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第二部・風3
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「風の吹かない夜」
湿気の多い、かび臭い部屋。
全身に『封魔の戒め』を施され、メイは神殿の離れにある牢に繋がれていた。
この小さな村に、裁判所や牢獄などはない。
昔から警備の役割を持った家があり、そこの家長が村をパトロールしたりなど、その程度だ。何か犯罪あったとしても、それは些細な盗み位だ。そういう場合には、それぞれの家の代表者が集まって処置を決める。
メイが今監禁されているのは、古くからある石造りの建物だ。それは巫女が『厄災』となった時のために作られた建物である。
もう長いあいだ使われていなかったそこは、一応の掃除はされているものの、独特の臭気と冷ややかさがあった。
食事らしい食事を与えられず、メイは衰弱していた。ここに繋がれてから、一体何日経ったのだろうか。
絶望と悲しみが、少女の小さな体を支配していた。
閉ざされた自分の人生への絶望もある。だが、それ以上に豹変した村人達の態度が、鋭利な刃物の様にメイの心を引き裂いた。
悲しみ……という言葉では表す事の出来ない、どうにもならない感情がある。
「裏切り」と言えるほど、自分と村人達の絆は深かっただろうか。
――分からない。
ただ一つ分かるのは、彼らの事が好きだったという事だ。
名乗り出る事は禁じられているので誰かは分からないが、自分の実の両親や家族も村人の中にいるのだ。
巫女としての自分に、どれだけの価値と力があるのかは分からないが、メイは常に彼らの幸福を祈っていた。
それが自分の役目だから、という事もある。
だが、それ以上に自分の知る全ての人に、幸せになって欲しいと思う気持ちは本物だった。
――偽善だろうか?
でも、それが自分に言えるすべてだ。
「私はこんなにあなた達の事を思っているのに……」と思っていないと言えば嘘になる。
その気持ちが全くなければ、メイは本当の聖女になってしまう。
メイは聖女ではない。それは自分自身がよく解っている。
ただ、巫女という立場を与えられた、中身はどこにでもいる普通の少女に過ぎない。その心の中は皆と同じだ。
こんな所に閉じ込められて、憤慨したり悲しんだりするのは当たり前だ。こんな拷問道具で責められれば、誰だって血を流すし激痛に悲鳴を上げる。
そんな人間として当たり前の事すら、メイには許されなかった。
痛みに悲鳴を上げようとして口を開ければ、呪いの言葉を吐くつもりだと言われて口に物を入れられる。
肉体と心の痛みを、少しでも放出しようとあらゆる手段を取ろうとしても、それが本当に些細な行動や表情であっても、すべてが思いもよらない解釈の仕方をされて、結局はそれまで以上の苦痛と苦しみを与えられる。
いくら自分の身が潔白だという事を訴えても、誰も耳を貸そうとしてくれる者はいなかった。向けられるのは冷たい視線と呪いの言葉だけだ。
何を、どうすればここまで変わってしまえるのだろうか。
それでも、彼らは昔からの言い伝えというものを信じて、自分達の身の安全を考えた上でこの様な結果を導き出してしまっただけだ。
本当に恨むべきは、形が無い故に確固たる真実を見せない、下らない風習だ。彼らを恨むのは、筋違いだろう。
遣り場のない思いがメイを支配する。
ガラスのはまっていない、小さな窓から見える月だけが、メイに許されたささやかな心の支えであった。
そっと、月の女神の名を呟く。
それだけで、酷く舌が痛んだ。
『封魔の戒め』が彼女の舌を貫いているからだ。
口の中は血と金属の味で支配されている。堪らなく、具合が悪い。しかし、皮肉な事にその他の部分の痛みが、それを紛らわせていた。
舌だけではないのだ。掌、腕、足。至る所が、聖なる道具という名の拷問具によって、残酷に貫かれていた。
『厄災』となった者が呪いの言葉を吐いたりする事が出来ぬように、残酷な処置をされている。
悪を退治する為には、例えそれが華奢な少女の姿をしていても、どんな残酷な行為もすべて正当化されるのだ。
メイはそんな状態で、ただ、窓から見える月が徐々に満ちてゆくのを眺めていた。
数日を経て月はゆっくりと正円に近付き、今日が満月の日であった。
――満月。
それはメイの処刑の日であった。
月の女神の目の前で、『厄災』となった巫女を処刑する。
それが、『禁忌』を犯した巫女に定められた運命であった。
昨日の昼頃から、神殿の祭事場の方で騒がしい物音が聞こえていた。恐らく火刑台の準備をしているのだろう。
扉の向こうから、廊下を歩く数人の足音が聞こえ、それが近付いて来ると重たい扉が耳障りな音をたてて開けられた。
そこには、かつてメイに笑いかけてくれた者達が立っていた。
だが、彼らの目にかつての親しい光はない。
仮面を被ってしまったかのような動かぬ表情の中で、冷たく光る目だけが侮蔑と恐怖、嫌悪をもってメイを見ている。
彼らは無言でメイを縛り付けていた鎖を解き、彼女を引き摺って行く。
メイが苦痛の声を上げるが、男達はお構いなしにメイを処刑場まで連れて行った。いまや絶対悪であるメイには、人としての尊厳も掛けるべき情けも無いのだ。
極度の飢えと苦痛のためにぼんやりとした意識の中で、メイの耳に周囲の声が入って来た。メイを遠巻きに見ながら囁かれる、敵意の篭った声だ。
『厄災』、『巫女』、『処刑』……。そんな単語ばかりであった。
口を動かさずに、メイは月の女神に祈り続ける。
やがて、メイは火刑台に縛り付けられた。
一段と高いその場所で、メイは自分が『厄災』となってしまってから、初めて村の人々を見る事ができた。
不安。恐怖。『悪』を退治する事への歪んだ勝利の笑み。忌まわしいものを見る目。石を投げる者さえいた。
不思議と、メイの心は凪いでいた。
ただ、あの少年の安否だけが心残りでならない。
巫女を『厄災』たらしめた相手の男も、もちろん処刑される事になっている。だが周囲の様子を見ても少年の姿はなく、これから連れられて来る気配もない。
――無事に逃げ切る事が出来たのだろうか。
そう思うと、心が軽かった。
処刑を取り仕切る長老が、火刑台の隣にある台の上で、メイの罪状を高らかに告げ始めた。
月の女神を褒め称え、その巫女である者がどの様な禁を犯したかを、朗々とした声で読み上げる。
女神への謝罪の言葉と、汚れた巫女の命をもって罪を償うという事を宣誓する。
そして、メイの足元に積み上げられた薪に、獣油が勢い良く撒かれた。
――静寂。
その時、小さな子供の声が、緊張に包まれた空気を震わせる。
「お母さぁん……これ、動かないのぉ……」
家にいるようにと厳しく言い聞かせたはずなのに、いつの間にか抜け出て来たらしい。その小さな手には風車が握られている。
この村は風の通り道であるため、風車は持って走らなくてもよく廻る。だが、軽い紙で作られたそれは、微塵も動かない。
それを見て、その子供の側に立っていた青年が言う。
「そうだ……風が吹いてないんだ。どうも最近、変な感じがしていたと思ったら……」
青年の言葉を聞いて、周りの者達が口々に賛同し始める。
「そういえばこのところ、快晴続きだったねぇ」
「雨も降ってない」
このあたりは、湿度が高いので二、三日と置かずに雨が降る。晴れていても快晴は珍しく、空のどこかに必ず雲があるのが通常だ。
だが、このところ快晴が何日も続き、その上風が吹いていないので、村人達は暑い思いをしていたのだ。
「やはり『厄災』のせいか……」
そして、案の定そこに帰結する。
その時、一際大きな声で長老が最後の言葉を告げた。
「今ここに、汚れた巫女の命をもって、謝罪致します!」
同時に、メイの足元に一本の松明が投げ込まれた。
獣油に火が灯り、あっという間に燃え広がっていった。
「っああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
凄まじい絶叫が広場に響き渡る。
獣油の燃え上がる臭いがじんわりと広がる。どこまでも尾を引くメイの絶叫を、人々は顔を背けて聞いていた。
激しく燃え上がる炎の柱と、少女の絶叫が夜の闇を裂く。
『封魔の戒め』によって流された血で、赤く彩られた純白の贖罪の衣装が、炎に煽られて大きくはためく。
緋色と闇の色、そして白が激しく交差し、人々の網膜を焼く。
「マルラ様あああああああぁぁぁっ!」
メイが女神の名を叫んだ。
あまりに悲痛で、透明な程に純粋な声。
――ぞわり。
村人達の背筋に鳥肌が立つ。
魂の絶叫。心の底から、何かを激しく突き上げる声。
メイは涙を流し、女神への祈りを叫んだ。
それは人々の幸福を祈る神言だ。
祭事があった時にいつも、メイが銀の錫杖を持って謳いあげた、馴染みの祈りだった。
睫毛を焼かれながらも眼を見開き、天にひっそりと輝く月をただ見詰めて、メイは祈りの言葉を叫び続けた。舌を貫く『封魔の戒め』が炎に焼かれて熱を持ち、口腔を焼いても力の限り叫び続けた。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁ……っ!!」
人垣の中で誰かが叫び、膝をついた。
メイを通告した少年だった。
ガクガクと顎を震わせ、溢れ出る涙を、鼻水を拭う事も出来ずに、少年は号泣した。
蛋白質の焦げる不快な臭気が、鼻を突き始めた。
炎が爆ぜ、風の無い夜を照らし上げる。
その場にある、ありとあらゆるものを照らし出した。
自らの保身の為ならば、如何なる残虐な行為も行い、容認する者達。
人を憎む事を、呪う事を知らず、ただ純粋に他人の幸せを祈る者。
烈火は容赦の無い光でそのことごとくを、大地に黒々とした影として叩き付ける。
――無情な程に。
人々の間に、悔恨と動揺が走り抜ける。
だが、もう遅かった。
「静まれ! 我々の目の前に居るのは、『厄災』だ! 『厄災』は灰となり、風に乗ってこの地から去る!」
長老が動揺する村人達を一喝する。
「お母さぁん……風、吹かないよぉ……」
処刑の概念する分からぬ幼女が、動かない風車の事を必死に母親に訴え続ける。
火刑台に積み上げられた薪が、大きな音を立て崩れた。その音にビクリとして、人々のざわめきが一瞬凪いだ時、
「汝が子らに幸い在れ!」
メイが最後の言葉を吐き出し、それきり声を上げる事はなくなった。
後はただ、残された肉が炎に焼かれた。
――残された者達が涙を流した。
湿気の多い、かび臭い部屋。
全身に『封魔の戒め』を施され、メイは神殿の離れにある牢に繋がれていた。
この小さな村に、裁判所や牢獄などはない。
昔から警備の役割を持った家があり、そこの家長が村をパトロールしたりなど、その程度だ。何か犯罪あったとしても、それは些細な盗み位だ。そういう場合には、それぞれの家の代表者が集まって処置を決める。
メイが今監禁されているのは、古くからある石造りの建物だ。それは巫女が『厄災』となった時のために作られた建物である。
もう長いあいだ使われていなかったそこは、一応の掃除はされているものの、独特の臭気と冷ややかさがあった。
食事らしい食事を与えられず、メイは衰弱していた。ここに繋がれてから、一体何日経ったのだろうか。
絶望と悲しみが、少女の小さな体を支配していた。
閉ざされた自分の人生への絶望もある。だが、それ以上に豹変した村人達の態度が、鋭利な刃物の様にメイの心を引き裂いた。
悲しみ……という言葉では表す事の出来ない、どうにもならない感情がある。
「裏切り」と言えるほど、自分と村人達の絆は深かっただろうか。
――分からない。
ただ一つ分かるのは、彼らの事が好きだったという事だ。
名乗り出る事は禁じられているので誰かは分からないが、自分の実の両親や家族も村人の中にいるのだ。
巫女としての自分に、どれだけの価値と力があるのかは分からないが、メイは常に彼らの幸福を祈っていた。
それが自分の役目だから、という事もある。
だが、それ以上に自分の知る全ての人に、幸せになって欲しいと思う気持ちは本物だった。
――偽善だろうか?
でも、それが自分に言えるすべてだ。
「私はこんなにあなた達の事を思っているのに……」と思っていないと言えば嘘になる。
その気持ちが全くなければ、メイは本当の聖女になってしまう。
メイは聖女ではない。それは自分自身がよく解っている。
ただ、巫女という立場を与えられた、中身はどこにでもいる普通の少女に過ぎない。その心の中は皆と同じだ。
こんな所に閉じ込められて、憤慨したり悲しんだりするのは当たり前だ。こんな拷問道具で責められれば、誰だって血を流すし激痛に悲鳴を上げる。
そんな人間として当たり前の事すら、メイには許されなかった。
痛みに悲鳴を上げようとして口を開ければ、呪いの言葉を吐くつもりだと言われて口に物を入れられる。
肉体と心の痛みを、少しでも放出しようとあらゆる手段を取ろうとしても、それが本当に些細な行動や表情であっても、すべてが思いもよらない解釈の仕方をされて、結局はそれまで以上の苦痛と苦しみを与えられる。
いくら自分の身が潔白だという事を訴えても、誰も耳を貸そうとしてくれる者はいなかった。向けられるのは冷たい視線と呪いの言葉だけだ。
何を、どうすればここまで変わってしまえるのだろうか。
それでも、彼らは昔からの言い伝えというものを信じて、自分達の身の安全を考えた上でこの様な結果を導き出してしまっただけだ。
本当に恨むべきは、形が無い故に確固たる真実を見せない、下らない風習だ。彼らを恨むのは、筋違いだろう。
遣り場のない思いがメイを支配する。
ガラスのはまっていない、小さな窓から見える月だけが、メイに許されたささやかな心の支えであった。
そっと、月の女神の名を呟く。
それだけで、酷く舌が痛んだ。
『封魔の戒め』が彼女の舌を貫いているからだ。
口の中は血と金属の味で支配されている。堪らなく、具合が悪い。しかし、皮肉な事にその他の部分の痛みが、それを紛らわせていた。
舌だけではないのだ。掌、腕、足。至る所が、聖なる道具という名の拷問具によって、残酷に貫かれていた。
『厄災』となった者が呪いの言葉を吐いたりする事が出来ぬように、残酷な処置をされている。
悪を退治する為には、例えそれが華奢な少女の姿をしていても、どんな残酷な行為もすべて正当化されるのだ。
メイはそんな状態で、ただ、窓から見える月が徐々に満ちてゆくのを眺めていた。
数日を経て月はゆっくりと正円に近付き、今日が満月の日であった。
――満月。
それはメイの処刑の日であった。
月の女神の目の前で、『厄災』となった巫女を処刑する。
それが、『禁忌』を犯した巫女に定められた運命であった。
昨日の昼頃から、神殿の祭事場の方で騒がしい物音が聞こえていた。恐らく火刑台の準備をしているのだろう。
扉の向こうから、廊下を歩く数人の足音が聞こえ、それが近付いて来ると重たい扉が耳障りな音をたてて開けられた。
そこには、かつてメイに笑いかけてくれた者達が立っていた。
だが、彼らの目にかつての親しい光はない。
仮面を被ってしまったかのような動かぬ表情の中で、冷たく光る目だけが侮蔑と恐怖、嫌悪をもってメイを見ている。
彼らは無言でメイを縛り付けていた鎖を解き、彼女を引き摺って行く。
メイが苦痛の声を上げるが、男達はお構いなしにメイを処刑場まで連れて行った。いまや絶対悪であるメイには、人としての尊厳も掛けるべき情けも無いのだ。
極度の飢えと苦痛のためにぼんやりとした意識の中で、メイの耳に周囲の声が入って来た。メイを遠巻きに見ながら囁かれる、敵意の篭った声だ。
『厄災』、『巫女』、『処刑』……。そんな単語ばかりであった。
口を動かさずに、メイは月の女神に祈り続ける。
やがて、メイは火刑台に縛り付けられた。
一段と高いその場所で、メイは自分が『厄災』となってしまってから、初めて村の人々を見る事ができた。
不安。恐怖。『悪』を退治する事への歪んだ勝利の笑み。忌まわしいものを見る目。石を投げる者さえいた。
不思議と、メイの心は凪いでいた。
ただ、あの少年の安否だけが心残りでならない。
巫女を『厄災』たらしめた相手の男も、もちろん処刑される事になっている。だが周囲の様子を見ても少年の姿はなく、これから連れられて来る気配もない。
――無事に逃げ切る事が出来たのだろうか。
そう思うと、心が軽かった。
処刑を取り仕切る長老が、火刑台の隣にある台の上で、メイの罪状を高らかに告げ始めた。
月の女神を褒め称え、その巫女である者がどの様な禁を犯したかを、朗々とした声で読み上げる。
女神への謝罪の言葉と、汚れた巫女の命をもって罪を償うという事を宣誓する。
そして、メイの足元に積み上げられた薪に、獣油が勢い良く撒かれた。
――静寂。
その時、小さな子供の声が、緊張に包まれた空気を震わせる。
「お母さぁん……これ、動かないのぉ……」
家にいるようにと厳しく言い聞かせたはずなのに、いつの間にか抜け出て来たらしい。その小さな手には風車が握られている。
この村は風の通り道であるため、風車は持って走らなくてもよく廻る。だが、軽い紙で作られたそれは、微塵も動かない。
それを見て、その子供の側に立っていた青年が言う。
「そうだ……風が吹いてないんだ。どうも最近、変な感じがしていたと思ったら……」
青年の言葉を聞いて、周りの者達が口々に賛同し始める。
「そういえばこのところ、快晴続きだったねぇ」
「雨も降ってない」
このあたりは、湿度が高いので二、三日と置かずに雨が降る。晴れていても快晴は珍しく、空のどこかに必ず雲があるのが通常だ。
だが、このところ快晴が何日も続き、その上風が吹いていないので、村人達は暑い思いをしていたのだ。
「やはり『厄災』のせいか……」
そして、案の定そこに帰結する。
その時、一際大きな声で長老が最後の言葉を告げた。
「今ここに、汚れた巫女の命をもって、謝罪致します!」
同時に、メイの足元に一本の松明が投げ込まれた。
獣油に火が灯り、あっという間に燃え広がっていった。
「っああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
凄まじい絶叫が広場に響き渡る。
獣油の燃え上がる臭いがじんわりと広がる。どこまでも尾を引くメイの絶叫を、人々は顔を背けて聞いていた。
激しく燃え上がる炎の柱と、少女の絶叫が夜の闇を裂く。
『封魔の戒め』によって流された血で、赤く彩られた純白の贖罪の衣装が、炎に煽られて大きくはためく。
緋色と闇の色、そして白が激しく交差し、人々の網膜を焼く。
「マルラ様あああああああぁぁぁっ!」
メイが女神の名を叫んだ。
あまりに悲痛で、透明な程に純粋な声。
――ぞわり。
村人達の背筋に鳥肌が立つ。
魂の絶叫。心の底から、何かを激しく突き上げる声。
メイは涙を流し、女神への祈りを叫んだ。
それは人々の幸福を祈る神言だ。
祭事があった時にいつも、メイが銀の錫杖を持って謳いあげた、馴染みの祈りだった。
睫毛を焼かれながらも眼を見開き、天にひっそりと輝く月をただ見詰めて、メイは祈りの言葉を叫び続けた。舌を貫く『封魔の戒め』が炎に焼かれて熱を持ち、口腔を焼いても力の限り叫び続けた。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁ……っ!!」
人垣の中で誰かが叫び、膝をついた。
メイを通告した少年だった。
ガクガクと顎を震わせ、溢れ出る涙を、鼻水を拭う事も出来ずに、少年は号泣した。
蛋白質の焦げる不快な臭気が、鼻を突き始めた。
炎が爆ぜ、風の無い夜を照らし上げる。
その場にある、ありとあらゆるものを照らし出した。
自らの保身の為ならば、如何なる残虐な行為も行い、容認する者達。
人を憎む事を、呪う事を知らず、ただ純粋に他人の幸せを祈る者。
烈火は容赦の無い光でそのことごとくを、大地に黒々とした影として叩き付ける。
――無情な程に。
人々の間に、悔恨と動揺が走り抜ける。
だが、もう遅かった。
「静まれ! 我々の目の前に居るのは、『厄災』だ! 『厄災』は灰となり、風に乗ってこの地から去る!」
長老が動揺する村人達を一喝する。
「お母さぁん……風、吹かないよぉ……」
処刑の概念する分からぬ幼女が、動かない風車の事を必死に母親に訴え続ける。
火刑台に積み上げられた薪が、大きな音を立て崩れた。その音にビクリとして、人々のざわめきが一瞬凪いだ時、
「汝が子らに幸い在れ!」
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