【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜

文字の大きさ
644 / 775
四人で焼き肉 編

不器用な男の愛情表現

しおりを挟む
 すると恵は「ふぅ……」と溜め息をつき、サーロインの焼きすきをモグモグと食べてから言う。

 ちなみにすき焼きは鍋で煮込む料理で江戸時代からある料理だけれど、焼きすきは焼いてからタレで食べる料理で、比較的最近考案されたものらしい。

「別に篠宮さんの事を嫌ってる訳じゃないですけどね。ただ、もともと私の好きな人は朱里だったって事は忘れないでください。朱里に彼氏ができなかったら、私も結婚しないで一生側にいるって思ってたぐらいですし。……でも篠宮さんに託したんですから、悲しませないでくださいよ」

「すまん……」

 尊さんは申し訳なさそうに肩を落とし、嘆息混じりに言う。

「朱里はすべて〝分かっていて〟広島に行った。そこで何が起ころうが彼女が選択した事なのは理解してます。夏目さんがいい人なのも分かるけど、今の恋人として朱里がモヤモヤするのは当たり前。……『言われるまでもない』って思うでしょうけど、そこはもっとグイッと強引に愛して忘れさせてやる、ぐらいしてほしいんですよ」

 恵が言った言葉を聞き、私と尊さんは顔を見合わせる。

 そして私は、昨晩たっぷり愛された事を思いだしてジワァ……と赤面した。

 恵はそんな私を見て溜め息をつき、「はいはい」と肉をもう一枚食べる。

「二人の問題に首を突っ込んで申し訳ないですけど、……頼みますよ? ホントに」

「分かってる」

 私もお肉をモグモグしつつ、考えていた事を少しずつ纏めながら伝える。

「単なる嫉妬なんです。もう過去の人であろうと、尊さんの側にあんなに素敵な人がいたと思うと、もう男女の関係ではないと分かっていても妬いちゃう。……けど、もう終わったから」

 そう言った時、事を静観していた涼さんが口を開いた。

「朱里ちゃんは自分に自信がないみたいだね。尊から少し聞いたけど、色々〝訳あり〟で自己肯定感が低いみたいだし。とても素敵な女性だし美人なのに、不思議なぐらい自分の魅力を分かっていない。尊に愛されてると信じたいのに、自己肯定感の低さが邪魔してる」

 そのものズバリを言い当てられ、私は小さく頷く。

「でもまぁ、安心しなよ。気やすくショパールを贈る男はそうそういないよ。俺なら恋人以外に贈るなら、家族の特別なお祝いぐらいかな……。なんとも思ってない女性には、ここまで値の張る物は贈らないね。金に困っていないとしても、愛情のない相手に無駄金を使いたくないんだ。……まぁ、ある程度の金で相手の機嫌を取れるなら、円満な人付き合いのために花束とか、ブランド物のプレゼントはするけどね」

 涼さんは赤ワインをクーッと飲み、まったく酔ってなさそうな表情のまま続ける。

「懇意にしてる店のお祝いとか、恩を売っておくべき相手には、一流の物を贈っておく。嫌な考え方かもしれないけど、その辺の女の子とか、学生時代のただの知り合いとか、ビジネスで絡んでもいない相手に高額な物を贈ったら、逆に勘違いされるからね。好意があると思われたり、酷い時は金づる扱いされる。馬鹿みたいに金を使ってるように思われるかもしれないけど、俺たちなりに金の使い先は限定してるんだ」

「……理解します」

 私はコクンと頷く。

「まぁ……、尊は女性関係で器用な男じゃない。朱里ちゃんも知ってる通り、本気で好きになった相手は君が二人目だ。何人とも付き合って女性慣れしてる男なら、逆に君を不安にさせてないと思う。そういう男は物凄くこまめなフォローをして、相手に不安を抱かせないようにするんだ。……その裏で、堂々と浮気をするためにね」

「うわあ……」

 恵が物凄く嫌な顔をする。

「俺から見れば、二人ともお互いを想う気持ちがでかすぎて、ちゃんと愛し合ってる運命の相手なのに、初恋同士の学生みたいにぎこちない。何か起こるたびに、ぶつかり合うように解決するしかできず、時には傷付いてる。……でも尊は何があっても、隠さずに説明してくれると思うよ。不器用だけど、嘘はつかない男だから」

 涼さんの話を聞いていると、揺らいでいた心が落ち着いてきた。

 さっきはただ「高額なんだろうな……」としか思えなかったジュエリーも、彼なりの想いが籠もっているのが分かった。

「……はい、信じてます」

「うんうん。だから恵ちゃんも、俺がプレゼントした時に胡散臭そうな顔をしないでね。不器用な男の愛情表現だから」

「そこで軽い調子で自分の事を『不器用』とか言うから、信じられないんですよ」

 私は恵の容赦ない突っ込みを聞き、クスクス笑う。

 そのあと、せっかくの贈り物に脂が跳ねないように荷物置きに避難させ、席に戻ると尊さんに笑いかけた。

「多分、あと一週間もすれば、現実の忙しさに追われて忘れていくと思います。ウジウジしてすみませんでした」

「昨日帰宅しての今日だから、全然範疇だよ。何か不安があったらいつでもすぐ言ってほしい」

「はい」

 恵も涼さんもいる場で自分の気持ちを整理できたからか、心はずっと軽くなっていた。
しおりを挟む
感想 2,433

あなたにおすすめの小説

姉の婚約者に愛人になれと言われたので、母に助けてと相談したら衝撃を受ける。

佐藤 美奈
恋愛
男爵令嬢のイリスは貧乏な家庭。学園に通いながら働いて学費を稼ぐ決意をするほど。 そんな時に姉のミシェルと婚約している伯爵令息のキースが来訪する。 キースは母に頼まれて学費の資金を援助すると申し出てくれました。 でもそれには条件があると言いイリスに愛人になれと迫るのです。 最近母の様子もおかしい?父以外の男性の影を匂わせる。何かと理由をつけて出かける母。 誰かと会う約束があったかもしれない……しかし現実は残酷で母がある男性から溺愛されている事実を知る。 「お母様!そんな最低な男に騙されないで!正気に戻ってください!」娘の悲痛な叫びも母の耳に入らない。 男性に恋をして心を奪われ、穏やかでいつも優しい性格の母が変わってしまった。 今まで大切に積み上げてきた家族の絆が崩れる。母は可愛い二人の娘から嫌われてでも父と離婚して彼と結婚すると言う。

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。 婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。 その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。 好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。 嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。 契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

おしどり夫婦の茶番

Rj
恋愛
夫がまた口紅をつけて帰ってきた。お互い初恋の相手でおしどり夫婦として知られるナタリアとブライアン。 おしどり夫婦にも人にはいえない事情がある。 一話完結。『一番でなくとも』に登場したナタリアの話です。未読でも問題なく読んでいただけます。

公爵令嬢の苦難

桜木弥生
恋愛
公然の場で王太子ジオルドに婚約破棄をされた公爵令嬢ロベリア。 「わたくしと婚約破棄をしたら、後ろ楯が無くなる事はご承知?わたくしに言うことがあるのではございませんこと?」 (王太子の座から下ろされちゃうから、私に言ってくれれば国王陛下に私から頼んだことにするわ。そうすれば、王太子のままでいられるかも…!) 「だから!お嬢様はちゃんと言わないと周りはわからないんですって!」 緊張すると悪役っぽくなってしまう令嬢と、その令嬢を叱る侍女のお話。 そして、国王である父から叱られる王子様のお話。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

婚約者が妹にフラついていたので相談してみた

crown
恋愛
本人に。

処理中です...