【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜

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長い一月六日 編

〝時限爆弾〟

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「……だが『あんたと〝家族〟にならなければ良かった』とは言わない。環境が恵まれていた事には感謝しているからだ。学費の掛かる大学に行かせてもらえたし、金の作り方も教わった。篠宮フーズに留まるしかなかったとはいえ、そのお陰で朱里と出会えた。……だから、あんたを悪の化身として、すべてを否定するのは違うと思っている」

 こうやって感情的にならず、きちんと物事を考えられる尊さんを、心底尊敬している。

 尊さんは大きな溜め息をついたあと、腕を組んだ。

「あんたが周りの皆に罪悪感を抱いていた事ぐらい、分かっていたよ。あの人がキレた時、あんたは俺の味方はしなかったけど、怒りの矛先が自分に向かうようにしていた。俺の肩を持てば、あの人がさらに怒り狂うと分かっていたからだろう。……あんたは敢えて〝弱い夫〟を貫く事で、周囲とのバランスをとっていた。……そういうやり方をするのは、兄貴と同じだな」

 話題に出され、風磨さんは苦笑いした。

「十歳の俺にだって、自分のせいで篠宮家が混乱した自覚ぐらいあったよ。……でもどうしようもなかった。〝父親〟に引き取られた俺は、何も選択できない状態であの家に住むしかなかった。そこでどんな目に遭おうが、起こるべき運命だったと思うしかない」

 そこまで言ったあと、彼は姿勢を正し、まっすぐ父親を見て言った。

「文句を言って運命が変えられるなら、どんだけでも言うよ。だが過去は改ざんできない。俺たちが変えられるのは、これからの出来事だ。俺は幸せになるために、朱里と結婚すると決めた。……今日あの人と決着を付けたら、今後は前向きに過ごしていきたいと思っている」

 そう言った彼は、いつもの皮肉っぽい表情ではなく、とても穏やかな顔をしていた。

 諦めた目ではなく、覚悟を決めた眼差しだ。

「親父は自分の選択が引き起こした結末を、しっかり受け入れてくれ。然るべき償いをしたあと、何度でもやり直していけばいい」

 それから尊さんは、少しだけやるせない顔をした。

「再生の前には破壊が必要だ。篠宮家の全員がリスタートするために、親父も兄貴も痛みを受け入れてくれ」

「尊、お前は一体……」

 風磨さんが弟の抱えているものを知ろうとした時、尊さんが腕時計を見た。

「そろそろだな。今聞かなくてもすぐに分かる」

 彼が立ちあがったので、私たちも席を立った。

 時刻は彼が〝時限爆弾〟を仕掛けた十四時になろうとしていた。





 全員でロビーに出た時、たった今ホテルに入ってきた客が不自然に立ち止まった。

「ん?」と思ってそちらを見ると――、怜香さんが四十代後半の男性と腕を組み、笑顔のまま固まっているところだ。

「えっ」

 思わず声を漏らした私は、ハッとして亘さんを見る。

 彼も驚いて瞠目していたけれど、その表情には覚悟が宿っていた。

 直前まで尊さんが思わせぶりに言っていた事を思いだし、すべてを察したのだろう。

「怜香……」

「ち……っ、違うわ!」

 怜香さんは慌てて男性から距離を取り、亘さんを見て顔を青ざめさせる。

〝時限爆弾〟ってこういう事か……。えげつない。

 尊さんは動揺した怜香さんに微笑みかけ、歩み寄る。

「何も〝違う〟事はありませんよね? あなたは接待だのママ友とランチだの理由をつけて、イケイ食品の社長、伊形いけい啓士けいじさんとホテルで密会していた。期間は……もう十年になりますっけ? 出会いはあなたが四十五歳、伊形社長が三十七歳の時。……そして俺が篠宮フーズに入った時期だ」

 怜香さんは顔を引きつらせ、化け物でも見るような目で尊さんを睨む。

 尊さんは冷ややかな笑みを浮かべたまま続けた。

「俺が高校卒業と同時に家を出ても、あなたは満足しなかった。それどころか、俺が就職するまでの四年間、周囲の人々に俺の存在を言いふらした。そして〝浮気された可哀想な妻〟〝浮気相手の子供を立派に育てた母親〟を演じた上で、『悪いのは浮気相手だから、夫を責めないでほしい』と言い、会社を守った上で自分の株も上げた」

 亘さんも風磨さんも、エミリさんも春日さんも、全員が耳を澄まして尊さんの言葉を聞いていた。

「そうやって俺が社会的に孤立するための根回しをし、篠宮フーズの中で一生飼い殺しにする手はずを整えた。それだけじゃない。浮気されたなら浮気し返してやろうと思い、伊形社長との関係を始めた」

 そこまで言い、微笑んだ尊さんはバッグからタブレットを出し、操作すると画面を突きつけた。

 画面に映っているのは、何かの表のようだ。

 怜香さんと伊形社長は、最初それが何だか分からない表情をしていたが、二人同時にハッとして青ざめる。

「あなたは経理部長である事と、父から信頼されている事を利用して、伊形さんに金を融通していた。……でなければ、美魔女と呼ばれていようが、伊形社長が八つも上の女性を抱くはずがないですよね? 伊形社長の好みは年下の可愛らしい女性ですから」

 目を細めて笑った尊さんは、さらにタブレットを操作し、伊形さんに写真を見せた。

「それは……っ!」
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