50 / 114
根本的にすべてがおかしい訳じゃない
俺は微笑み、首を横に振る。
「じゃあ君も、俺や夕貴を探るためにうちの会社に来ないでほしい。これは取引だ。お互いに約束を守れば、君も職場で不愉快な思いをしなくて済む」
高瀬はまた敵意の籠もった目で俺を見ていたが、息を吐いてから歩き始めた。
「外でこんな話をするのは嫌だわ。適当に良さそうな店を見つけて。勿論、あなたの奢りよ」
「はいはい。そう言うと思って、個室を予約しておいたよ」
そう言ったあと、俺は少し歩いたところにある寿司懐石の店に向かった。
こんな女に高級料理をご馳走するのは避けたいが、ここで安価な店に連れていけば「私を見くびってる」と思われてしまう。
接待の基本は「あなたを尊重しています」と示すために、きちんとした店を用意する事だ。
(良さそうな店だったけど、最初で最後かな。勿体ない)
勿論、店で騒ぐつもりはないが、高瀬と話をした店に夕貴を連れていくつもりはないし、友人や仕事関係の人を連れていくのも控えたい。
美味い飯を食うには、いい思い出がある場所にしたい。それが俺のモットーだ。
心の中で呟き、俺は高瀬の歩調に合わせて夜の六本木を歩いた。
「へぇ、なかなかいいお店じゃない」
個室に案内され、スパークリングの日本酒を頼んだあと、高瀬はおしぼりで手を拭きながら言う。
まんざらでもない表情だったので、とりあえずは成功だ。
「お気に召して何よりだ」
「……簡単に自己紹介してくれる? あなたの事は大して知らないから」
嘘か本当か分からないが、確かに〝一応〟俺たちは初対面だ。名乗るのがマナーだろう。
「俺は西崎秀弥。桧物谷食品株式会社の商品企画部の課長補佐。三十二歳。長谷川夕貴さんとは、三年前から付き合ってる」
夕貴が俺に愛されていると自覚したのは最近だが、そこはぼかしておく。
あえてこちらが不利になる情報を出す必要はない。
高瀬は俺を見極めるように目を細め、息を吐くと自己紹介をする。
「私は高瀬奈々。黒鋼商事の営業部所属の二十四歳。長谷川亮くんの親友で、彼からは勘違いされて遠ざけられている」
おっとそうきたか。
根本的な認識のずれを理解し、俺は頷く。
その時、スパークリングの日本酒が運ばれてきて、とりあえず乾杯する事にした。
「大人の話し合いに」
そう言うと、高瀬は皮肉げな表情で笑い、グラスを合わせてきた。
そのあと先付から順番に料理が運ばれてきて、見た目も美しく味も一流なのに、心から楽しめないのが残念だ。
「まず、高瀬さんが学生時代からどういう感情を抱いてきたか、教えてくれる?」
尋ねると、彼女は雲丹を食べ終えたあとに目を閉じて余韻を楽しみ、息を吐いてから語り出した。
「私は亮と、中学一年生からの付き合いだったわ。エスカレーター式の進学校で、クラスメイトは比較的裕福な家庭の子が多かった。その中で亮は飛び抜けた美貌で目立っていて、女子はすぐに彼に夢中になったわ。話しかけて友達になろうとして、亮の取り合いみたいになった。……まだ子供だから、男子はそういうのを見て嫉妬したみたいね。亮は男子の間で孤立した」
彼女は溜め息をつき、テーブルの下で脚を組む。
「亮は小学五年生の時に、母親を亡くした。病死だったけど、酷く傷ついたと思う。でも彼は聡く、大人だった。泣き叫んだりしないし、行き場のない怒りや悲しみを自分の中に押し込めていた。そんな彼に女子たちが勝手に期待し、友達になるはずだった男子たちは、亮を知る前に彼を見捨てた。あんまりよね。……私はそんな彼の友達になりたかった」
高瀬の話を聞き、俺は自分の価値観が改められた事を感じた。
夕貴から亮くんの話を聞いてヤバイ奴と思ったし、高瀬が〝今も〟自分は亮くんの親友だと思っているのを聞いて、まともじゃないと思っている。
でも根本的にすべてがおかしい訳じゃない。
彼女は会社でバリバリ働いているし、周囲の人には〝若くてやり手な女性〟と思われているだろう。
夕貴の話を聞いて亮くんを被害者と思ったけど、高瀬は彼に出会わなければ、凶行を起こさなかったかもしれない。
『かもしれない』の話をしても、どうにもならないけど。
だから彼女が思っていた以上に冷静に過去を振り返るのを聞いて、少し見直した。
「母親を亡くした上に、自分のせいで〝友達〟になれたかもしれない人が、離れたり、自分に夢中になっていく。中学一年生の時点で大きなストレスを抱えた亮は、孤独を選んだ。自分を求める女子を拒否し、男子からのいじめを無視し、自分の殻に籠もった」
残念ながら亮くんのこの時期は、高瀬が一番よく知っているんだろう。
「じゃあ君も、俺や夕貴を探るためにうちの会社に来ないでほしい。これは取引だ。お互いに約束を守れば、君も職場で不愉快な思いをしなくて済む」
高瀬はまた敵意の籠もった目で俺を見ていたが、息を吐いてから歩き始めた。
「外でこんな話をするのは嫌だわ。適当に良さそうな店を見つけて。勿論、あなたの奢りよ」
「はいはい。そう言うと思って、個室を予約しておいたよ」
そう言ったあと、俺は少し歩いたところにある寿司懐石の店に向かった。
こんな女に高級料理をご馳走するのは避けたいが、ここで安価な店に連れていけば「私を見くびってる」と思われてしまう。
接待の基本は「あなたを尊重しています」と示すために、きちんとした店を用意する事だ。
(良さそうな店だったけど、最初で最後かな。勿体ない)
勿論、店で騒ぐつもりはないが、高瀬と話をした店に夕貴を連れていくつもりはないし、友人や仕事関係の人を連れていくのも控えたい。
美味い飯を食うには、いい思い出がある場所にしたい。それが俺のモットーだ。
心の中で呟き、俺は高瀬の歩調に合わせて夜の六本木を歩いた。
「へぇ、なかなかいいお店じゃない」
個室に案内され、スパークリングの日本酒を頼んだあと、高瀬はおしぼりで手を拭きながら言う。
まんざらでもない表情だったので、とりあえずは成功だ。
「お気に召して何よりだ」
「……簡単に自己紹介してくれる? あなたの事は大して知らないから」
嘘か本当か分からないが、確かに〝一応〟俺たちは初対面だ。名乗るのがマナーだろう。
「俺は西崎秀弥。桧物谷食品株式会社の商品企画部の課長補佐。三十二歳。長谷川夕貴さんとは、三年前から付き合ってる」
夕貴が俺に愛されていると自覚したのは最近だが、そこはぼかしておく。
あえてこちらが不利になる情報を出す必要はない。
高瀬は俺を見極めるように目を細め、息を吐くと自己紹介をする。
「私は高瀬奈々。黒鋼商事の営業部所属の二十四歳。長谷川亮くんの親友で、彼からは勘違いされて遠ざけられている」
おっとそうきたか。
根本的な認識のずれを理解し、俺は頷く。
その時、スパークリングの日本酒が運ばれてきて、とりあえず乾杯する事にした。
「大人の話し合いに」
そう言うと、高瀬は皮肉げな表情で笑い、グラスを合わせてきた。
そのあと先付から順番に料理が運ばれてきて、見た目も美しく味も一流なのに、心から楽しめないのが残念だ。
「まず、高瀬さんが学生時代からどういう感情を抱いてきたか、教えてくれる?」
尋ねると、彼女は雲丹を食べ終えたあとに目を閉じて余韻を楽しみ、息を吐いてから語り出した。
「私は亮と、中学一年生からの付き合いだったわ。エスカレーター式の進学校で、クラスメイトは比較的裕福な家庭の子が多かった。その中で亮は飛び抜けた美貌で目立っていて、女子はすぐに彼に夢中になったわ。話しかけて友達になろうとして、亮の取り合いみたいになった。……まだ子供だから、男子はそういうのを見て嫉妬したみたいね。亮は男子の間で孤立した」
彼女は溜め息をつき、テーブルの下で脚を組む。
「亮は小学五年生の時に、母親を亡くした。病死だったけど、酷く傷ついたと思う。でも彼は聡く、大人だった。泣き叫んだりしないし、行き場のない怒りや悲しみを自分の中に押し込めていた。そんな彼に女子たちが勝手に期待し、友達になるはずだった男子たちは、亮を知る前に彼を見捨てた。あんまりよね。……私はそんな彼の友達になりたかった」
高瀬の話を聞き、俺は自分の価値観が改められた事を感じた。
夕貴から亮くんの話を聞いてヤバイ奴と思ったし、高瀬が〝今も〟自分は亮くんの親友だと思っているのを聞いて、まともじゃないと思っている。
でも根本的にすべてがおかしい訳じゃない。
彼女は会社でバリバリ働いているし、周囲の人には〝若くてやり手な女性〟と思われているだろう。
夕貴の話を聞いて亮くんを被害者と思ったけど、高瀬は彼に出会わなければ、凶行を起こさなかったかもしれない。
『かもしれない』の話をしても、どうにもならないけど。
だから彼女が思っていた以上に冷静に過去を振り返るのを聞いて、少し見直した。
「母親を亡くした上に、自分のせいで〝友達〟になれたかもしれない人が、離れたり、自分に夢中になっていく。中学一年生の時点で大きなストレスを抱えた亮は、孤独を選んだ。自分を求める女子を拒否し、男子からのいじめを無視し、自分の殻に籠もった」
残念ながら亮くんのこの時期は、高瀬が一番よく知っているんだろう。
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。
イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。
きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。
そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……?
※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。
※他サイトにも掲載しています。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。