78 / 810
尊の傷 編
やばい人
しおりを挟む
私でさえそうなんだから、十歳の時に目の前で母親と妹を轢かれた尊さんのショック、トラウマは計り知れない。
六歳年下の妹なら、きっと目に入れも痛くないほど可愛がっていただろう。
大好きなお兄ちゃんのあとをついてまわる、天使のような女の子だったに違いない。
十歳の尊さんは、母に妹、愛情を注ぐ相手を一気に失ってしまった。
想像するだけでつらくなり、私はソファに座るとクッションを重ねてそこに顔を埋めた。
彼は無気力になり、生きる希望も失ったかもしれない。
でも尊さんは、泥にまみれてなお進み続けた。
なのに、人を好きになろうと思っても怜香さんに邪魔をされた。
誰かを信頼し、弱った心を預けたいと願う事すら許されなかった。
亘さんは血の繋がった父親だけれど、怜香さんへの罪悪感や風磨さんを気遣う気持ちから、尊さんばかりを構う事はできなかったんだろう。
たまに父親らしい事を……と、思った時はあったかもしれない。
けどその頃にはもう、尊さんは「父親を頼っても無駄だ」と諦めてしまっていたんだと思う。
「……どうして……」
どうして尊さんばかりが、こんな不幸な目に遭わないといけないんだろう。
私も彼も、家族を亡くした。
怜香さんにだって彼女なりの苦しみがあっただろう。
誰の悲しみが一番深いかなんて、考えるだけ無駄だ。
(でも……、あまりに酷すぎる)
溜め息をついた時、洗面所からバスローブ姿の尊さんが現れた。
彼は部屋の電話でコンシェルジュに連絡をする。
「クリーニングと着替えの購入をお願いしていいですか。二十代の女性用の服もお願いします。系統とサイズは……」
洗面所で尊さんを抱き締めた時、私の服も少し汚れてしまったのを気にしてくれたらしい。
(そんなのいいのに。……自分が一番大変なのに、ちゃんと周りを気遣えるんだよなぁ)
どんな状況にあっても誰かを思いやれる彼が愛しく、少し悲しかった。
『もっと我が儘になっていいのに』と思うけれど、そうなれない理由は〝似た者〟である私が一番分かっている。
「……悪い」
尊さんは疲れ切った様子でこちらに歩いてドサッとソファに座り、大きな溜め息をついた。
「……ごめんな。最悪すぎた」
「謝らないでください」
私は微笑み、彼を抱き締める。
それから、ここまで彼の事情を知ってしまったなら、ずっと黙っていようと思っていた事を打ち明けようと決めた。
「少し、私の昔話を聞いてくれますか? 尊さんにも関わる事なんです」
「……ああ」
私たちはカウチソファに横たわり、抱き合う。
そのあと、私は彼のぬくもりを感じながら、ポツポツと語り始めた。
**
四年前に私が篠宮フーズに入社した時には、尊さんはすでに〝部長〟だった。
『二十八歳で部長ってどういう事』と興味深く思っていたけれど、イケメンな上に綺麗どころの先輩たちが狙っていたから、近づかないほうが吉だなとすぐに理解した。
せいぜい、同じ部署に配属された恵と『ちょっと近寄りがたいけど、顔は格好いいね』と言っていた程度の〝遠い人〟だ。
当時の尊さんは、今よりもっと捉えどころのない人だった。
今もだけど、仕事のレスポンスが物凄く速くて指示も適切なのに、いっさいの情熱とやる気が感じられない。
無愛想ではないし、ちょっと笑う時もあったけれど、醸し出すオーラがどことなく恐い。
常に何かに対して怒っているような雰囲気があり、二人きりになったら絶対逃げたくなる感じの人だった。
入社して一年目の私は、仕事を覚えるのに精一杯な日々を過ごし、あっという間に年末を迎えた。
四年前の十二月一日は、日曜日だ。
誕生日が週末にかかるので、私は昭人と金曜日の夜に待ち合わせをして、お泊まりデートをした。
そして土曜日には恵も加わり、一日遊び倒した。
夜は六本木でご飯を食べてお酒を飲んだあと、二人は別方向に帰っていった。
私は彼らに「バイバイ」を言ったあと、地下鉄で帰ろうとした。
『ねぇ、アレやばくない?』
歩いていると、前方から来た女性二人組とすれ違った。
『なんだ?』と思っていると、斜め前方の壁際に男性が座り込み、周りなど気にせずに泣いている。
――うわ、やばい奴だ。
しかもその男性は、ボロボロになった仏花の花束を持っていた。
(……やばい人かもしれないけど、訳アリなのかな。……悲しいから泣いてるんだろうけど、関わらないほうが……)
そう思いながら通り過ぎようとした時、男性が顔を上げて涙を拭ったのを見て、足を止めてしまった。
(部長だったああああ!!)
六歳年下の妹なら、きっと目に入れも痛くないほど可愛がっていただろう。
大好きなお兄ちゃんのあとをついてまわる、天使のような女の子だったに違いない。
十歳の尊さんは、母に妹、愛情を注ぐ相手を一気に失ってしまった。
想像するだけでつらくなり、私はソファに座るとクッションを重ねてそこに顔を埋めた。
彼は無気力になり、生きる希望も失ったかもしれない。
でも尊さんは、泥にまみれてなお進み続けた。
なのに、人を好きになろうと思っても怜香さんに邪魔をされた。
誰かを信頼し、弱った心を預けたいと願う事すら許されなかった。
亘さんは血の繋がった父親だけれど、怜香さんへの罪悪感や風磨さんを気遣う気持ちから、尊さんばかりを構う事はできなかったんだろう。
たまに父親らしい事を……と、思った時はあったかもしれない。
けどその頃にはもう、尊さんは「父親を頼っても無駄だ」と諦めてしまっていたんだと思う。
「……どうして……」
どうして尊さんばかりが、こんな不幸な目に遭わないといけないんだろう。
私も彼も、家族を亡くした。
怜香さんにだって彼女なりの苦しみがあっただろう。
誰の悲しみが一番深いかなんて、考えるだけ無駄だ。
(でも……、あまりに酷すぎる)
溜め息をついた時、洗面所からバスローブ姿の尊さんが現れた。
彼は部屋の電話でコンシェルジュに連絡をする。
「クリーニングと着替えの購入をお願いしていいですか。二十代の女性用の服もお願いします。系統とサイズは……」
洗面所で尊さんを抱き締めた時、私の服も少し汚れてしまったのを気にしてくれたらしい。
(そんなのいいのに。……自分が一番大変なのに、ちゃんと周りを気遣えるんだよなぁ)
どんな状況にあっても誰かを思いやれる彼が愛しく、少し悲しかった。
『もっと我が儘になっていいのに』と思うけれど、そうなれない理由は〝似た者〟である私が一番分かっている。
「……悪い」
尊さんは疲れ切った様子でこちらに歩いてドサッとソファに座り、大きな溜め息をついた。
「……ごめんな。最悪すぎた」
「謝らないでください」
私は微笑み、彼を抱き締める。
それから、ここまで彼の事情を知ってしまったなら、ずっと黙っていようと思っていた事を打ち明けようと決めた。
「少し、私の昔話を聞いてくれますか? 尊さんにも関わる事なんです」
「……ああ」
私たちはカウチソファに横たわり、抱き合う。
そのあと、私は彼のぬくもりを感じながら、ポツポツと語り始めた。
**
四年前に私が篠宮フーズに入社した時には、尊さんはすでに〝部長〟だった。
『二十八歳で部長ってどういう事』と興味深く思っていたけれど、イケメンな上に綺麗どころの先輩たちが狙っていたから、近づかないほうが吉だなとすぐに理解した。
せいぜい、同じ部署に配属された恵と『ちょっと近寄りがたいけど、顔は格好いいね』と言っていた程度の〝遠い人〟だ。
当時の尊さんは、今よりもっと捉えどころのない人だった。
今もだけど、仕事のレスポンスが物凄く速くて指示も適切なのに、いっさいの情熱とやる気が感じられない。
無愛想ではないし、ちょっと笑う時もあったけれど、醸し出すオーラがどことなく恐い。
常に何かに対して怒っているような雰囲気があり、二人きりになったら絶対逃げたくなる感じの人だった。
入社して一年目の私は、仕事を覚えるのに精一杯な日々を過ごし、あっという間に年末を迎えた。
四年前の十二月一日は、日曜日だ。
誕生日が週末にかかるので、私は昭人と金曜日の夜に待ち合わせをして、お泊まりデートをした。
そして土曜日には恵も加わり、一日遊び倒した。
夜は六本木でご飯を食べてお酒を飲んだあと、二人は別方向に帰っていった。
私は彼らに「バイバイ」を言ったあと、地下鉄で帰ろうとした。
『ねぇ、アレやばくない?』
歩いていると、前方から来た女性二人組とすれ違った。
『なんだ?』と思っていると、斜め前方の壁際に男性が座り込み、周りなど気にせずに泣いている。
――うわ、やばい奴だ。
しかもその男性は、ボロボロになった仏花の花束を持っていた。
(……やばい人かもしれないけど、訳アリなのかな。……悲しいから泣いてるんだろうけど、関わらないほうが……)
そう思いながら通り過ぎようとした時、男性が顔を上げて涙を拭ったのを見て、足を止めてしまった。
(部長だったああああ!!)
150
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ
猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。
当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。
それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。
そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。
美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。
「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」
『・・・・オメエの嫁だよ』
執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる