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父の影
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ギルベルトは口笛を吹きながら廊下を歩き、厨房までの道のりをゆっくりと歩いていた。
今まで自分がフリッツにしてやれた女性絡みの事は、彼の性処理をするのに秘密が守れる大人の女性を紹介する事だけだったが、今は親友らしい事ができている。
フリッツが思う女性のために自分もできる事をしてやり、聞き込みをしてみたり、部下を使ったり、そんな自分が誇らしい。
勿論、フリッツが軽い行方不明から帰還してから、思い人ができたという打ち明け話を聞いてからは、一度も彼を娼館へ誘っていないしこれから先、フリッツから何か言ってくるまで誘うつもりもない。
遊び人のギルベルトでも、好きな女がいる男には一途であれと思っているのだ。
ギルベルトとすれ違う使用人たちが立ち止まって礼をしてゆく中、王族が使用するフロアを抜けて階段を下り、諸侯の会議室やサロンなどのあるフロアをまた抜けてゆく。
広い廊下は人通りがあっていちいち声を掛けられるのが億劫なので、ギルベルトはいつもフリッツを訪問する際、抜け道を使っている。
使用人が移動だけのために使う通路を、ギルベルトはこっそりと使用させてもらっていた。
また、そういう場所を使う方が物陰に紛れて、聞き耳を立てやすいという下世話な下心もある。
と、ギルベルトが「おや」と眉を上げて立ち止まった。
控えの狭い部屋に見知った背中がある。
(あれは親父殿じゃないか)
よく見知った刺繍のジャケットは、確かにギルベルトの父の背中で、母が生前そのジャケットを着ている夫に「似合う」と褒めていたからか、ギルベルトの父は大層それを気に入って大切に着ている。
だから間違えようがなかった。
いつもなら執務室で机に向かっていたり、諸侯とサロンで話し合いという名目で水煙草をくゆらせていたり、そういう時間なのにこれはどうした事だろう?
息子ながら心に一滴の黒いインクが落ちたような気持ちになり、ギルベルトはそのまま物陰に隠れて気配を殺した。
どうやら父のバルトルトは一人ではないらしく、ボソボソと小さな会話が聞こえてくる。
(よく聞こえないな。もう少し近付くか)
足音が立たないように慎重に足を運び、ギルベルトは控えの部屋に飾ってある絵の裏側までやって来た。
客人を待たせるための部屋には、昔ながら絵画の裏に覗き穴があり、今もその名残がある。今はほとんどの者が知らない機能だが、悪戯好きのギルベルトはそういう細部までこの城の事を知っているのだ。
ギルベルトは息を殺し、いけないものを見る気持ちで緊張しながら、そっと覗き穴から室内を覗いた。
「……!?」
そこにはギルベルトの父のバルトルトと、ワインの瓶を手にしたクロエがいる。
「お前の素性は気付かれていないな?」
バルトルトの声に、クロエが小さく頷く。
覗き穴から漏れる僅かな光の中で、ギルベルトのブルーの目が細められた。
(この二人は影で何を結託している?)
自分の父親が表沙汰にできない事をしているのはショックだったし、フリッツが気にかけているクロエが自分の父と影でコソコソとしているのもショックだった。
「これを王子に」
息子が見守るのを知らず、バルトルトは懐から小さなガラスの小瓶を取り出し、クロエに渡す。
「……?」
クロエの飴色の目が不安に揺れ、彼女の心中を察したようにバルトルトが彼女の肩をさすってやる。
「安心しなさい。王子を殺すようなものではない。ちょっとした薬だ。それに、お前の立場を悪くさせるものでもない」
その姿がギルベルトには吐き気を覚えるほど醜悪に思え、彼は壁の裏で息を殺しながらぎゅっと顔を顰めた。
母亡き後、仕事一筋で兄である国王を支えてきた父が――。
血縁であるフリッツに何を飲ませようとしている?
フースの言葉を話せないはずの娘相手に、何をそんなに親しそうに肩に触れている?
母以外の女性には興味がないと言っていた筈なのに、今は息子と歳の変わらない娘相手に色目を使っているのか?
ギルベルトの思いがグルグルと黒く渦巻いているのを知らず、クロエは思い詰めた目で手の中の小瓶を見詰めてから、小さく首を左右に振る。
「いう事を聞きなさい、クロエ。それは本当に王子の命に関わるものではない」
そう言ってバルトルトは懐から懐中時計を取り出し、時間を確認してからまたクロエの肩をポン、と叩いてそのまま部屋を出て行ってしまった。
「……」
一人取り残されたクロエはぎゅっと小瓶を握り締め、深い溜息をついてからそれを胸の谷間にしまい込んで、自分も仕事へ戻る。
「……どうなってるんだ」
誰もいなくなった部屋の裏通路で、ギルベルトは重たい溜息をついて壁に額をつけ、苦しそうに呟いてから目を閉じた。
今まで自分がフリッツにしてやれた女性絡みの事は、彼の性処理をするのに秘密が守れる大人の女性を紹介する事だけだったが、今は親友らしい事ができている。
フリッツが思う女性のために自分もできる事をしてやり、聞き込みをしてみたり、部下を使ったり、そんな自分が誇らしい。
勿論、フリッツが軽い行方不明から帰還してから、思い人ができたという打ち明け話を聞いてからは、一度も彼を娼館へ誘っていないしこれから先、フリッツから何か言ってくるまで誘うつもりもない。
遊び人のギルベルトでも、好きな女がいる男には一途であれと思っているのだ。
ギルベルトとすれ違う使用人たちが立ち止まって礼をしてゆく中、王族が使用するフロアを抜けて階段を下り、諸侯の会議室やサロンなどのあるフロアをまた抜けてゆく。
広い廊下は人通りがあっていちいち声を掛けられるのが億劫なので、ギルベルトはいつもフリッツを訪問する際、抜け道を使っている。
使用人が移動だけのために使う通路を、ギルベルトはこっそりと使用させてもらっていた。
また、そういう場所を使う方が物陰に紛れて、聞き耳を立てやすいという下世話な下心もある。
と、ギルベルトが「おや」と眉を上げて立ち止まった。
控えの狭い部屋に見知った背中がある。
(あれは親父殿じゃないか)
よく見知った刺繍のジャケットは、確かにギルベルトの父の背中で、母が生前そのジャケットを着ている夫に「似合う」と褒めていたからか、ギルベルトの父は大層それを気に入って大切に着ている。
だから間違えようがなかった。
いつもなら執務室で机に向かっていたり、諸侯とサロンで話し合いという名目で水煙草をくゆらせていたり、そういう時間なのにこれはどうした事だろう?
息子ながら心に一滴の黒いインクが落ちたような気持ちになり、ギルベルトはそのまま物陰に隠れて気配を殺した。
どうやら父のバルトルトは一人ではないらしく、ボソボソと小さな会話が聞こえてくる。
(よく聞こえないな。もう少し近付くか)
足音が立たないように慎重に足を運び、ギルベルトは控えの部屋に飾ってある絵の裏側までやって来た。
客人を待たせるための部屋には、昔ながら絵画の裏に覗き穴があり、今もその名残がある。今はほとんどの者が知らない機能だが、悪戯好きのギルベルトはそういう細部までこの城の事を知っているのだ。
ギルベルトは息を殺し、いけないものを見る気持ちで緊張しながら、そっと覗き穴から室内を覗いた。
「……!?」
そこにはギルベルトの父のバルトルトと、ワインの瓶を手にしたクロエがいる。
「お前の素性は気付かれていないな?」
バルトルトの声に、クロエが小さく頷く。
覗き穴から漏れる僅かな光の中で、ギルベルトのブルーの目が細められた。
(この二人は影で何を結託している?)
自分の父親が表沙汰にできない事をしているのはショックだったし、フリッツが気にかけているクロエが自分の父と影でコソコソとしているのもショックだった。
「これを王子に」
息子が見守るのを知らず、バルトルトは懐から小さなガラスの小瓶を取り出し、クロエに渡す。
「……?」
クロエの飴色の目が不安に揺れ、彼女の心中を察したようにバルトルトが彼女の肩をさすってやる。
「安心しなさい。王子を殺すようなものではない。ちょっとした薬だ。それに、お前の立場を悪くさせるものでもない」
その姿がギルベルトには吐き気を覚えるほど醜悪に思え、彼は壁の裏で息を殺しながらぎゅっと顔を顰めた。
母亡き後、仕事一筋で兄である国王を支えてきた父が――。
血縁であるフリッツに何を飲ませようとしている?
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ギルベルトの思いがグルグルと黒く渦巻いているのを知らず、クロエは思い詰めた目で手の中の小瓶を見詰めてから、小さく首を左右に振る。
「いう事を聞きなさい、クロエ。それは本当に王子の命に関わるものではない」
そう言ってバルトルトは懐から懐中時計を取り出し、時間を確認してからまたクロエの肩をポン、と叩いてそのまま部屋を出て行ってしまった。
「……」
一人取り残されたクロエはぎゅっと小瓶を握り締め、深い溜息をついてからそれを胸の谷間にしまい込んで、自分も仕事へ戻る。
「……どうなってるんだ」
誰もいなくなった部屋の裏通路で、ギルベルトは重たい溜息をついて壁に額をつけ、苦しそうに呟いてから目を閉じた。
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