10 / 28
疑惑
しおりを挟む
「もういいのか?」
フリッツの部屋には相変わらず当たり前の様にギルベルトがいて、クロエが淹れてくれた紅茶をすすっている。
「ああ、風邪を引きやすい体質だけは難だが、基本的に健康体だからもう大丈夫だ」
爽やかに笑ってフリッツが従兄の来訪を歓迎し、アメリアの件を話す前にちらりと部屋の隅に控えているクロエに視線を走らせた。
「クロエ」
「……?」
世話係はすぐに主人の下へ来、スッとした美しい立ち姿で命令を待つ。
「厨房へ行ってワインを持って来てくれないか? たまに飲みたいと思って」
「おっ、いいな」
ギルベルトがフリッツの言葉をそのまま受けて喜び、クロエは主人の命令に深い礼をしてからメイド服の裾を翻して部屋を出てゆく。
「いやぁ、昼間っから飲むの久し振りだなぁ」
ご機嫌に笑う従兄を見て小さく笑ってから、フリッツはすぐに真顔になる。
「ギル、クロエの事なんだ」
「なんだ? 孕ませたか?」
「……」
いつも男所帯の騎士団にいるからか、ギルベルトの物言いは王族であるにも関わらず、ストレートで男臭い。
「そうじゃない。いや、そういう事をしていない訳じゃないんだが、そうじゃない」
「あれ、やっぱりデキてるのか」
「どうして分かるんだ」
「お前に気がある女の目線とか、こいつとこいつはデキてるなっていうのは、大体雰囲気でわかるさ」
「成る程な」
年上で女性に対しては百戦錬磨の従兄らしいものの見方に思わずフリッツは納得し、すぐに「いやそうじゃない」と言い直す。
「俺はクロエがアメリアなんじゃないか、って疑い出してるんだ」
「あぁ、謎の美女アメリアについてか」
そう切り出されてギルベルトもフリッツが話題にしたい事を察し、組んでいた脚を戻して前屈みになる。
「考えてみれば彼女が姿を消した時期、クロエがここへ来た時期とは符号が合うし、どうしても彼女の体の感じや匂い、手の感覚が重なってしまう」
「俺もあの後、城で働いている純フースじゃない女を調べてみたが、なかなかこの女だと言い切れるのがいなくてな。年齢が合わなかったり、出身が真逆だったり、若くて出身が合っていても、ここで働いている時期が合わなかったり」
「だとしたら……やはりクロエなのか……」
「彼女は国境近くの森にいただろう? ロシェへ行ったという可能性は?」
ギルベルトに言われ、「それなんだ」とフリッツは深い溜息をついた。
「何をどう考えても確証が持てない。クロエがフースの言葉を話せれば彼女にきけるのに、彼女は話そうとしない。先日ベッドの中で『怖い』と小さく悲鳴を上げたのをちゃんと聞いたのに……、あれは言葉だけを知っていたのか、それとも話せるのに普段は話せない振りを通しているのか」
「……ふぅん」
暫く男二人は考え込む。
考え込みながら、ギルベルトはフリッツの変化を好ましく思っていた。
あれだけ一人の女性に執着する事のなかった『王子様』が、今はこんなにも一人の女性を思って昼も夜も悩んでいる。
悩んでいる当のフリッツには申し訳ないが、その姿勢がギルベルトには『いい変化』だと思えていた。
自分もフリッツと同じ王族で、母は亡くなってしまったが父に過度な期待を寄せられていて、それでも騎士団の部下と戦争の気配を見せない平和な治世で、時折ある小競り合いでいい緊張感を得ながら暮らしている。
自分は世継ぎなどを求められない立場でまだ遊んでいられるが、フリッツはそうも言っていられない。
弟のように思っているフリッツだからこそ、いい女性との出会いを果たして幸せになってくれれば……、と思っていた矢先の出来事だ。
「俺、ちょっとクロエの様子、こっそり見てくる」
そう言ってギルベルトは立ち上がり、曇り空で白くなった光を背景に笑って見せる。
「ギル?」
「ハンナ辺りになら、俺たちに対するのとは違うジャスチャーを取っているかもしれない。そういう所から、ゆっくり攻めてみようぜ」
そう言ってギルベルトは長い脚を動かしてスタスタと行ってしまい、広い部屋にはフリッツ一人が残された。
「まぁ……、焦ってはいないんだけどな……。けど、疑問は早くに解決したに越した事はない」
呟いて一口含んだ紅茶は、今までの世話係が淹れた紅茶よりもずっと美味しく感じられた。
フリッツの部屋には相変わらず当たり前の様にギルベルトがいて、クロエが淹れてくれた紅茶をすすっている。
「ああ、風邪を引きやすい体質だけは難だが、基本的に健康体だからもう大丈夫だ」
爽やかに笑ってフリッツが従兄の来訪を歓迎し、アメリアの件を話す前にちらりと部屋の隅に控えているクロエに視線を走らせた。
「クロエ」
「……?」
世話係はすぐに主人の下へ来、スッとした美しい立ち姿で命令を待つ。
「厨房へ行ってワインを持って来てくれないか? たまに飲みたいと思って」
「おっ、いいな」
ギルベルトがフリッツの言葉をそのまま受けて喜び、クロエは主人の命令に深い礼をしてからメイド服の裾を翻して部屋を出てゆく。
「いやぁ、昼間っから飲むの久し振りだなぁ」
ご機嫌に笑う従兄を見て小さく笑ってから、フリッツはすぐに真顔になる。
「ギル、クロエの事なんだ」
「なんだ? 孕ませたか?」
「……」
いつも男所帯の騎士団にいるからか、ギルベルトの物言いは王族であるにも関わらず、ストレートで男臭い。
「そうじゃない。いや、そういう事をしていない訳じゃないんだが、そうじゃない」
「あれ、やっぱりデキてるのか」
「どうして分かるんだ」
「お前に気がある女の目線とか、こいつとこいつはデキてるなっていうのは、大体雰囲気でわかるさ」
「成る程な」
年上で女性に対しては百戦錬磨の従兄らしいものの見方に思わずフリッツは納得し、すぐに「いやそうじゃない」と言い直す。
「俺はクロエがアメリアなんじゃないか、って疑い出してるんだ」
「あぁ、謎の美女アメリアについてか」
そう切り出されてギルベルトもフリッツが話題にしたい事を察し、組んでいた脚を戻して前屈みになる。
「考えてみれば彼女が姿を消した時期、クロエがここへ来た時期とは符号が合うし、どうしても彼女の体の感じや匂い、手の感覚が重なってしまう」
「俺もあの後、城で働いている純フースじゃない女を調べてみたが、なかなかこの女だと言い切れるのがいなくてな。年齢が合わなかったり、出身が真逆だったり、若くて出身が合っていても、ここで働いている時期が合わなかったり」
「だとしたら……やはりクロエなのか……」
「彼女は国境近くの森にいただろう? ロシェへ行ったという可能性は?」
ギルベルトに言われ、「それなんだ」とフリッツは深い溜息をついた。
「何をどう考えても確証が持てない。クロエがフースの言葉を話せれば彼女にきけるのに、彼女は話そうとしない。先日ベッドの中で『怖い』と小さく悲鳴を上げたのをちゃんと聞いたのに……、あれは言葉だけを知っていたのか、それとも話せるのに普段は話せない振りを通しているのか」
「……ふぅん」
暫く男二人は考え込む。
考え込みながら、ギルベルトはフリッツの変化を好ましく思っていた。
あれだけ一人の女性に執着する事のなかった『王子様』が、今はこんなにも一人の女性を思って昼も夜も悩んでいる。
悩んでいる当のフリッツには申し訳ないが、その姿勢がギルベルトには『いい変化』だと思えていた。
自分もフリッツと同じ王族で、母は亡くなってしまったが父に過度な期待を寄せられていて、それでも騎士団の部下と戦争の気配を見せない平和な治世で、時折ある小競り合いでいい緊張感を得ながら暮らしている。
自分は世継ぎなどを求められない立場でまだ遊んでいられるが、フリッツはそうも言っていられない。
弟のように思っているフリッツだからこそ、いい女性との出会いを果たして幸せになってくれれば……、と思っていた矢先の出来事だ。
「俺、ちょっとクロエの様子、こっそり見てくる」
そう言ってギルベルトは立ち上がり、曇り空で白くなった光を背景に笑って見せる。
「ギル?」
「ハンナ辺りになら、俺たちに対するのとは違うジャスチャーを取っているかもしれない。そういう所から、ゆっくり攻めてみようぜ」
そう言ってギルベルトは長い脚を動かしてスタスタと行ってしまい、広い部屋にはフリッツ一人が残された。
「まぁ……、焦ってはいないんだけどな……。けど、疑問は早くに解決したに越した事はない」
呟いて一口含んだ紅茶は、今までの世話係が淹れた紅茶よりもずっと美味しく感じられた。
5
あなたにおすすめの小説
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く
紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる