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ケアンズ最後の夜 編
出かける支度
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私は口笛を吹いて逃げる真似をしたけれど、がっし、と抱き締められる。
「……てか、口笛吹いて誤魔化すって、どんだけベタなの」
涼さんはクスクス笑い、私の顔を自分の胸板に押し当てる。
「時間がないし、疲れてるだろうから、変な事はしないよ。……でも抱き締めさせて」
「……はい……」
私はクーラーのついた部屋の中、涼さんのぬくもりに包まれて吐息をつく。
男の人に抱き締められて「安心する」日が来るとは思っていなかった。
ずっと私にとって男性は恐怖と嫌悪の対象で、「自分のすべてを明け渡して構わない」なんてまったく感じられなかった。
なのにこの人はスルッと私の心に入り込み、キラキラとした太陽の光で優しさや温かさを分けてくれる。
「……涼さん」
「ん?」
くっついた体から、彼の低い声が反響してくるのも、心地いい。
私は目もくらむような美貌を見つめたあと、涼さんの頬に手を添えて、チュッとキスをした。
顔を離すと、彼は目を丸くして驚いている。
そんな表情を見ると、いつも余裕綽々の彼から、一本とれた気持ちになって嬉しい。
「好きですよ。…………ちょっとだけだけど、お礼」
これ以上なく赤面して微笑んだあと、私は「もう無理」と思って、モソモソと彼の腕の中で背中を向ける。
「~~~~っ、可愛い……っ!」
涼さんは限界を迎えた声で言い、私の背中にグリグリと顔を押しつけてきた。
「……これだから恵ちゃんガンギマリ勢、やめらんない……」
「なんですかそれ」
私はいつものように突っ込みながら、クスクス笑う。
「好きだよ」
耳元で囁かれ、ゾクッとするけれど、今は我慢だ。
(私、こんなふうにイチャイチャするタイプじゃなかったのになぁ……)
ある意味少しの呆れを感じつつも、嫌じゃないし、いい方向に変わる事ができた自分に笑みが漏れる。
「少し、ちゃんと寝ましょう。さすがに疲れちゃったので」
「ん」
そう言うと、涼さんはそれ以上しつこくせず大人しくしてくれた。
**
グゴォッと凄い音がし、私――上村朱里は驚いて目を覚ました。
「んがっ」
そんな私の様子を見て、すでに起きていた尊さんは横を向いて笑う。
「そろそろハラペコになったみたいだな」
「……あいすみません……」
生理現象とはいえ、こんな轟音が鳴ると思わず、我ながら恥ずかしい。
お腹をさすりながら起きると、尊さんは私の頭を撫でてチュッとこめかみにキスをした。
「涼からメッセージがあって、予約してるレストランはドレスコードのある店だから、用意してくれってさ」
「分かりました」
私は大きな口を開けて欠伸をし、ポポポポンと手を当てて「あわわわわわ」とふざける。
「よしっ、気合い入れるもんね!」
私は大きなベッドの上でお尻をズリズリして移動し、ポンと下りる。
「レストランの予約は何時ですか?」
「十九時らしいから、あと一時間はある」
「分かりました」
私はペタペタと洗面所に向かうと、ブラシで髪を梳かしてクリップで纏める。
そのあと一度メイク落としをして洗顔をし、基礎化粧品をつけて十分馴染ませたあと、ゆっくりメイクしていった。
時間になり、私はグレージュのペプラムノースリーブと、レースのIラインスカートのセットアップを着て、その上にレースカーディガンを羽織る。
靴はアンクルストラップの、ヒール低めの物を履いた。
こういう事もあろうかと思ってサンダルではない靴も持って来たけれど、あまりヒールが高いと移動しづらいので、このような選択になった。
尊さんはシャツの上にグレンチェックのベスト、グレーのタックパンツ姿だ。
ロビーに着いて少し経つと、恵と涼さんがやってきた。
恵は黒いオールインワンに、黒いレースのボレロを羽織っている。彼女らしくてとても格好いい。
涼さんは尊さんと似た感じで、こちらはベージュを基調にしていて、イエベ春の彼によく似合っている。
「……てか、口笛吹いて誤魔化すって、どんだけベタなの」
涼さんはクスクス笑い、私の顔を自分の胸板に押し当てる。
「時間がないし、疲れてるだろうから、変な事はしないよ。……でも抱き締めさせて」
「……はい……」
私はクーラーのついた部屋の中、涼さんのぬくもりに包まれて吐息をつく。
男の人に抱き締められて「安心する」日が来るとは思っていなかった。
ずっと私にとって男性は恐怖と嫌悪の対象で、「自分のすべてを明け渡して構わない」なんてまったく感じられなかった。
なのにこの人はスルッと私の心に入り込み、キラキラとした太陽の光で優しさや温かさを分けてくれる。
「……涼さん」
「ん?」
くっついた体から、彼の低い声が反響してくるのも、心地いい。
私は目もくらむような美貌を見つめたあと、涼さんの頬に手を添えて、チュッとキスをした。
顔を離すと、彼は目を丸くして驚いている。
そんな表情を見ると、いつも余裕綽々の彼から、一本とれた気持ちになって嬉しい。
「好きですよ。…………ちょっとだけだけど、お礼」
これ以上なく赤面して微笑んだあと、私は「もう無理」と思って、モソモソと彼の腕の中で背中を向ける。
「~~~~っ、可愛い……っ!」
涼さんは限界を迎えた声で言い、私の背中にグリグリと顔を押しつけてきた。
「……これだから恵ちゃんガンギマリ勢、やめらんない……」
「なんですかそれ」
私はいつものように突っ込みながら、クスクス笑う。
「好きだよ」
耳元で囁かれ、ゾクッとするけれど、今は我慢だ。
(私、こんなふうにイチャイチャするタイプじゃなかったのになぁ……)
ある意味少しの呆れを感じつつも、嫌じゃないし、いい方向に変わる事ができた自分に笑みが漏れる。
「少し、ちゃんと寝ましょう。さすがに疲れちゃったので」
「ん」
そう言うと、涼さんはそれ以上しつこくせず大人しくしてくれた。
**
グゴォッと凄い音がし、私――上村朱里は驚いて目を覚ました。
「んがっ」
そんな私の様子を見て、すでに起きていた尊さんは横を向いて笑う。
「そろそろハラペコになったみたいだな」
「……あいすみません……」
生理現象とはいえ、こんな轟音が鳴ると思わず、我ながら恥ずかしい。
お腹をさすりながら起きると、尊さんは私の頭を撫でてチュッとこめかみにキスをした。
「涼からメッセージがあって、予約してるレストランはドレスコードのある店だから、用意してくれってさ」
「分かりました」
私は大きな口を開けて欠伸をし、ポポポポンと手を当てて「あわわわわわ」とふざける。
「よしっ、気合い入れるもんね!」
私は大きなベッドの上でお尻をズリズリして移動し、ポンと下りる。
「レストランの予約は何時ですか?」
「十九時らしいから、あと一時間はある」
「分かりました」
私はペタペタと洗面所に向かうと、ブラシで髪を梳かしてクリップで纏める。
そのあと一度メイク落としをして洗顔をし、基礎化粧品をつけて十分馴染ませたあと、ゆっくりメイクしていった。
時間になり、私はグレージュのペプラムノースリーブと、レースのIラインスカートのセットアップを着て、その上にレースカーディガンを羽織る。
靴はアンクルストラップの、ヒール低めの物を履いた。
こういう事もあろうかと思ってサンダルではない靴も持って来たけれど、あまりヒールが高いと移動しづらいので、このような選択になった。
尊さんはシャツの上にグレンチェックのベスト、グレーのタックパンツ姿だ。
ロビーに着いて少し経つと、恵と涼さんがやってきた。
恵は黒いオールインワンに、黒いレースのボレロを羽織っている。彼女らしくてとても格好いい。
涼さんは尊さんと似た感じで、こちらはベージュを基調にしていて、イエベ春の彼によく似合っている。
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