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その選択を尊重したい
『……いいんじゃない? 愛の形は人それぞれだわ。世の中には一生に一人の配偶者しか認めないという考えの人もいて、そういう人は再婚に否定的だわ。子供のためとか、もう一度自分の人生を生きるために人を愛したいと説明しても、分かってくれない人はいる』
そう言った美佐恵さんは、過去に何か言われた事があるのだろう。
『不倫を擁護する訳ではないけれど、結婚しているのに他の人を好きになってしまう場合もある。独身であっても相手のいる人を好きになる事もあるし、年齢差のある愛や異性愛、同性愛、人間以外のものに向けられる性愛とか、昔は隠されていたけれど、今は色んな愛が表に出ているわ。良いか悪いか、法的に認められているかは置いておいて。……愛ってすべてが良いものではないし、色んな要素が混じったグラデーションなものなのよ』
彼女は慈愛の籠もった目で俺を見つめてきた。
『私は夫を亡くしている。大切な人を亡くす悲しみに比べたら、娘に恋人が何人いようが問題ないわ。当人同士で話し合ってしかるべき形に落ち着いて、誰にも迷惑をかけずに生きられるなら、私は口出ししない』
美佐恵さんが言ったあと、父も頷いた。
『私も概ね美佐恵さんと同じ意見だ。亮に他の女性を好きになれと言っても、きっと無理な話なんだろう。同じ家で歳の近い女性が暮らしていたら、男なら気にしてしまうものかもしれない。それで惹かれたものと思っていたが、他にも深い事情がありそうだ。妻を亡くした悲しみで仕事に明け暮れていた私が、今さら父親ぶって〝正しさ〟を振りかざすなどできない』
美佐恵さんと同じように、父もまた俺を充分に構えず、その間に〝何か〟があった事を悔いているようだった。
『それに亮は聡い子だから、自分たちの関係を一歩引いたところから見る機会は何回もあっただろう。常識的に考えて、連れ子同士とはいえ世間体が悪い事に気づかなかった訳はないと思う。……それでも亮は夕貴ちゃんを選んだ。私はその選択を尊重したい』
『……ありがとう』
二人とも昔は親として充分に子供を愛せなかった事を悔いているようだけど、今は理解のあるいい親であろうとしている。
俺たちにとってはそれで充分だった。
『社内では噂になるだろうけど、俺は業務に差し支えるなら、いつ辞めても構わないと思っている。先日伝えたようにこの家を出ようと思っているし、どこか遠い場所で暮らしてもいい。ムキになっている訳じゃないし、必要以上に卑屈になったり、犠牲になろうとしている訳でもない。一番大切にしたいのは夕貴が心穏やかに過ごせる事だ』
『……そこまで夕貴の事を考えてくれてありがとう。……でも結論を急ぐより、まず様子を見てみましょう。せっかく家族になったんだから、できるなら側にいてほしいわ』
美佐恵さんに言われ、俺は頷き言葉を続ける。
『会社にメールを送ってきたのは、恐らく高瀬奈々だと思っている』
あいつの名前を出すと、両親は瞠目した。
『少し前に夕貴が家を出て行く時、ストーカーの話をしただろ? あのちょっと前、高瀬は桧物谷食品まで押しかけて、彼女が西崎さんと結婚する情報を聞き出した。高瀬とは中学から大学まで同じ学校だったが、俺はあいつに二度と会いたくないし絶縁宣言した。あいつは加害者で、俺に酷い執着をして夕貴に八つ当たりをしている。……今、西崎さんが弁護士に相談しているところだが、高確率で高瀬の名前が出てくるだろう』
『……なんてこと……』
美佐恵さんは呟き、額に手をやる。
『驚く事はないと思う。ストーカーっていうのは、関係の近い人がなるものだ。例外として通りすがりの人でもなるみたいだけど』
そう言うと、二人は溜め息をついた。
『あのメールは夕貴の会社にも届いたらしい。どうやらなりふり構わず、とにかく俺たちを不幸にしたいようだ。俺が〝許してください〟と謝って高瀬に服従するとでも思ってるのかね。あいつは俺を加害したのに、自分だけが被害者だと思い込んでいる。一生掛かっても分かり合えないから、話し合いなどしたくない』
『……会社にもクレームは入るが、被害妄想に囚われた人の話は解決できないものだ。対応する社員には申し訳ないが、相手が満足するまで話を聞くしかできないと思っている。酷い場合は法的措置をとるが』
父に言われ、俺は頷く。
『夕貴への加害は一線を越えている。彼女は会社を辞めると言っていて、もしかしたら社内でも嫌がらせがあったかもしれない』
自分の知らないところで娘が苦しい思いをしていると聞き、美佐恵さんは深い溜め息をついた。
『犯人については今言ったように法的措置をとって、相手が高瀬だと判断できたらこれ以上関わらないように釘を刺す。……そのあとの俺たち三人がどうするかは、話し合わせてほしい。……多分夕貴はとても参ってるだろうから、彼女のケアを最優先にしたい』
『……そうだな。そうしたほうがいい』
父は同意してくれ、美佐恵さんも頷いた。
会社にメールが届いた当日はバタバタしていて話題にできず、翌日に重役会議で話し合った結果、プライベートの事だから……と特に取り合わないと決定した。
その翌日、俺と父とで半休をとって自宅で話し合った結果が、このような会話内容となった。
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そう言った美佐恵さんは、過去に何か言われた事があるのだろう。
『不倫を擁護する訳ではないけれど、結婚しているのに他の人を好きになってしまう場合もある。独身であっても相手のいる人を好きになる事もあるし、年齢差のある愛や異性愛、同性愛、人間以外のものに向けられる性愛とか、昔は隠されていたけれど、今は色んな愛が表に出ているわ。良いか悪いか、法的に認められているかは置いておいて。……愛ってすべてが良いものではないし、色んな要素が混じったグラデーションなものなのよ』
彼女は慈愛の籠もった目で俺を見つめてきた。
『私は夫を亡くしている。大切な人を亡くす悲しみに比べたら、娘に恋人が何人いようが問題ないわ。当人同士で話し合ってしかるべき形に落ち着いて、誰にも迷惑をかけずに生きられるなら、私は口出ししない』
美佐恵さんが言ったあと、父も頷いた。
『私も概ね美佐恵さんと同じ意見だ。亮に他の女性を好きになれと言っても、きっと無理な話なんだろう。同じ家で歳の近い女性が暮らしていたら、男なら気にしてしまうものかもしれない。それで惹かれたものと思っていたが、他にも深い事情がありそうだ。妻を亡くした悲しみで仕事に明け暮れていた私が、今さら父親ぶって〝正しさ〟を振りかざすなどできない』
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『それに亮は聡い子だから、自分たちの関係を一歩引いたところから見る機会は何回もあっただろう。常識的に考えて、連れ子同士とはいえ世間体が悪い事に気づかなかった訳はないと思う。……それでも亮は夕貴ちゃんを選んだ。私はその選択を尊重したい』
『……ありがとう』
二人とも昔は親として充分に子供を愛せなかった事を悔いているようだけど、今は理解のあるいい親であろうとしている。
俺たちにとってはそれで充分だった。
『社内では噂になるだろうけど、俺は業務に差し支えるなら、いつ辞めても構わないと思っている。先日伝えたようにこの家を出ようと思っているし、どこか遠い場所で暮らしてもいい。ムキになっている訳じゃないし、必要以上に卑屈になったり、犠牲になろうとしている訳でもない。一番大切にしたいのは夕貴が心穏やかに過ごせる事だ』
『……そこまで夕貴の事を考えてくれてありがとう。……でも結論を急ぐより、まず様子を見てみましょう。せっかく家族になったんだから、できるなら側にいてほしいわ』
美佐恵さんに言われ、俺は頷き言葉を続ける。
『会社にメールを送ってきたのは、恐らく高瀬奈々だと思っている』
あいつの名前を出すと、両親は瞠目した。
『少し前に夕貴が家を出て行く時、ストーカーの話をしただろ? あのちょっと前、高瀬は桧物谷食品まで押しかけて、彼女が西崎さんと結婚する情報を聞き出した。高瀬とは中学から大学まで同じ学校だったが、俺はあいつに二度と会いたくないし絶縁宣言した。あいつは加害者で、俺に酷い執着をして夕貴に八つ当たりをしている。……今、西崎さんが弁護士に相談しているところだが、高確率で高瀬の名前が出てくるだろう』
『……なんてこと……』
美佐恵さんは呟き、額に手をやる。
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そう言うと、二人は溜め息をついた。
『あのメールは夕貴の会社にも届いたらしい。どうやらなりふり構わず、とにかく俺たちを不幸にしたいようだ。俺が〝許してください〟と謝って高瀬に服従するとでも思ってるのかね。あいつは俺を加害したのに、自分だけが被害者だと思い込んでいる。一生掛かっても分かり合えないから、話し合いなどしたくない』
『……会社にもクレームは入るが、被害妄想に囚われた人の話は解決できないものだ。対応する社員には申し訳ないが、相手が満足するまで話を聞くしかできないと思っている。酷い場合は法的措置をとるが』
父に言われ、俺は頷く。
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『……そうだな。そうしたほうがいい』
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