風と雨の神話

臣桜

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第二部・風1

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「村」

 ザアアアァァァ…………
 風が吹き、緑の葉が波の様な音をたてて、駆け抜ける風にその身を揺らす。
 時は新暦、白光の時代。
 ディスター大陸アザール地方。
 緑と水に恵まれた、大自然の実り多き地方である。人口はさほど多くはなく、農村が多くを占めている。『永久の緑』と呼ばれる大草原地帯の中に、ひっそりと息づく様にしてその村は存在した。
 草原が途切れた場所に、その昔彼らの祖先が開拓した平地にささやかな家屋が建ち、人工的に植えられた防風林がその周りを囲っていた。村の中心には遥か昔からそこにある大樹がその枝を天涯の様に広げ、眼下で繰り広げられる人間達の生活を見守っている。
 その村は、「風の村」と呼ばれた。
 村に生まれる女子は、百年に一度の割合で巫女となる資格を持って生まれる。巫女になるか否かは、村の産婆がその目をもって判断する。
 そういう意味で、産婆は長老に次ぐ地位にいた。
 巫女となった女子は、風の加護を得て村を守る存在となる。特別な奇跡を起こす力は持っていない。だが、古くからの習わし上、巫女となる少女は聖なる存在として扱われた。
 特別な存在には、やはりそれなりの待遇があると共に、制約もついた。
 月の女神が永遠の純潔を表す様に、その巫女たる者も、一生清らかな身でいなければならないのだ。その生涯を以って、男子に触れる事を禁忌とされている。
 男子に触れ、汚れた巫女は「厄災」として村に災いをもたらすと言われていた。


**


「大樹の少年」

 今、その村には年若い巫女がいる。
 その歳十二歳の少女。名をメイという。
 信仰心厚く、さっぱりとして飾らない性格で、皆に好かれている。また、術者としての素質もあり、回復の術を得意としていた。
 それが村の者には巫女としての特別な力に見えるのか、皆がメイの力の恩恵に授かろうとしていた。
 その日、メイは単身大樹のある丘へと散歩に向かっていた。風が清々しく、時折気持ち良さそうに目を細めながら、メイはゆっくりと歩む。
 風が吹く度に、肩より少し長い栗色の髪が軽やかに揺れた。
 裾の長い巫女服の裾を大胆にたくし上げて縛り、若々しい太腿を見せた姿でメイは歩いている。乳母が見たら、目を三角にして怒るであろう姿だ。
 だが、メイにとってぞろりとした巫女服は、動きにくい服以外の何者でもない。上質の布で出来ていても、綺麗な刺繍が施されていても、メイとしては村の少女が着ている様な、簡単で動きやすい服の方が羨ましかった。
 大樹の元に辿り着くと、メイは履いていたサンダルをその場に脱ぎ捨て、その年齢を物語るかの様な立派な樹の根に脚を掛けると、スルスルと器用によじ登って行く。
 数分木登りをすると、いつも彼女が座っている場所に辿り着く。太い枝に腰を下ろし、どっしりとした幹に身を任せる。
 初めにここに来る様になった頃には、もっと下の方に居たのだが、脱走がバレて捜される様になると次第に上へ上へと上って行き、今に至ってはかなり高い場所になっていた。
 風が吹き、木の葉がたてるサワサワという音が聞こえる。小鳥が上の方の枝で囀っている。
 そこからは、村の南半分が一望できた。決して多くはない家屋の煙突からは、台所から立ち上る煙が上がり、風に吹かれて頼りなくその形を変えていた。
 多くの男や若い者は働いている。畑で作業をしている者が大半。その他には、川で洗濯をしている女達や、屋根の修理や大工仕事をしている男達もいる。
 目に入る景色をメイは暫く眺めていたが、ふと、その場に立ち上がり思い切り息を吸い込むと、独り言にしてはかなりの大音量で愚痴を零し始める。
「むぁったく! 皆して私の事何だと思ってんのよ! 神様じゃないんだからね! なんでも出来ると思ったら大間違い! 転んだ怪我を治すレベルなのに、『癒しの巫女』だのなんだの……まぁ、『賤しの巫女』なんて言ったら大当たりなんだけどねぇ! きゃーははははは…………なんちゃって!」
そこまで言って自己完結すると、「はースッキリした」と呟き、背中に背負っていた袋から果物を取り出した。巫女服の裾でゴシゴシと拭いてかぶりつき、笑顔になる。勿論、果物は神殿の台所から拝借してきた物だ。
「っかー! んまい! 食べ盛りの少女にあんだけのご飯はないでしょうに。そのうち私、餓死しちゃうかも」
 など言いながら、メイは美味そうに果物を頬張る。もちゃもちゃと口を動かすその姿は、どこにでもいる十二歳の少女の姿であった。
 と、いきなりメイのいる枝の上から盛大に吹き出す音が聞こえ、メイは仰天して口に入っている物を喉に詰まらせる。
「っだ、誰!?」
 メイは涙目になって酷く噎せながら、キョロキョロと上を見回す。
「悪い……っく……ぷぷ」
 細い肩を笑いに震わせながら、一人の少年がメイのすぐ上の枝に身軽に降りてきた。
 見た事のない少年だ。
 村の人口はそう多くないに加え、メイは巫女としての立場上、全員の顔を知っている。村の者でない事は確かだ。
 美しい瞳と髪を持つ少年だった。
 メイが見た事のない深い碧。村の少年達とは違って肌の色は深窓の少女の様に白く、その顔立ちも少女と見まごうばかりにに整っている。
 この村の少女達はどちらかというと、大人達の手伝いなどをしているために逞しい。なので、かえってこの少年の方が華奢な少女に見えてしまう。
「誰よ、あんた」
 メイが拗ねた声で尋ねる。先程の独り言を聞かれたのでは、内容はともかく、最後のオヤジギャグはかなり恥ずかしい。
「こいつを治して欲しいんだ」
 だが、少年はメイの質問には答えず、その手に大切そうに包んでいる小鳥を見せた。
 小鳥は羽根の付け根あたりに傷を負っている。肉食の動物に引っ掻かれたのだろうか。
「治せるだろ? お前なら」
 心配そうに小鳥を見ていた少年が、不意にメイの顔を見るとニッコリと笑ってそう言った。屈託の無いその笑顔に、メイは怒る気力も失せて頷く。
「いいけど。私の名前はメイよ」
 苦笑してそう言うと、メイは少年の手の中に小鳥に向かってその手を差し出し、回復の呪文(スペル)を唱え始める。歌う様な抑揚(リズム)で呪文を唱えると同時に、メイの両手から温かい癒しの光が溢れてゆっくりと小鳥の傷を癒していった。
 やがて、小鳥の痛々しい傷は塞がり、少年はホッとして表情でメイに礼を言う。
「良かった……ありがとう、メイ」
 少年の笑顔にメイは好感を持った。
「どういたしまして。所で貴方の名前は?」
 メイが再び少年の名を問うた時、大樹の根元の方から彼女を呼ぶ声がした。
「メイ様~? いらっしゃらないんですかぁ?」
「あ……」
 それに気を取られてメイは地上を見下ろす。
 幾重にも重なった枝の間から、神殿の世話係の姿がチラリと見えた。上の方を向いて探しているが、メイの姿はまだ見つけられていないらしい。
「行かなくちゃ」と言って再び少年の方を向くと、そこには誰もいなかった。
 鳥が羽ばたく音がしてそちらに顔を向けると、先程の小鳥が空へ帰ってゆくところだ。
 暫くメイは茫然として樹の葉擦れの音を聞いていたが、「何なのよ……もぉ」と呟くと、のろのろと樹を降り始める。
 地上に降りたメイが、毎度のお説教を食らいながら帰ってゆく姿を、大樹の遥か上の枝から少年が笑って見送っていた。その肩には小鳥がちょこんと留まっている。
「またね、メイ……」
 そう言うと、少年は肩の上の小鳥をその腕に移動させ、腕を優しく振って「お行き」と飛ばせると、大樹に同化する様にその姿を消した。
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