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〝理解〟したい
亮は私の反応を見て、呆れたように言う。
「夕貴が家にいなくなったのに、いつまでも実家にいる必要はないだろ」
「でも、あの広い家に二人だけになっちゃうよ」
「子供が手のかからない年齢になったなら、夫婦で仲良く過ごしてもいいんじゃないか? 何も遠い所に行って戻らない訳じゃないし、お互いちょくちょくは戻るだろ」
「そうだけど……」
母の事が心配で言ったけれど、確かにもうそろそろ〝母〟から〝長谷川美佐恵〟に戻っていいのかもしれない。
「まぁ、そんな訳で俺は近々家を出る。だから高瀬からも距離をとれると思っている。会社は知られている訳だから、そこからつけられたらどうにもならないが、車通勤にすれば大丈夫だろ」
「…………タクシーに乗って『前の車を追ってください』ってやったりして」
秀弥さんがボソッと言って、私たちは全員沈黙する。
「……怖い事言うのやめて」
秀弥さんを肘でつつくと、彼は「悪い」と謝った。
亮は大きな溜め息をついてから、嫌そうに首を横に振る。
「あり得ない話じゃないけどな」
彼女を一番よく知る亮に言われ、私は俯く。
そのあとしばらく沈黙が落ち、私は気まずさを誤魔化すためにパフェを食べ進める。
……でも、二人に食べるところを見られて、とても食べづらい。
やがて亮が口を開いた。
「あんたが言ってた、高瀬を黙らせるもう一つの手って?」
尋ねられた彼は、溜め息をつく。
「……あまり良策ではないけどな。今回の事で万が一、問題が俺たち以外にも飛び火するようになれば、高瀬の上司に連絡を入れる。そのために、先日の会話を録音しておいた。黒鋼商事には知り合いがいるから、先日会う時はちょっと根回しさせてもらったんだ」
秀弥さんがそんなところに人脈を持っていたと知らず、私は目を見開く。
「確かに一つの手ではあるが、場合によっては虎の尾を踏むな」
亮が言い、秀弥さんは頷いた。
「失うものがなくなったら、高瀬は本当に破れかぶれで攻撃してくるだろう。そうなる前になんとかしたいところだが……」
彼は溜め息をつき、腕組みをする。
亮は外の景色をぼんやりと見ながら、吐息混じりに言った。
「あいつの家族は何の役にも立たないしな。父親は外で愛人と暮らしたまま戻ってこないし、母親はその状況に腹を立てていて、すべての希望を娘に背負わせている。ある意味、あの母親も娘同様、目の前の現実を認識していない。高瀬がした事を露呈しても『うちの娘がそんな事をするはずがない』と逆ギレしてくるだろう」
「話した事あるの?」
亮に尋ねると、彼はややうんざりした表情で頷く。
「まだ関係が壊れる前な。俺はあいつになんの感情も抱いていないのに、男っていうだけで娘にたかる虫扱いされて、割と酷い事を言われたよ。中学生に向かって憎しみをぶつけるぐらい、あの母親は余裕がなかったんだろう。……ま、夫に浮気されてるなら、男って存在そのものが憎かっただろうけど」
彼の話を聞いて、ふ……、と心に浮かんだ思いがあった。
「……庇う訳じゃないけど、奈々ちゃんってお父さんに裏切られて、お兄さんにもある意味裏切られているでしょう? 二人がちゃんと側で家族として接してくれていたなら、つらい思いをしなくて済んだと思う。……それに想像だけど、彼女は男性に拒否感があってもおかしくないなって思うの」
そう言うと、秀弥さんがこちらを向いた。
「中学生時代の初恋を今も引きずって、新しい恋ができていない訳でしょう? それって、好きになろうとしてもできなかった、そもそも好きになれなかったって事だと思うの。お兄さんが亡くなって、家庭のヒビはいっそう深くなって取り返しがつかなくなった。沢山傷付いた小中学生の頃、彼女にとって自分を理解してくれる亮はヒーローのような存在だったんじゃないかな。……だから、理想の存在である亮に今も執着してる」
亮は私をジッと見つめていたけれど、溜め息をついて言った。
「……そうだとして、あいつがした事は許されない。〝普通〟なら深く傷付いたとしても、他人を巻き込まず乗り越えるもんだろ?」
苛立った様子の亮は、奈々ちゃんのバックグラウンドがどんなものだとしても、自分は決して許さないと言っているようだ。
「うん、そうだよ。許されない。……許しちゃいけない。私も許すつもりはない」
自分に言い聞かせるように言った時、秀弥さんがポンと肩を叩いてきた。
「夕貴はさ、〝理解〟したいんだよ」
「夕貴が家にいなくなったのに、いつまでも実家にいる必要はないだろ」
「でも、あの広い家に二人だけになっちゃうよ」
「子供が手のかからない年齢になったなら、夫婦で仲良く過ごしてもいいんじゃないか? 何も遠い所に行って戻らない訳じゃないし、お互いちょくちょくは戻るだろ」
「そうだけど……」
母の事が心配で言ったけれど、確かにもうそろそろ〝母〟から〝長谷川美佐恵〟に戻っていいのかもしれない。
「まぁ、そんな訳で俺は近々家を出る。だから高瀬からも距離をとれると思っている。会社は知られている訳だから、そこからつけられたらどうにもならないが、車通勤にすれば大丈夫だろ」
「…………タクシーに乗って『前の車を追ってください』ってやったりして」
秀弥さんがボソッと言って、私たちは全員沈黙する。
「……怖い事言うのやめて」
秀弥さんを肘でつつくと、彼は「悪い」と謝った。
亮は大きな溜め息をついてから、嫌そうに首を横に振る。
「あり得ない話じゃないけどな」
彼女を一番よく知る亮に言われ、私は俯く。
そのあとしばらく沈黙が落ち、私は気まずさを誤魔化すためにパフェを食べ進める。
……でも、二人に食べるところを見られて、とても食べづらい。
やがて亮が口を開いた。
「あんたが言ってた、高瀬を黙らせるもう一つの手って?」
尋ねられた彼は、溜め息をつく。
「……あまり良策ではないけどな。今回の事で万が一、問題が俺たち以外にも飛び火するようになれば、高瀬の上司に連絡を入れる。そのために、先日の会話を録音しておいた。黒鋼商事には知り合いがいるから、先日会う時はちょっと根回しさせてもらったんだ」
秀弥さんがそんなところに人脈を持っていたと知らず、私は目を見開く。
「確かに一つの手ではあるが、場合によっては虎の尾を踏むな」
亮が言い、秀弥さんは頷いた。
「失うものがなくなったら、高瀬は本当に破れかぶれで攻撃してくるだろう。そうなる前になんとかしたいところだが……」
彼は溜め息をつき、腕組みをする。
亮は外の景色をぼんやりと見ながら、吐息混じりに言った。
「あいつの家族は何の役にも立たないしな。父親は外で愛人と暮らしたまま戻ってこないし、母親はその状況に腹を立てていて、すべての希望を娘に背負わせている。ある意味、あの母親も娘同様、目の前の現実を認識していない。高瀬がした事を露呈しても『うちの娘がそんな事をするはずがない』と逆ギレしてくるだろう」
「話した事あるの?」
亮に尋ねると、彼はややうんざりした表情で頷く。
「まだ関係が壊れる前な。俺はあいつになんの感情も抱いていないのに、男っていうだけで娘にたかる虫扱いされて、割と酷い事を言われたよ。中学生に向かって憎しみをぶつけるぐらい、あの母親は余裕がなかったんだろう。……ま、夫に浮気されてるなら、男って存在そのものが憎かっただろうけど」
彼の話を聞いて、ふ……、と心に浮かんだ思いがあった。
「……庇う訳じゃないけど、奈々ちゃんってお父さんに裏切られて、お兄さんにもある意味裏切られているでしょう? 二人がちゃんと側で家族として接してくれていたなら、つらい思いをしなくて済んだと思う。……それに想像だけど、彼女は男性に拒否感があってもおかしくないなって思うの」
そう言うと、秀弥さんがこちらを向いた。
「中学生時代の初恋を今も引きずって、新しい恋ができていない訳でしょう? それって、好きになろうとしてもできなかった、そもそも好きになれなかったって事だと思うの。お兄さんが亡くなって、家庭のヒビはいっそう深くなって取り返しがつかなくなった。沢山傷付いた小中学生の頃、彼女にとって自分を理解してくれる亮はヒーローのような存在だったんじゃないかな。……だから、理想の存在である亮に今も執着してる」
亮は私をジッと見つめていたけれど、溜め息をついて言った。
「……そうだとして、あいつがした事は許されない。〝普通〟なら深く傷付いたとしても、他人を巻き込まず乗り越えるもんだろ?」
苛立った様子の亮は、奈々ちゃんのバックグラウンドがどんなものだとしても、自分は決して許さないと言っているようだ。
「うん、そうだよ。許されない。……許しちゃいけない。私も許すつもりはない」
自分に言い聞かせるように言った時、秀弥さんがポンと肩を叩いてきた。
「夕貴はさ、〝理解〟したいんだよ」
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