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崩壊の音
俺――、西崎秀弥は、大学生までは普通の少年時代を過ごしてきた。
いや、普通より恵まれた人生を送ってきたと言っていい。
家は代々地主で、黙っていても不動産で得た金が入ってくる。
祖父は代々受け継いだ不動産会社の社長を務め、親父はいずれ跡を継ぐために役員をしていた。
両親は共通の知り合いから紹介されて付き合うようになり、美しい母は親父の眼鏡に適い、無事結婚となった。
その後、二人は周囲から〝理想〟と言われる結婚生活を送ってきた。
俺を産んだあとに母は体調を崩し、弟妹を作れない体になったが、それ以外はほとんどの願いを叶えたと言っていい。
大きい家に住み、夫は実家が経営する会社の役員、母は友人たちとランチに行き、伝統芸能や舞台、クラシックコンサートに行くなど、優雅な生活を送っていた。
俺はエスカレーター式の坊ちゃん学校に通い、友人たちといい関係を築いてきた。
いい教育を受けたし、経営者である祖父に先々について聞かされていた事もあり、若いうちに経済的に自立できるよう、学び続けた。
都内の有名大学に入学したあとは、人生で最も輝いていた時と言っていい。
いい人間関係を築くには、外見を整える事も大事と思っていたから、当然のようにモテた。
バカをやりたがる奴らとは距離を置き、将来的に見込みのある奴と付き合い、建設的な話をしていった。
当時の俺は自分が誰よりも優れていると思い、全能感に駆られていた。
――誰も俺の人生を邪魔する奴はいない。
――あとは祖父の会社に入り、出世街道まっしぐらだ。
――資金が手に入ったら、自分の会社を興すのもいいかもしれない。
そんな矢先、悪魔が現れた。
二十歳になった時は、都内のマンションで一人暮らしをしていた。
だから母の変化に気づくのが遅れてしまった。
たまに実家に帰る時、いつもなら母は大喜びして手作りの菓子を作って待っていてくれた。
俺が大学でどう過ごしているかを聞きたがり、『彼女を紹介してくれないの?』とからかってくる。
そんな、ごく普通のやり取りがあったはずだった。
だがいつも綺麗に見た目を整えている母は、数日風呂に入っていないかのようにボサボサの髪をし、顔色も悪い。
『どうしたの?』と尋ねようとしたが、普段見た目を気にしている母に対し、外見の変化をしていいものか迷った。
俺はパティスリーのケーキを食べ、母に大学生活について語る。
いつもなら興味津々で俺の話を聞いている母は、心ここにあらずという雰囲気だ。
母が手洗いに立った時、俺はケーキ皿を片づけておこうと思って立ちあがった。
キッチンに皿を運び、プラスチックゴミを専用のゴミ箱に捨てようとした時――、中にぎっしりと入っているカップ麺や弁当のゴミを見てギョッとした。
俺の母は手料理を夫と息子に食べさせたいと思う人で、インスタント物などを軽視している訳ではないが、専業主婦をしている以上、料理も菓子も自分で作る人だった。
そんな人がこんなゴミを出すはずがない。
ゴミ箱を見た時、見てはいけないものを見てしまった気持ちになった。
何もなかったように皿を片づけてソファに戻った俺は、手洗いから戻ってきた母の顔を見られずにいた。
(いつもと変わりなく迎えてくれたと思っていたのに、身なりに気を遣っていないように見えるのも全部、何か異変があったから……?)
ザワザワする心を抑え、俺は覚悟を決めて母に尋ねた。
『……母さん、何かあった? ……今まで気付けなくてごめん』
おずおずと母に尋ねると、年齢の割に若いと褒められる母は俺を見て微笑み――、ポロッと涙を零した。
生まれてこの方、母の涙を見た事のない俺は、ひどく狼狽した。
『ど……っ、どうしたんだ? 体調が悪い? 悲しい事があった?』
尋ねると、母はしばらくの間黙って涙を流したあと、さらに笑みを深めて言った。
『お父さん、浮気してるみたい。……ずっと家に帰ってこないの』
『は!?』
訳が分からず、俺は声を上げる。
父は頻繁に『愛している』と妻に囁くだだ甘な男ではないが、周囲から愛妻家と呼ばれる人ではあった。
それが浮気?
結婚二十年を超える妻と、息子がいるのに?
遅れて胸に宿ったのは、激しい怒りだ。
いや、普通より恵まれた人生を送ってきたと言っていい。
家は代々地主で、黙っていても不動産で得た金が入ってくる。
祖父は代々受け継いだ不動産会社の社長を務め、親父はいずれ跡を継ぐために役員をしていた。
両親は共通の知り合いから紹介されて付き合うようになり、美しい母は親父の眼鏡に適い、無事結婚となった。
その後、二人は周囲から〝理想〟と言われる結婚生活を送ってきた。
俺を産んだあとに母は体調を崩し、弟妹を作れない体になったが、それ以外はほとんどの願いを叶えたと言っていい。
大きい家に住み、夫は実家が経営する会社の役員、母は友人たちとランチに行き、伝統芸能や舞台、クラシックコンサートに行くなど、優雅な生活を送っていた。
俺はエスカレーター式の坊ちゃん学校に通い、友人たちといい関係を築いてきた。
いい教育を受けたし、経営者である祖父に先々について聞かされていた事もあり、若いうちに経済的に自立できるよう、学び続けた。
都内の有名大学に入学したあとは、人生で最も輝いていた時と言っていい。
いい人間関係を築くには、外見を整える事も大事と思っていたから、当然のようにモテた。
バカをやりたがる奴らとは距離を置き、将来的に見込みのある奴と付き合い、建設的な話をしていった。
当時の俺は自分が誰よりも優れていると思い、全能感に駆られていた。
――誰も俺の人生を邪魔する奴はいない。
――あとは祖父の会社に入り、出世街道まっしぐらだ。
――資金が手に入ったら、自分の会社を興すのもいいかもしれない。
そんな矢先、悪魔が現れた。
二十歳になった時は、都内のマンションで一人暮らしをしていた。
だから母の変化に気づくのが遅れてしまった。
たまに実家に帰る時、いつもなら母は大喜びして手作りの菓子を作って待っていてくれた。
俺が大学でどう過ごしているかを聞きたがり、『彼女を紹介してくれないの?』とからかってくる。
そんな、ごく普通のやり取りがあったはずだった。
だがいつも綺麗に見た目を整えている母は、数日風呂に入っていないかのようにボサボサの髪をし、顔色も悪い。
『どうしたの?』と尋ねようとしたが、普段見た目を気にしている母に対し、外見の変化をしていいものか迷った。
俺はパティスリーのケーキを食べ、母に大学生活について語る。
いつもなら興味津々で俺の話を聞いている母は、心ここにあらずという雰囲気だ。
母が手洗いに立った時、俺はケーキ皿を片づけておこうと思って立ちあがった。
キッチンに皿を運び、プラスチックゴミを専用のゴミ箱に捨てようとした時――、中にぎっしりと入っているカップ麺や弁当のゴミを見てギョッとした。
俺の母は手料理を夫と息子に食べさせたいと思う人で、インスタント物などを軽視している訳ではないが、専業主婦をしている以上、料理も菓子も自分で作る人だった。
そんな人がこんなゴミを出すはずがない。
ゴミ箱を見た時、見てはいけないものを見てしまった気持ちになった。
何もなかったように皿を片づけてソファに戻った俺は、手洗いから戻ってきた母の顔を見られずにいた。
(いつもと変わりなく迎えてくれたと思っていたのに、身なりに気を遣っていないように見えるのも全部、何か異変があったから……?)
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『……母さん、何かあった? ……今まで気付けなくてごめん』
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『ど……っ、どうしたんだ? 体調が悪い? 悲しい事があった?』
尋ねると、母はしばらくの間黙って涙を流したあと、さらに笑みを深めて言った。
『お父さん、浮気してるみたい。……ずっと家に帰ってこないの』
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