の前にある石でできたオルガンを見上げた。
「お兄様の物も、オルゴールになっているの?」
「ああ。クローディアの物とは旋律が違うが」
兄妹揃ってオルガンの前に立ち、確かめ合うように会話をする。
ソルたちは後ろにいて、この場に立つに相応しい二人を見守っていた。
「やっぱり、その旋律をこの鍵盤で奏でろっていう事よね」
クローディアは目の前にある石造りの鍵盤を見下ろし、呟く。
オルガンはすべて石作りながらも、ちゃんと黒鍵と白鍵がある。
「お兄様はここの開け方を知らなかったの?」
そもそもの事を尋ねたが、ランティスは首を横に振る。
「鉱山への入り口を開閉するのは父の大切な仕事だった。俺には『いずれ時が来たら』と言っていたから、このペンダントを手にするべきではなかった当時は教えられていなかった」
「そう……。じゃあ、改めて確認しましょうか」
そう言って、クローディアは自分のペンダントをパカリと開けた。
するとオルゴールが回り始め、シンプルな、それでいてどこかもの悲しい旋律が流れ出す。
ものの十秒ほどでワンフレーズが終わり、また巻き戻って同じ旋律が流れる。
このメロディーは脳裏に刻まれているので、クローディアは兄のものが聞きたいと視線をやった。
ランティスは軽く頷き、自分の物も開ける。
するとクローディアのものとは対照的な、明るい曲調が流れ始めた。
ミケーラで貴族の令嬢として育てられたクローディアは、勿論音楽も嗜んでいる。
ピアノの腕はなかなかのものだし、ヴァイオリンも弾ける。
嫁ぐ前は弟妹が大きくなってきたので、三重奏を両親に聴かせていたものだ。
だから暗譜や単純なメロディーなら、一度聞いただけで覚えて楽器で奏でる事も可能だ。
「どちらかを〝上〟の旋律として組み合わせる?」
「だな。どちらを上にするかだが……」
その会話を聞き、後ろにいたディストが口を挟む。
「壁に刻まれている国章を見ると、ダリアの上に雄山羊が重なっている。そう考えるとランティス殿下のものが〝上〟のメロディーと考えていいんじゃないか?」
「そうですね」
言われてみれば、と思いクローディアは頷く。
助けをくれたディストに、ランティスは軽く微笑みかけた。
「ランティスでいい。あなたさえ構わなければ、俺もディストと呼んでいいか?」
「勿論」
王太子同士は笑い、軽く拳をぶつけ合う。
それを微笑ましく見てから、クローディアは石の鍵盤の上に手を置いた。
普通のピアノよりも作りが大雑把で、手を置いてもいつもの感覚での指運びはできなさそうだ。
(隠し扉を開けるためのものだから、間違わないように慎重に弾かないと)
少し緊張したクローディアは、軽く深呼吸をしてから初めの一音を鳴らした。
ブォォ……と空気を震わせる大きな音がし、クローディアはビクッと肩を跳ねさせる。
だが怯まずに次の鍵盤を指で押し、次、次、と覚えたてのランティスのメロディーを弾く。
終わったあとは、すっかり身に馴染んだ自分のメロディーを続けた。
(弾けた……!)
心の中で胸を撫で下ろした時、ゴゴゴ……と地響きがし、空間内にあるどこかで岩戸がずれたのが分かった。
「どこか開いた!?」
振り向いて全員に問うと、皆、周囲を見回している。
「あっちだ!」
ルシオが遙か後方を指差し、大きな声を出す。
兄の愛情を感じ、クローディアは目頭が熱くなりかけるのをグッと堪える。
「いつしか、俺が最も大切にするものは妹の意思となった。バフェット伯から縁談がきた時も、色々思うものはあったが、すべてクローディアの言う通りにしようと思った。やがて懐かしい、エルガー山脈の麓で二年暮らすようになり、少しずつ妹と共にエチルデの土を踏む事も考え始めた。だがそれも、クローディアが望まなけれそれでいいと思っていた。やがて伯は死に、クローディアは自らの意思で謎を解こうと大胆な策を実行し始めた」
クスッと笑われ、クローディアも苦笑いするしかない。
「その過程で、どんどん真実に近付くのを、俺はもう運命としか思わなくなった。だから何があっても途中で口出しをせず、ただクローディアを支え続けた。そして……、今ここに立っている」
ランティスはペンダントの先端を摘まみ、クローディアに向けて見せてくる。
クローディアもまた、自身のペンダントを摘まんで兄の物の前にかざした。
そして、目の前にある石でできたオルガンを見上げた。
「お兄様の物も、オルゴールになっているの?」
「ああ。クローディアの物とは旋律が違うが」
兄妹揃ってオルガンの前に立ち、確かめ合うように会話をする。
ソルたちは後ろにいて、この場に立つに相応しい二人を見守っていた。
「やっぱり、その旋律をこの鍵盤で奏でろっていう事よね」
クローディアは目の前にある石造りの鍵盤を見下ろし、呟く。
オルガンはすべて石作りながらも、ちゃんと黒鍵と白鍵がある。
「お兄様はここの開け方を知らなかったの?」
そもそもの事を尋ねたが、ランティスは首を横に振る。
「鉱山への入り口を開閉するのは父の大切な仕事だった。俺には『いずれ時が来たら』と言っていたから、このペンダントを手にするべきではなかった当時は教えられていなかった」
「そう……。じゃあ、改めて確認しましょうか」
そう言って、クローディアは自分のペンダントをパカリと開けた。
するとオルゴールが回り始め、シンプルな、それでいてどこかもの悲しい旋律が流れ出す。
ものの十秒ほどでワンフレーズが終わり、また巻き戻って同じ旋律が流れる。
このメロディーは脳裏に刻まれているので、クローディアは兄のものが聞きたいと視線をやった。
ランティスは軽く頷き、自分の物も開ける。
するとクローディアのものとは対照的な、明るい曲調が流れ始めた。
ミケーラで貴族の令嬢として育てられたクローディアは、勿論音楽も嗜んでいる。
ピアノの腕はなかなかのものだし、ヴァイオリンも弾ける。
嫁ぐ前は弟妹が大きくなってきたので、三重奏を両親に聴かせていたものだ。
だから暗譜や単純なメロディーなら、一度聞いただけで覚えて楽器で奏でる事も可能だ。
「どちらかを〝上〟の旋律として組み合わせる?」
「だな。どちらを上にするかだが……」
その会話を聞き、後ろにいたディストが口を挟む。
「壁に刻まれている国章を見ると、ダリアの上に雄山羊が重なっている。そう考えるとランティス殿下のものが〝上〟のメロディーと考えていいんじゃないか?」
「そうですね」
言われてみれば、と思いクローディアは頷く。
助けをくれたディストに、ランティスは軽く微笑みかけた。
「ランティスでいい。あなたさえ構わなければ、俺もディストと呼んでいいか?」
「勿論」
王太子同士は笑い、軽く拳をぶつけ合う。
それを微笑ましく見てから、クローディアは石の鍵盤の上に手を置いた。
普通のピアノよりも作りが大雑把で、手を置いてもいつもの感覚での指運びはできなさそうだ。
(隠し扉を開けるためのものだから、間違わないように慎重に弾かないと)
少し緊張したクローディアは、軽く深呼吸をしてから初めの一音を鳴らした。
ブォォ……と空気を震わせる大きな音がし、クローディアはビクッと肩を跳ねさせる。
だが怯まずに次の鍵盤を指で押し、次、次、と覚えたてのランティスのメロディーを弾く。
終わったあとは、すっかり身に馴染んだ自分のメロディーを続けた。
(弾けた……!)
心の中で胸を撫で下ろした時、ゴゴゴ……と地響きがし、空間内にあるどこかで岩戸がずれたのが分かった。
「どこか開いた!?」
振り向いて全員に問うと、皆、周囲を見回している。
「あっちだ!」
ルシオが遙か後方を指差し、大きな声を出す。
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