【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜

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尊の傷 編

やばい人

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 私でさえそうなんだから、十歳の時に目の前で母親と妹を轢かれた尊さんのショック、トラウマは計り知れない。

 六歳年下の妹なら、きっと目に入れも痛くないほど可愛がっていただろう。

 大好きなお兄ちゃんのあとをついてまわる、天使のような女の子だったに違いない。

 十歳の尊さんは、母に妹、愛情を注ぐ相手を一気に失ってしまった。

 想像するだけでつらくなり、私はソファに座るとクッションを重ねてそこに顔を埋めた。

 彼は無気力になり、生きる希望も失ったかもしれない。

 でも尊さんは、泥にまみれてなお進み続けた。

 なのに、人を好きになろうと思っても怜香さんに邪魔をされた。

 誰かを信頼し、弱った心を預けたいと願う事すら許されなかった。

 亘さんは血の繋がった父親だけれど、怜香さんへの罪悪感や風磨さんを気遣う気持ちから、尊さんばかりを構う事はできなかったんだろう。

 たまに父親らしい事を……と、思った時はあったかもしれない。

 けどその頃にはもう、尊さんは「父親を頼っても無駄だ」と諦めてしまっていたんだと思う。

「……どうして……」

 どうして尊さんばかりが、こんな不幸な目に遭わないといけないんだろう。

 私も彼も、家族を亡くした。

 怜香さんにだって彼女なりの苦しみがあっただろう。

 誰の悲しみが一番深いかなんて、考えるだけ無駄だ。

(でも……、あまりに酷すぎる)

 溜め息をついた時、洗面所からバスローブ姿の尊さんが現れた。

 彼は部屋の電話でコンシェルジュに連絡をする。

「クリーニングと着替えの購入をお願いしていいですか。二十代の女性用の服もお願いします。系統とサイズは……」

 洗面所で尊さんを抱き締めた時、私の服も少し汚れてしまったのを気にしてくれたらしい。

(そんなのいいのに。……自分が一番大変なのに、ちゃんと周りを気遣えるんだよなぁ)

 どんな状況にあっても誰かを思いやれる彼が愛しく、少し悲しかった。

『もっと我が儘になっていいのに』と思うけれど、そうなれない理由は〝似た者〟である私が一番分かっている。

「……悪い」

 尊さんは疲れ切った様子でこちらに歩いてドサッとソファに座り、大きな溜め息をついた。

「……ごめんな。最悪すぎた」

「謝らないでください」

 私は微笑み、彼を抱き締める。

 それから、ここまで彼の事情を知ってしまったなら、ずっと黙っていようと思っていた事を打ち明けようと決めた。

「少し、私の昔話を聞いてくれますか? 尊さんにも関わる事なんです」

「……ああ」

 私たちはカウチソファに横たわり、抱き合う。

 そのあと、私は彼のぬくもりを感じながら、ポツポツと語り始めた。



**



 四年前に私が篠宮フーズに入社した時には、尊さんはすでに〝部長〟だった。

『二十八歳で部長ってどういう事』と興味深く思っていたけれど、イケメンな上に綺麗どころの先輩たちが狙っていたから、近づかないほうが吉だなとすぐに理解した。

 せいぜい、同じ部署に配属された恵と『ちょっと近寄りがたいけど、顔は格好いいね』と言っていた程度の〝遠い人〟だ。

 当時の尊さんは、今よりもっと捉えどころのない人だった。

 今もだけど、仕事のレスポンスが物凄く速くて指示も適切なのに、いっさいの情熱とやる気が感じられない。

 無愛想ではないし、ちょっと笑う時もあったけれど、醸し出すオーラがどことなく恐い。

 常に何かに対して怒っているような雰囲気があり、二人きりになったら絶対逃げたくなる感じの人だった。

 入社して一年目の私は、仕事を覚えるのに精一杯な日々を過ごし、あっという間に年末を迎えた。

 四年前の十二月一日は、日曜日だ。

 誕生日が週末にかかるので、私は昭人と金曜日の夜に待ち合わせをして、お泊まりデートをした。

 そして土曜日には恵も加わり、一日遊び倒した。

 夜は六本木でご飯を食べてお酒を飲んだあと、二人は別方向に帰っていった。

 私は彼らに「バイバイ」を言ったあと、地下鉄で帰ろうとした。





『ねぇ、アレやばくない?』

 歩いていると、前方から来た女性二人組とすれ違った。

『なんだ?』と思っていると、斜め前方の壁際に男性が座り込み、周りなど気にせずに泣いている。

 ――うわ、やばい奴だ。

 しかもその男性は、ボロボロになった仏花の花束を持っていた。

(……やばい人かもしれないけど、訳アリなのかな。……悲しいから泣いてるんだろうけど、関わらないほうが……)

 そう思いながら通り過ぎようとした時、男性が顔を上げて涙を拭ったのを見て、足を止めてしまった。

(部長だったああああ!!)
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